第13話 森の魔法使い
その後、俺たちは何度か魔物に襲われたが、特に問題なく撃退することができた。しかし、霧は少しは薄くはなってきたものの晴れることはなく、どこから襲ってくるかわからない魔物の存在は俺たちの精神を疲弊させた。ローグウィッシュの森に入ってから既に三時間以上が経過しようとしていた。
「……ねぇ、あとどれぐらい?」
うんざりした様子でミアが尋ねた。
「もうすぐ、だと思う」
俺は地図と方位磁石を確認しながら言った。道を間違っている様子はない。マークの話によれば三時間も歩けば着くとのことなのでもうすぐのところまで来ているはずだ。
――と、そのとき前方に二つの影が見えた。
……魔物か? 俺は剣を抜いた。ミアも気づいたらしく剣を抜いて臨戦態勢を取っている。二つの影はどんどんとこちらに近づいてきて、そしてその姿を現した。
影の正体はスケルトンとヘルハウンドだった。魔物としては有名で誰もが知っているタイプの魔物だ。スケルトンとヘルハウンドはゆっくり歩いてくると、俺たちの前方十メートルあたりのところで立ち止まった。
「……剣を降ろせ人間よ。我らは怪しいものではない」
「!?」
……驚いた。喋るヘルハウンドなんて聞いたことがない。
「ここより先は我らの領域。特に用がないのなら立ち去ってもらおう」
ヘルハウンドが高圧的な口調で言った。
「用ならある。俺たちはマークの紹介でここに来た。この森に魔法使いが住んでいると聞いてな。その魔法使いを知っているか? もしそうなら是非その魔法使いのところへ案内してほしい」
マークという言葉を聞いてヘルハウンドは態度を変えた。
「……なるほど、マーク殿の紹介か。いいだろう、案内しよう。我らに付いて来るがよい」
ヘルハウンドはそう言うと来た道を引き返し始めた。スケルトンも一緒に引き返していく。俺とミアは無言でその後をついて行った。途中、ミアがそっと俺に耳打ちする。
「私の見立てだと、あのスケルトンとヘルハウンド、相当の実力者よ。敵だとは思わないけど、用心して」
俺は少し驚いたが頷いた。……相当の腕を持つスケルトンとヘルハウンドか。もし彼らが魔法使いの配下だとしたら魔法使いの腕も相当なものだろう。これは期待ができそうだ。
スケルトンとヘルハウンドに付いて歩いていくと、徐々に周りから霧がなくなり始めた。霧が出ている領域を抜け出しつつあるということだろう。そして、俺たちは遂に森を一時的に抜けて、森の中心に位置する湖にたどり着いた。森が醸し出す陰鬱とした雰囲気が一転してキラキラとしたさわやかなものになる。
魔法使いの住み処と思われる家はすぐ近くにあり、簡単に見つけることができた。丸太でできた小さめで可愛らしい感じの家だ。裕福な貴族が別荘として使っていてもおかしくないと思う。スケルトンとヘルハウンドはまっすぐにその家に向かって歩いていく。
「どうやらあの家が魔法使いの家のようね」
「ああ、いよいよだな」
スケルトンとヘルハウンドは家の扉の前まで来ると、こちらの方を向いた。ヘルハウンドが喋る。
「ご主人と話してくる。そこで待っていろ」
そう言うとヘルハウンドは家の中に入っていった。ご主人ということはやはりヘルハウンドは魔法使いの配下か何かなのだろうか。少し待つとヘルハウンドが戻ってくる。
「ご主人の許可が出た。中に入っていいぞ。スケルはちょっと外を見張っててもらえるか」
スケルと呼ばれたスケルトンは無言で頷く。スケルトンだからスケルか、まんまなネーミングだなと俺は思った。たちはヘルハウンドの後に続いて家の中へと入る。
――すると、そこには一人の少女がいた。金髪で黒いローブを纏い、少し緊張した様子でこちらを窺っている。ヘルハウンドはその少女の横に座って嬉しそうにしっぽを振っていた。少女はおずおずと口を開く。
「えーと、お兄ちゃんたちがマークの知り合い……なんだよね?」
「あぁ、そうだ。俺はクライス・ルーンフィールド。こっちはミア・ヴィックリーズ。君は……」
「アマンダだよ。アマンダ・ブラックウェル!」
アマンダと名乗る少女は元気いっぱいに自身の名前を答えた。なんていうか天真爛漫という言葉がよく似合うと思う。俺は自分たちがマークの紹介でここへ来たことを軽く説明した。
「……えっと、マークは魔法使いって言って私のことを紹介したの? うーん、確かに私は魔法使いだけど普通の魔法使いとはちょっと違うかも……」
