第19話 領主デュロイの頼み
次の日、俺はリビングのソファで目を覚ました。軽く伸びをして体を起こす。正面にはミアが呆れた顔で座っていた。何やら本を読んでいるようだ。
「ようやくお目覚め? もうお昼よ」
昼か……どうやら少し寝すぎたらしい。俺は眠たい目をこすりながらシャワーを浴びに浴室へと向かった。
シャワーを浴びてスッキリしたので、朝食をとるためにキッチンを向かう。……もう昼だから正確には昼食なのだが。俺は冷蔵庫から昨日の残りのパンやハムを取り出し、サンドイッチにして食べた。その後、珈琲を飲み、朝のひととときならぬ昼のひとときを満喫する。しばらくするとミアがキッチンへと入ってきた。
「そう言えば、アマンダとユーリは?」
「『暇だ~~!』って行って街に遊びに行ったわ。ユーリはその道案内役ってところね」
「そうか」
そう言ってミアは冷蔵庫からオレンジジュースを出し、コップに注いだ。
「今日は今後の予定を決めるんでしょ? 何か考えはあるの?」
「……正直に言うと特にない。何か大きな事件でも起こってくれれば、即座に勇者パーティが駆けつけるのだが」
「事件は起こらないほうがいいでしょ」
……ミアの言うことももっともだが、大事件を解決したらその分だけ勇者の名声、すなわち俺の名声は上がる。名声が上がれば強い仲間も得やすくなるだろう。魔王討伐という目的を考えればこれは重要なことだ。しかし、この街で特に何も事件が起こらないのならユーリも仲間にできたことだし、とっとと違う都市へと移動してしまおうか……?
「すぐに次の街へ出発、というのもありかもしれないな」
「それでいいんじゃない? お目当ての前衛職の仲間もできたことだし」
「そうだな。じゃあ次の街を決めるとするか」
次に訪れる街の候補としては、商業者ギルドの本部がある『商業都市ジルータ』か冒険者ギルドの本部がある『冒険都市ザルスブルグ』あたりだろうか。どちらの都市にもギルドの本部があり、ギルドならなんらかのトラブルを抱えている可能性はある。
(ギルドの手に余る事件を勇者が解決する。これならギルドに貸しができる上に勇者の評判も上がる。くく、一石二鳥とはまさにこのことだな……)
俺はニヤニヤと薄笑いを浮かべる。
「……何か悪いこと考えてるでしょ」
「まさか。それより次の街はジルータかザルスブルグを考えているんだが、どっちがいいと思う?」
「商業都市ジルータと冒険都市ザルスブルグ? 私は別にどっちでもいいわ」
……また、『どっちでもいい』か。もう少し主体性を持ってほしいところだ。
「どっちでもいいは禁止だ。選ぶとしたらどちらを選ぶ?」
俺がそう言うと、ミアは面倒くさそうな顔をして俺を見る。
「まぁ、どっちか選べって言われたらジルータかしらね」
「……理由は?」
「ジルータは商業都市だけあって色々な店があるから、物資補給にはもってこいじゃない? 装備だったり魔法具だったり。まぁザルスブルグでもいいけど、ジルータほどの品揃えはないからね」
至極もっともな意見であった。意見を求めた側としては最初からそれを言って欲しいところだ。
「ジルータに一票ってところか。アマンダとユーリにも聞いて、より票が多い方の都市を次に訪れる街にするか」
俺がそう言うと、ミアは特に反論はないという感じで「好きにしたら」と答えた。
……日も暮れてきた頃、俺は特にやることもなくリビングで剣術の指南書を読んでいた。ユーリの家にはこの手の剣術の指南書が山のようにあったのだ。
すると、不意に入り口の扉が開く音がして「ただいまー♪」と元気な声が廊下に響く。どうやらアマンダとユーリが帰ってきたようだ。俺は廊下に出て二人を確認すると「お帰り」と声をかける。何をしてきたのか聞くと、闘技場で魔法使い限定の試合を見てきたとのことだった。中にはネクロマンサーの出場者もいたようだが、アマンダ的には『微妙』なレベルだったらしい。
