第2話 D級冒険者
こうして意気揚々とエステニア王国へと渡った俺だったが、辛い日々はまだ終わらなかった。エステニアに渡った後、俺はエステニア王国のとある地方都市にて冒険者になった。冒険者という職を選んだのは、それ以外にろくな仕事が見つからなかったからだ。
身元が不明な上に人脈も全くない俺が就ける職はかなり限られていた。武器や防具を作る職人に弟子入りしたり商人の見習いになったりするという道はあったが、それよりは冒険者の方が夢があった。成功すれば巨万の富や名声が得られるのだ。俺には新天地でいつか冒険者として成功して父上や兄弟を見返してやるという思いがあった。
だが、現実は厳しいものだった。俺は冒険者になったはいいものの、二年以上に渡って下から二番目のD級冒険者に留まっていた。冒険者を始めて二年もすれば半分ぐらいの人はC級になる。C級は冒険者としては一人前の証だ。C級からB級に上がるのは相当大変だが、C級に到達すること自体はそれほど難しいことではない。逆に言えば二年も経ってまだD級というのは平均より下の実力ということだ。
それでも最底辺のE級よりはマシではないか?という人間もいると思うが、はっきり言って違いはほとんどない。E級からD級へは数件簡単な任務をこなすだけで昇格することができる。普通の人間であれば一ヶ月もかからないだろう。それに冒険者をやる気はないけどなんとなく冒険者登録をする人もたくさんいて、E級の多くはそういう人間だ。そんなわけで冒険者を真剣にやっている人間に限定すればD級が実質的に最底辺と言えるのだ。
D級冒険者としての生活はとてもじゃないが豊かとは言えない。D級冒険者としての主な任務は街の周囲の見回りや魔物の駆除、既に調査済みの危険度の少ない遺跡の再調査、上位の冒険者の荷物持ちなどだが、どれも報酬はかなり安めだ。そのため生活も必然的に苦しいものとなる。
D級冒険者にはあるあるだが、お金がないので住居は基本的に他人と共有することになる。居間や台所、便所は共用だ。俺もその例に漏れず、冒険者生活を始めてから、ボロボロの一軒家を他の数人と一緒に使っている。
食生活も相当貧しい。基本的に毎日硬いパンと豆だけのスープを食べる日々だ。野菜や肉、魚はとてもじゃないが高くて買うことができない。俺はできるだけ節約するために近所のパン屋でパンの耳をタダでもらったり、肉屋で少し肉のついた骨をタダ同然の値段で買ったりしていた。骨はスープの出汁用である。
また、任務でオオネズミなどの食べられる魔物を駆除した際には、必ずその肉ももらっていく。オオネズミとはいえ肉は肉なのだ。D級冒険者にとっては月に一度食べられるかどうかのごちそうである。D級冒険者の中には普通はまず食べないオオネズミを食べる者が多いことから、D級冒険者はよく『ネズミ食い』の蔑称で呼ばれる。C級以上になった冒険者には「俺も昔はよくネズミ食いしてたよ!(笑)」と言って飲みの席で自虐して笑いを取る者も多い。今だにネズミ食いをしている側からすればカチンと来るセリフ第一位だろう。
D級冒険者には服や靴などにかけるお金はほとんどない。ボロボロのローブやボロボロの革鎧が普通で、浮浪者よりはマシといった感じだ。剣や弓といった武器も中古のボロいやつが基本でその辺に落ちていたやつを再利用するやつも多い。
結論を言えばD級冒険者の生活は、はっきり言って悲惨そのものということだ。
……ではなぜ俺はそんな生活を二年以上も続けていているのか? 答えは簡単で俺の剣術や魔法のレベルが他の冒険者と比べると低いからだ。なんだかんだで冒険者を志す者は一芸に秀でている者が多い。重鎧を着て前衛をはれるだけの力があったり、中級以上の魔法が使えたり、弓の腕前がよかったり、トラップや仕掛けを解除できる能力があったり……。
しかし俺にはそのどれもがなかった。そもそも二年前まで王子として悠々自適な日々を送っていたのだから当然といえば当然だろう。室内で飼っていた猫をある日突然野生へと返したら、その猫はそれからどうなるか? 野垂れ死ぬか、あるいは野垂れ死ななかったとしても辛い日々の連続だ。今の俺もまさしくそんな状況にあるのだ。