第2頁 白と黒、月と太陽、そして闇と光
ーーこの世の中にはあることに対して必ず“対”になるものが存在する。炎と水、有と無、理性と感情……。だが、そんなものとは比べようのないほど何よりも対立しているものがある。それは、光と闇。
ここはとある森の中。その近辺には賑やかな村も町もない。普通なら人は絶対に立ち入らないようなところである。
そんな森の中に1つ建物がある。誰がどう見ても、廃墟にしか見えないような建物だ。しかし、中は普通の家のようになっている。そして今はここが神継たちのアジトだ。
その家に向かって歩く、1人の人影があった。くまの耳付きの白いパーカー、ピンクのスカート、毛先だけ色の違う銀色の髪の毛を静かに揺らしながら家に向かって歩いていた。その手には小さな淡い紫色の花が大切そうに握られていた。
彼女の名はツキ。魔天神の魂を受け継ぎし、破壊の神。
ガチャ。
「ただいま…。」
ツキが扉を開けてそう言うと、たまたま近くにいたアイリがフッと笑って言った。
「お帰りなさい、ツキ。新しい花は見つかった?」
「うん。」
ツキは返信をして自分の部屋に向かった。
その途中、反対側から歩いてくる者がいた。黒パーカー、デニムの短パン、制御装置でもある三角と十字架のピアスを身に付けた茶髪の少女。
彼女の名はヒュウガ。聖天神の魂を受け継ぎし、創造の神。
ヒュウガは向かいから歩いてくるツキの存在に気付くと、ふんっと笑って立ち止まって言った。
「よォ、ツキ。また花集めか?飽きねーな。」
ヒュウガは人を小馬鹿にするような口調で言った。しかし、ツキが足を止めることはなかった。ツキはヒュウガを横目で見ながら一言も言葉を発することなく通りすぎていった。ヒュウガもまた、何も気にすることなくフッと鼻で笑って歩いていった。
二人の間柄は誰が見ても分かる程最悪なものであった。顔を合わせば喧嘩を始め、一緒に組めば喧嘩を始め、戦闘中でも喧嘩を始め、敵も味方も困らせる。もう長いことそんな感じなので、他の神継たちも驚かない。“いつか自分の手で殺してやる”とお互い言っているが、神継としての使命があるため止めざるおえないという感じであり、本来ならどちらかが殺されていてもおかしくないのである。
いつもなら売られた喧嘩は買わんとばかりに反論するツキだが、今はそんな事をしている時ではないようで、一言も反論することなく自室へ向かった。
ツキは自室に入ると本棚にあった分厚い図鑑を取り出して机に向かった。机の上にはスケッチブックや色鉛筆などの画材が揃っている。ツキはスケッチブックを開き、鉛筆を手に取ると、大事そうに手に持っていた淡い紫色の花な絵を描き始めた。
面倒くさいことはやらないツキが唯一自らすすんでやることが見つけてきた花の図鑑を作ることである。本棚にしまってあるスケッチブックは、その全てが花についてのことで埋め尽くされている。
「………胡蝶花。別名コチョウカ………。」
図鑑に書いてある花は図鑑で調べながら書いていく。図鑑に載ってない花の時は、フウカに手伝ってもらいながら書いていく。そうやってツキは今までいろいろな花に出会ってきた。そんなツキの趣味を他のみんなは分かっていて、時々手伝ってくれたりする。ある1人を除いては………。
ーーー
ヒュウガはツキとすれ違ったあと、何事もなかったかのようにツキとは逆の方向に歩いていた。玄関の近くに着くと、近くにいたアイリがフッと笑って言った。
「ツキは帰って来たけれど、あなたは出かけるみたいね。本当、何もかも正反対ね。」
すると、今まで何事もなかったように歩いていたヒュウガがいつもの口調で言った。
「まぁな。てか、ちょっと出かけてくるわ。夕飯までには戻る。」
そういうとヒュウガは玄関から出ようとした。