その後、俺はリビングでみんなと軽く話をしたりしながらゆったりと過ごした。
――しかし、そんな時間もつかの間、突然の訪問者が俺たちの前に現れることになる。アマンダとユーリが帰ってきてしばらくが経ったころだろうか、突然入り口の扉を激しくノックする音が聞こえた。みんな何事だろうかという顔をしている。
「……なんだろう? ちょっと出てくるから待ってて」
ここはユーリの家なのだから当たり前だが、ユーリがソファから立ち上がり応対に出ようとする。
「俺もついていっていいか? もしかしたら勇者絡みかもしれない」
そう言うとユーリはこくりと頷いた。以前泊まっていた宿屋には俺がユーリの家に移動したことを告げている。もし誰かが勇者に会うために宿屋に寄ったとしたら、宿屋はユーリの家の住所を教えるだろう。今、扉をノックしている人がその場合の可能性は十分にある。ユーリと俺は入り口まで行き、鍵を解除して扉を開けた。
――するとそこには一人の男が立っていた。スラリとした体型で背が高く、高そうな外套を着ている。年齢は四十半ばぐらいだろうか。なんとなく気品が感じられる。後ろには男の配下と思われる者が二人ほどいた。
「こ、こんばんは。こちらに勇者様が滞在していると聞き、伺ったのですが、ゆ、勇者様はいらっしゃいますでしょうか?」
男は明らかに憔悴した顔で言った。
「え、えっと、はい。こっちの人が勇者ですけど……」
ユーリが俺の方を向きながら言う。男は俺の方を見るとその両手で俺の手を握り、必死の形相で言った。
「あ、あぁよかった!! 勇者様、どうか、どうか娘を探すのを手伝っていただけないでしょうか!!」
娘……? 一体どういうことだろうか。俺はとりあえず気が動転している男を落ち着かせて話を聞くことにした。俺は男をリビングに通した。ついでにユーリにコップ一杯の水を持ってくるように頼む。
ユーリが水の入ったコップを持ってくると、俺はそれを男に差し出て飲むように言う。男は「ありがとう」と言って水をグビグビと飲み干す。男はいくぶん落ち着いたのか「ふぅ」と小さくため息をついた。そして男は静かに事情を話し始めた。
「私の名はリチャード・デュロイ。このヴァルアード領の領主をしている者です」
「!!」
領主という言葉を聞いて場に驚きが走る。
「実は、私の娘が今朝から狩猟に行ったっきり帰って来なくて行方不明状態なのです……。捜索隊も出したのですが、今の時間になっても誰一人戻って来ず……。そこで部下からこの街に勇者様が滞在していることを聞き、娘の捜索を頼めないかと思いここまで来ました……。お願いです、どうか私の娘を探し出してもらえないでしょうか!!」
「……落ち着いてください。もう少し詳しいことを聞かないことには何もできません。まず娘さんは狩猟のためにどこにでかけたのですか?」
「『リグリック湿地』です。時間は朝九時ごろでしょうか。お供二人とともに出ていきました。それで日暮れ近くになっても帰って来ないので、心配になって配下の者を十人ほど捜索隊として送り出しました。しかし、その捜索隊も現時刻までまだ誰も戻ってきていないのです……」
リグリック湿地、確かこの街の南に広がる湿地だ。
「リグリック湿地についてはあまり知らないのですが、魔物が出るとか危険な湿地なのですか?」
「いえ、稀に魔物が出ることはありますが、危険性はほとんどないようなものばかりで基本的には安全です。だからこそ、娘は狩猟のためによくリグリック湿地に出かけていたのです」
「では何らかの事情で遭難したとか?」
「リグリック湿地は見晴らしがよく、道もよく整備されているため、遭難は考えにくいです。そもそも湿地内からでも遠くにこの街がはっきりと見えます。迷いようがありません」
「なるほど……」
魔物に襲われたわけでもなく、遭難したわけでもない。とすれば、一体他に何があり得るだろうか。俺は少し考えた。