アマンダは神妙な顔をして呟く。
「……私は、ねくろまんさーなんだよね♪」
アマンダはそう言ってえっへんと胸を張る。ねくろまんさーとはつまりあのネクロマンサーのことだろうか? アンデッドを召喚して操ることができるやつ。死霊術師、ネクロマンサー。
(こんな少女がネクロマンサーとは……びっくりだな……)
俺は驚きを隠せなかったのでなんとなくミアを見る。しかし残念なことに彼女も相当驚いた顔をしていた。まぁ当然だろう。ネクロマンサーといえば普通は魔族のイメージだ。人間の少女がネクロマンサーをするイメージはまず沸かない。しかもマークの言葉が正しいとすると、目の前にいるのは世界最高レベルの大賢者であるマークと同等以上の力を持つネクロマンサーということになる。
「ご主人、そこはネクロマンサーだぞ。あるいは死霊術師か」
ヘルハウンドが突っ込みを入れた。
「あ、間違ったネクロマンサーだった♪」
えへへと笑う少女。どう見てもネクロマンサーのイメージにそぐわないのだが……。しかし、これで合点が言った。マークが彼女の詳細について教えてくれなかった理由が。要は俺たちを驚かせたかったのだろう。
(……その作戦は大成功だな、全く)
俺は心の中で悪態をつく。
「それでお兄ちゃんたちは私にどんな用があって来たの?」
アマンダは興味津々といった顔でこちらを見ながら言った。……さて、どうしたものか。目の前には『世界最高クラスのネクロマンサー少女』が立っているが、彼女をパーティに誘うべきか否か。それが問題だ。正直言ってネクロマンサーの世間的イメージはかなり悪いし、それが勇者パーティに加わるとなれば勇者の評判にも傷がつくのは必至である。
(だが、それを補って余りあるのが彼女の能力だろう。大賢者に匹敵するというその力、ぜひ欲しい。世間体だってネクロマンサーじゃなくて広い意味での召喚士ということにすれば多分なんとかなる)
俺はそう考え、彼女を仲間に誘うことに決めた。
「……ところでアマンダ、勇者パーティに興味があったりしないか?」
俺はアマンダに自分が勇者であること、勇者パーティに入ってくれる魔法使いを探していることなどを話した。
「……それって私を勇者パーティに勧誘してるってこと?」
「そうだ」
「勇者パーティかぁ、結構面白そう……かも?」とアマンダは小さく呟く。俺はそれを見逃さなかった。
「勇者パーティは楽しいぞ! 一応パーティの最終目標は魔王討伐だが、そのためには世界中を巡ることになるし、いろいろな人にあったり、いろいろな場所を冒険したりする。危険もあるだろうが、楽しいことや面白いことはそれ以上だ。勇者パーティに入るなら今しかない! どうだ、一緒に勇者パーティで世界を感じてみないか?」
我ながらかなり微妙な言い方だったが、俺は必至に勇者パーティの良さを強調した。実際、それがよかったのかアマンダは目をキラキラさせて俺の方を見ている。冒険や世界といった単語が効いたのだろうか?
「なんか面白そうだね! ……いいよ! 私が勇者パーティに入ってあげる!」
アマンダは得意げに言った。
「……ご主人、決断が早すぎると私は思うのだが。もう少し考えてから決めるべきでは?」
ヘルハウンドが横目でアマンダを見ながら言う。
「もうヘルぞーは心配性なんだから! せっかくの勇者パーティに入るチャンスなんだよ? これを逃したらもう勇者パーティに入れないかもしれないじゃん!」
「ご主人、私は別に入るなと言っているわけではなくてだな……」
「じゃあ、勇者パーティに入るで決まりね♪」
「……」
ヘルぞーと呼ばれたヘルハウンドは観念したのかやれやれと言った顔をする。
「……それにこの勇者のお兄ちゃん、お兄ちゃん自身は平凡そうだけど持ってる剣は普通じゃない。お姉ちゃんは見た瞬間にわかったけど『相当の手練れ』でしょ? それでマークの紹介まであったらもうこれは私が入るにふさわしいパーティだと思うんだ!」
アマンダはヘルハウンドに向かって言った。……なるほど、これは脱帽だ。やはりマークが推薦するだけはある。
「ミアも問題ないよな?」
俺は一応ミアにも確認を取るために言った。
「いいんじゃない? 私が決めることじゃないわ」
ミアは素っ気なく言った。反対されるかと思ったが、意外とそんなことはなかった。……こうして俺たちのパーティに新たにアマンダが加わることになった。