「フフッ。夕食の後に今後についての会議をするみたいだから、忘れないでね。」
「ぁかったよ。」
分かりにくいがこれはアイリの忠告である。会議がある以上、遅れることは出来ないからだ。
ヒュウガは少し面倒くさそうに返事をすると、玄関のドアを開けて外にでた。
出かけると言っても先ほど言った通り、ここの近くには街や村は一つも無い。1番近くの村といったらアジトから歩いて1時間半はかかってしまう。しかしヒュウガにしてみれば、1時間半歩くことなど、音楽を聴いていれば造作もないことなのであった。もちろん、ツキは絶対に嫌だと言う。ヒュウガは黒いイヤホンをし、好きな音楽を流しながら歩いていった。
ーー約7時間後。
辺りはすっかり暗くなり、夜を迎えた。
アイリの忠告は覿面だったらしく、ヒュウガはちゃんと帰ってきていた。神継たち7人は夕食を終え、そのまま円形のテーブルの自分の席に付いていた。
そこに、かなり分厚い紙の束をガサゴソと出す者がいた。
フウカだった。フウカは透視の能力を持っているため、定期的に世界を透視し、現在世界で何が起こっているかを調べてまとめている。そして、それが神継定例会議の議題になることがほとんどだ。フウカはその分厚い紙の束をテーブルに置くとみんなに向かって話始めた。
「いつもの通り世界の現状をまとめました。えっと…、だいたいがいつもと同じで、相変わらず悪霊たちは増えてます。そして、また新しい被害も増えてるみたいです。またいつも通り、ここに書いてあることから次からの任務を決めたいと思います。」
そう言うとフウカは紙の束をペラペラと捲りながら話を続けた。
「私が見た感じでは、全員で行かなきゃいけない任務はそんなにないと思います。せいぜい2・3人くらいで大丈夫そうです。どうしましょう?」
「へぇー。フウカ、ちょっとそれ見せてくれる?」
フウカが言い終わるとアイリが紙の束を見始めた。
「確かにあんまり大掛かりなのはないわね。つまらない。」
「でっかいのもそれなりに大変だか、ちまちましてるのもそれなりに厄介なんだよな。てか、どーせならめっちゃでっけー方が殺りやすいんじゃねーか?」
「規模がデカいとそれなりに犠牲も大きい。結果、悪霊が増えることになる。デカいのも考えものだ。」
「…チッ。面倒くさ。」
アイリが資料を見ている時にエンマとカイトが話始めた。そこにミナトも加わる。
「規模が大きくても小さくても犠牲は付き物ですね。小規模だと派手にしにくかったりします。どちらにもメリットとデメリットがあります。ですからそれぞれに対応していけば良いかと思います。」
ミナトは持ち前の冷静さでもの申した。
「相変わらず冷静だな、お坊ちゃま。」
「うぅ…。その呼び方は止めて下さい、ヒュウガさん。」
「まぁでも、どうであれ俺らがどうにかしないといけないってのは変わらないだろ。」
「それもそうですね。」
ヒュウガも加わり、話し合いが進んでいった。アイリはというとずっと紙の束をペラペラと見ていたが、とあるページになるとその手をピタッと止めて要項を読んでいた。その表情はどこか楽しそうだった。
「zzz………」
そんな中1人の寝息が聞こえた。ツキだった。夕食も食べ終わり、お腹もだいぶいい感じになったのでツキにしてみれば最大の睡魔に襲われる頃であった。
「あぁ。道理で全然話に入ってこないと思ったら、やっぱり寝てましたね。ツキさん。」
そんなツキにさすがのミナトも苦笑いした。ツキが会議中にうたた寝することはしょっちゅうだか、ここまで熟睡してるのは久しぶりだった。
「おいツキ。お前寝てんじゃねーよ。」
ヒュウガが言った。するとツキはパチッと目を覚ましたと思うと、ヒュウガの方をボォーっと見ながら言った。
「……うるさい。」
「あぁ?」
