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第18話 デアデア肉のシチュー

 その日の夕方、俺たちはさっそくユーリの家に向かった。家の前に着くとユーリは「準備があるからちょっと待って!」と言った。俺たちは軽く了承し、その場で三十分ほど待った。それでもユーリは出てこなかったので、さすがにそろそろ呼び戻すかと思ったころにユーリが扉から顔を出した。どうやらもう大丈夫らしい。


 中に入るとそこには二日前に来たときと特に変わらないユーリの家があった。入り口から廊下が正面に伸び、奥には二階への階段と浴室への扉が見える。右手にはキッチンとダイニングルーム、左手にはリビング兼応接室への扉がある。俺たちはとりあえずリビングへと案内された。


「ふー、とりあえずこれで今日明日の宿は確保できたな」


「宿屋じゃなくて人の家に泊まるのは久しぶりだからちょっと緊張するわね」


「おっ泊り~♪」


「…………」


 ユーリはソファに座ってくつろぐ俺たちとは対照的に無言でそばに立っている。自分の家だしユーリもくつろげばいいのに。


「あ、ユーリ、喉が渇いたんだが、なにか飲み物はあるか?」


「飲み物なら冷蔵庫にオレンジジュースがあるけど……取ってこようか?」


「あぁ、頼む」


 俺がユーリに飲み物を頼むとミアとアマンダも「私も」と言って同じものを頼んだ。しばらくすると、ユーリがオレンジジュースの入ったコップを三つお盆に載せて戻ってきた。さっそく一杯いただく。……普通にうまい。オレンジジュースは久しぶりに飲んだせいかかなりうまかった。


「そう言えば今夜の夕食はどうするの? 外で食べる?」


「いや、せっかくだしここで食べよう。勇者パーティも四人になったお祝いってことで豪勢に行こうか。何か食べたいものとかあるか?」


「はーい! 私はデアデア肉のシチューがいいー♪」


……デアデア肉か。デアデアは鹿によく似た魔物で、その肉はとても美味だと言われている。巷では高級食材として取引されているが、かなり値が張るので、よほどのお祝いごとじゃないと一般庶民が買うことはないだろう。


(レザリアにいたときは一ヶ月に一度は食べていたな……。最後に食べたのはもう何年前だろうか)


 俺は少し王家での生活を懐かしく思った。


「私は何でもいいわ」


「僕も」


 何でもいいってそれが一番困るのだが……。まぁそれならアマンダのデアデア肉のシチューで問題ないだろう。デアデア肉は俺も久しぶりに食べたいと思ったしな。


「じゃあメインはアマンダ推薦のデアデア肉のシチューで決定だな。俺がこれから街に行ってデアデア肉とか酒とか買ってくる。ユーリには道案内を頼めるか?」


「ぼ、僕? 別に構わないけど……」


「ミアとアマンダはここで待っていてくれ」


「わかったわ」


「りょーかいー♪」


 こうして俺とユーリはデアデア肉とその他食材やら酒やらを買ってくることになった。運がいいことに、デアデア肉は近くの肉屋で取り扱っていてすぐ手に入れることができた。俺はデアデア肉を四人分ほど買った。高級食材というだけあって、なかなか財布に効く値段だった。


 次に、ユーリが家に野菜がほとんどないと言うので野菜屋で野菜を調達する。酒は酒屋で発泡させたぶどう酒を購入する。豪華な食事といったら、やはり発泡させたぶどう酒に限るだろう。


 最後にユーリが家にデザートがないと言うので、デザートとしてアップルパイも購入する。ちなみにアップルパイはユーリが「ここのアップルパイはすごくおいしいよ!」と猛プッシュしてきたのでそれにした。

 買うものはあらかた買って俺たちはユーリの家へと戻った。


 帰ってきて「今、戻ったぞ」と言うと、キッチンから「お帰りー♪」とアマンダの声が聞こえてくる。キッチンに行くとアマンダとミアがいた。


「そういや料理の方はどうしようか。みんなで作るか?」


「ふっふっふ、その必要はないよ。料理のことなら私に任せるといい。クライスとユーリは買い物担当だったんだから、私とミアが料理担当ってもんでしょ?」


 アマンダはそう言ってエプロンを身に着ける。ミアは「え、私も!?」と言いたげな困惑した顔をしていたが、渋々エプロンを着け始めた。……さらに、気がつけばキッチンの隅には既にエプロンを身に着けていたスケルが無言で立っていた。


「そうか? それならお言葉に甘えるとしよう」


 俺はそう答えた。アマンダとスケルが作る料理はかなり美味しい。下手に素人が試行錯誤して作るよりは、最初からプロの二人に任せた方がおいしい料理ができるだろう。俺はそう思いながら、とりあえず発泡させたぶどう酒を冷蔵庫へと突っ込む。


