第12話 ローグウィッシュの森
ローグウィッシュの森は、『暗い森』という別名からもわかる通り、昼でもあまり明るくない森として有名だった。なんでも背の高い木々が多く、日光が大幅に遮られてしまうんだとか。魔物も多く生息しているらしく、偶然迷い込んだ人間が魔物に襲われるということも珍しいことではないらしい。そんなわけでこの森を訪れる人間は滅多にいない。
「……こんな森に住んでいるなんて絶対普通の人間じゃないわよ」
森の入り口で森の方を見ながらミアは言った。
「同感だ。会うのが楽しみになってきたな」
俺は冗談めかして言う。するとミアはやれやれといった感じで肩をすくめた。
「魔物も出るようだし、用心して行こう。準備はいいか?」
「問題ないわ」
「よし、じゃあ出発だ」
マーク曰く、その魔法使いはローグウィッシュの森の奥深くにある湖のほとりに住んでいるらしい。湖は森に入ってひたすらまっすぐ西に行けば簡単にみつかるとか。
(ま、それまでに何も起こらなければいいけどな……)
俺はまだ見ぬマークと同等以上の魔法使いに会うために森の中へとその一歩を踏み出した。
森の内部は昼間でも薄暗く鬱蒼としていた。その上、森のところどころに何かの血の跡だったり、魔物の死体の一部のようなものが落ちていたりして非常に気味が悪い。たまに鳥なのか何なのかわからないが、ギャアギャアと言う感じの鳴き声も聞こえてきて、これがまた森の不気味さを際立たせた。「こんな森に住んでいるなんて絶対普通の人間じゃない」というミアの言葉が早くも俺の心に突き刺さる。
(ミアじゃないが本当にこんなところにまともな性格の魔法使いが住んでいるのだろうか……)
俺は早くもマークが言っていた「その魔法使いは性格はいい」という言葉を疑い始めていた。
……しばらく歩くと、前方から「グルルル」という唸り声とともに熊のような魔物が姿を現した。敵意があるのかゆっくりとこっちに近づいてくる。
「フォレストベアーか。ミア、ここは俺に任せろ」
俺はそう言って剣を抜き、高く掲げる。そして魔力を剣に込めると、フォレストベアーに向かって空から雷が落ちた。それなりの出力の雷を受けたフォレストベアーは焼け焦げながらあっけなく倒れる。
「ま、こんなもんだな」
俺は得意げに言った。フォレストベアーは普通であればかなり危険な魔物ではあるが、神剣の力が使える今の俺の敵ではない。俺はどうだと言った感じでミアを見るが、ミアはそれを無視して倒れたフォレストベアーの方へと歩いていく。そして何やらフォレストベアーの死体を調べ始めた。俺はなんだかよくわからなかったが、とりあえずミアの方へと近寄る。
「……このフォレストベアー、手負いのようね」
ミアがフォレストベアーを見て言った。確かによく見ると背中に大きな傷があり、かなりの出血の跡があった。
「フォレストベアーがこんな傷を負うなんて、一体何があったんだろうな」
「別の魔物にやられたんじゃない?」
そうミアは言った。別の魔物、か……。フォレストベアーはこの地方ではかなり強い魔物だ。そのフォレストベアーを襲って重傷を与えられる魔物がいるとすれば、そいつは相当厄介な魔物ということになる。
(まぁそれでも神剣を持つ俺と『銀騎士』であるミアの敵ではないだろうが……)
俺はそう思いつつも、なぜだかあまりいい予感はしなかった。
「気を引き締めていこう」
俺は自分を言い聞かせるように言った。
……さらにしばらく歩くと周りに霧が出始めた。
「霧が出てきたわね……」
ミアが呟く。
「あぁ、迷わないようにしないとな」
霧のせいで視界がだんだんと制限されていく。こうした状況では魔物の不意打ちに気をつけなければならない。俺は腰の剣に手をかけて、いつでも抜けるようにしておく。
「……止まって」
突然ミアが言った。
「何か気配がする。魔物かもしれない」
魔物と聞いて俺は剣を抜き、臨戦態勢に入った。しかし、周りには既に濃い霧が充満していて魔物がどこにいるのかはわからなかった。
「ミア、どの方向だ?」
「……わからない。でも距離はそんなに遠くない。少しづつこちらに近づいてきている」
「了解。向こうが姿を現したら迎え撃つ作戦で」
俺とミアは自然と互いの背中を合わせて、どの方向から魔物が向かってきても対処できるようにした。全神経を周りに集中させ、少しの変化も逃さないようにする。
(さぁ、どこから来る……?)
俺はその魔物が姿を現すのを静かに待った。
――そして待つこと数分、遂に『それ』は現れた。
横の方からいきなり太い触手のようなものがミアの足首に巻き付いたのだ。
「きゃっ!?」
ミアはバランスを崩し、尻もちをつく。触手は猛烈な力でミアを引きずろうとする。
「ミア!! くッ、このッ!!」
俺はとっさに剣で触手を切断する。すると触手の主と思われる魔物の鳴き声がこだました。
「ピギィィィィ!!」
残った触手はすぐに霧の中へと引っ込んでいく。一方、切断された方の触手はピチピチとその場で跳ねていた。
「大丈夫か?」
「……なんとかね」
ミアはそう言って立ち上がった。お尻に付いた土を手でパンパンと払う。
「しかしこの霧は厄介だな。どこに魔物がいるのか全くわからない」
「でも魔物がいる方向なら今わかったわ」
ミアは静かに言った。少し怒っているような気がする。
「あとは――焼き尽くすだけよ」
ミアは触手が現れた方向に手を向ける。
「我招く炎の神よ、業火を持って全てを焼き尽くせ……火砲《エミット・フレイム》!!」
ミアが呪文を唱えると、ミアの手のひらに魔法陣が浮かび中から炎が猛烈な勢いで噴出した。家を丸ごと焼き尽くせそうな規模の火炎だ。焼き払っている最中に「ピギィィィィ!!」という魔物の鳴き声が聞こえる。どうやら魔物は炎に巻き込まれたらしい。
おおよそ焼き払った後、周辺を調べてみると俺たちは魔物が黒焦げになって死んでいるのを見つけた。魔物は大きなイソギンチャクのような外見で中央に巨大な口があり、周りには太い触手が十数本生えている。その触手で獲物を捕まえて中央の口で捕食するのだろう。
(今までに見たことがないタイプの魔物だ。この森の固有種だろうか?)
ローグウィッシュの森でこんな魔物が出るという話は聞いたことがなかったから、少し疑問に思った。ミアは魔物が本当に死んでいるのか確かめるために何度か剣で魔物を刺していた。……よっぽど嫌な魔物だったのだろう。