「では、何者かに誘拐されたという可能性は?」
「それは……わかりません。ただ今のところ身代金の請求のようなものはありません」
「……そうですか」
話を聞くかぎりでは魔物、遭難、誘拐、どの線もないように思える。実はただの家出だったとか? ……それはさすがに考えにくいか。ただ、どんな場合にしろ、捜索隊の少なくとも誰かは報告のために領主のもとに戻ってくるのが自然だ。誰も戻ってきていないということは捜索隊にも何かよくないことが起こったということだ。となれば、やはり魔物の線が濃厚か。普段安全な場所でも、何らかの理由で危険な魔物が入り込んでしまったということはあり得るだろう。
「デュロイ殿、娘さんの捜索にはぜひ協力させてください。我々勇者パーティが実際にリグリック湿地に赴き、娘さんを探し出してみせましょう。ただ、準備のため申し訳ないですが少し時間をいただけますか? 準備ができ次第すぐに湿地に出発したいと思います」
「え、えぇ、もちろんです! ご協力のほど本当に感謝致します……!」
デュロイ卿は今にも泣きそうな顔で言った。その後、俺たちはすぐに出発の準備に取り掛かった。今回の事件は少し……いや、かなり『嫌な予感』がした。特に捜索隊が誰も戻ってきていないというのが相当な危険信号だ。状況によっては、途中で撤退することも視野に入れなくてはならないかもしれない。
俺は念入りに準備をするようみんなに伝えるとともに、アマンダにアンデッド・ワイバーンによるリグリック湿地の偵察を頼んだ。アマンダはこくっと頷き、召喚をするために外へ出ていく。
……しばらくしてアマンダが戻ってきた。どうやら偵察は終わったらしい。俺はアマンダに尋ねる。
「どうだった?」
「……えーっとね、何か湿地全体に『霧』みたいなのが広がってて、よく見えなかったって」
霧、か……。もし霧が領主の娘一行が湿地に入った後に出始めたとしたら、そのせいで一行が迷ってしまったということは十分考えられる。しかし、それで遭難までするだろうか? 湿地はそこまで広くないし、方位磁石さえあれば方向を間違えることはない。例え、方位磁石がなかったとしてもどこか一方向にずっと馬を走らせれば霧は抜けられる。霧さえ抜けてしまえば、あとは付近の街道を探すなりなんなりして簡単に街に戻ってくることができるはずだ。
(霧で遭難は考えにくいな。となると霧とともに別の何かが起こった、か……?)
――そのとき、ふとローグウィッシュの森での経験が俺の頭をよぎった。確かあの森を通った時も霧が出ていたはずだ。そして、そこで今まで見たことのないような魔物に遭遇した。俺はミアによって焼き払われた触手を持つ醜悪な魔物の姿を思い出していた。
(何らかの原因で霧とともにあのタイプの魔物が湿地にやってきたとしたらどうだろうか?)
捜索隊が魔物に遭遇して全滅したと考えれば、誰一人戻って来ないのにも説明がつく。俺はさっそくローグウィッシュの森での経験とその時遭遇した魔物についてみんなに説明した。ミアは既に知っていることなので大して反応しなかったが、ユーリとアマンダは興味深そうに話を聞いていた。
「魔物に遭うかもってことかー、なんだか面倒くさそう」
「触手を飛ばしてくる魔物か……僕はそういうの苦手だな」
二人は嫌そうに言った。どうやら魔物に嫌悪感はあっても恐怖感はないようだ。さすがは実力者といったところか。
「まだ決まったわけじゃないがな。ただその可能性もあるってだけだ」
……まぁ俺以外の三人の実力を見る限りでは、魔物についてはそんなに心配する必要はないか。
ただ、俺はそう思いつつも、入念な準備は怠らなかった。少しの油断が悲惨な結果につながることもある。こういう時は慎重になりすぎるぐらいがちょうどいい。一応、勇者パーティのリーダーとして、メンバーを必要のない危険に巻き込むわけにはいかないのだ。