 それからしばらくの間、俺は特に何もすることもなくぼーっとキッチンを眺めていた。ミアは料理の経験があまりないということもあってか、スケルが付きっきりで指導のようなものをしていた。もちろん、スケルは喋らないので翻訳はヘルぞーが行っている。


「『玉ねぎをみじん切りをするのだ。こういう感じだ』」


 ヘルぞーがそう言うと、スケルは慣れた手つきで玉ねぎをみじん切りにする。


「わ、わかったわ」


 そう言ってミアは玉ねぎを切るも、事前に切れ込みを入れていなかったせいか大きな欠片が多く残ってしまっていた。明らかに慣れていない感じだ。ミアは少し考えて、とにかくどんな欠片だろうがとりあえずガンガン切りまくった。結果として、玉ねぎのみじん切りというかすりおろしに近いものができた。


「……これでもいいわよね?」


「『……最初はそれでもいい』」


 普段はクールで素っ気ないミアが四苦八苦しているのを見るのはとても楽しかった。隣にいるユーリもなんとなく面白そうである。



……それから一時間ほどで料理が全て出来上がった。テーブルの上にはメインのデアデア肉のシチューに加えてパンやサラダ、魚料理などが置かれている。どれも全て美味しそうだった。テーブルにみんなが揃ったので、俺はさっそくデアデア肉のシチューへと手を付けた。


「……これは、うまい」


 思わず呟いてしまったが、それぐらい美味しかった。デアデア肉の食感は牛肉に近いが、牛肉よりも弾力がある感じだ。じっくり煮込まれていて柔らかく、それでいて噛めば噛むたびに旨味が口の中に広がる。すごい満足感だった。パンもそのままでも美味しかったが、シチューに浸して食べるとより美味しかった。やっぱりアマンダとスケル(とミア)の料理は最高だと言わざるを得ない。


 料理が美味ければ会話も弾む。俺は発泡させたぶどう酒を飲んでちょっとほろ酔い気分になりつつ、みんなとの歓談を楽しんだ。


「そう言えば、ユーリは剣術は独学で学んだのか?」


 俺は何気なく疑問に思っていたことをユーリに訊いてみた。


「剣はパ……父上から習った」


「……父親からか。それじゃユーリの父って相当な剣の達人なんだろうな」


「うん。すごく強い。僕は今まで一度も父上に勝ったことがない」 


……ユーリでも勝てないほどなのか。そのレベルとなると王国でもだいぶ限られてくるだろうな。


「まさか『剣聖』のオルドゥ卿だったりしないよな?」


 俺は冗談めかして言った。剣聖はこの国で最高の剣士に贈られる称号である。その剣聖の称号を持つオルドゥ卿は世界でも屈指の剣の使い手とされ、世にその名を轟かせていた。


「えっ、なんで知ってるの!?」


「……ん?」


「オルドゥ卿が僕のパパってこと!」


 ユーリはそう言って俺の方を見る。


「いや、俺はただ冗談で言っただけなんだが……そうなのか?」


「……あ、そ、そうだったんだ。……うん、オルドゥ卿が僕の父だっていうことは本当だよ。ただ血がつながっているわけじゃなくて――」


……ユーリは少しためらいながらも自身の身の上話を始めた。自分は元々孤児だったこと。あるとき、当時暮らしていた孤児院をオルドゥ卿がたまたま訪れ、なぜか自分を気に入ったこと。その後、オルドゥ卿が自分を引き取ったこと。オルドゥ卿の元で剣の修行に励んだこと。そしてオルドゥ卿に「自分を超える剣士になれ」と言われたこと。そのために剣闘士になり剣の腕を磨いていたこと……などを話した。


(しかし、まさか剣聖が父親だったとはな……。どうりでめちゃくちゃ強いわけだ。元孤児で剣聖に拾われるなんて人生何があるかわからないな……)


 思えば俺も少し前までD級の底辺冒険者だったが、今は気つけば勇者をやってる。


……ただ、ユーリの場合は俺の場合と少し違うかもしれない。ユーリの場合は、きっともともとユーリに尋常ならざる剣の才能があったのだ。オルドゥ卿はそれを見出したからこそ、ユーリを養子に迎えた。俺の場合はそうじゃない。俺にはもともと何の才能もなかった。聖闘気ですら発現することができなかったのだ。


(持つ者と持たざる者……なんてな)


 俺は少し酔いながらそんなことを考えていた。しかし、今はそんなことはどうでもいいだろう。宴の席なのだから考えることはそこそこにその場を楽しむべきだ。俺はそう決めて、ユーリの空いたグラスへと発泡させたぶどう酒を注いだ――


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