その瞬間その場の空気がガラッと変わった。一気にピリピリとした空気になり、みんな「始まってしまった。」という感情を抑えられなかった。
「せっかく起こしてやったってんのにんだよその態度は。」
「起こして欲しいと頼んだ覚えはない。」
「会議中に寝てんじゃねーよ。このヤロー。」
「そんなにイライラするなら他の人に頼んで起こしてもらえばよかったこと……。この間柄はもう十分理解されてるし。」
円形のテーブルの1番離れているところに座っている2人だが、見事に喧嘩が勃発した。お互い引く気は無いようだ。
「おいテメェらいい加減にしろや!んなところで喧嘩すんじゃねー!!」
「お前は黙ってろ、エンマ!」
「あぁ?んだとヒュウガ、調子にのってんじゃ「止めろ、エンマ。」
カイトが顔色ひとつ変えずに止めに入った。
「もう何を言っても無駄だ。ほっておけ。」
「お二人とも、喧嘩も程ほどになさって下さい!」
ミナトが止めに入るが2人の喧嘩は止まることを知らない。フウカはと言うと、実に彼女らしく、喧嘩していて2人を見てオドオドしていた。しかし、そんな事も知らずに2人の喧嘩は徐々にエスカレートしていく。
「人の親切心何だと思ってんだよ。お前はよぉ?」
「親切心って自分で言うことじゃないでしょ。普通。どうせこうなるなら起こさなきゃ良かっただけ…。明らかに喧嘩売ってるようにしか見えない。」
「お前の目は一体どうなってんだよ?」
「別にごく普通だけど。」
「はぁ?んな訳ねーだろ。いい加減その頭に弾ぶちこむぞ。」
「出来るならやってみれば?」
「ああ。今すぐやってやるよ!!」
とうとう聖武を使いだそうとし、流石に止めなければいけない状況になった。だが、恐らく止めるのにかなりの苦労を有することは確かだった。そんな事をしているうちにヒュウガは聖武を出そうとその手に力を込めた。聖武を出してしまえば、もう聖武で対抗するしか方法がない。ツキも聖武を出そうと力を込めた。そこまでくると、何としても止めなければならない、と誰もが思った。みんなはもう聖武を使ってもいいから止めなければ、と覚悟を決め、止めに入ろうとした。
……とその時、清々しいほど肝のすわった声が部屋の中に響いた。
「フフッ。これで決まりね。」
アイリだった。
そこにいる全員の視線がアイリに集まった。しかし、アイリは構わず話を続けた。
「ツキ、ヒュウガ。あなたたち、2人で仕事行ってきなさいよ。」
思わぬアイリの発言に、一同は驚きを隠せなかった。当の2人はというとアイリの発言に戸惑いながらも反論した。
「はぁ?んでこんなヤツと一緒に仕事しなきゃいけねーんだよ!!」
「ヒュウガとはペアだけど今はやだ。」
みな忘れかけていたが、ツキとヒュウガは2人でペアなのであった。
「あら。ペアだからこそでしょ?それに2人いれば十分そうな内容だし。問題ないでしょ?」
「だったら他のペアでもいいだろ?」
「あなたたち二人だけの仕事はしばらく無かったでしょ?だから今回はあなたたち二人で行ってきなさい。それとも、自分たちより働いている仲間に自分たちの仕事を擦り付けるの?」
アイリがそういうと、二人は黙った。そしてしばらくすると顔を上げて話し出した。
「……分かった。行けばいいんでしょ?」
「行けばいいんだろ?行けば。」
「フフッ。決まりね。物分かりがよろしくてよろしい。」
アイリは少し小馬鹿にして言った。
「明日の午後イチで出発、場所は西地方のアルメリア村という所よ。よろしくね。」
この世界は主に5つの地方から出来ている。
民族性が残る北地方、農業が盛んな南地方、昔ながらの村や町の制度が残る西地方、貧困が進む東地方、近代化が進む中央地方である。今回は昔ながらの村や町の制度が残る西地方の任務である。
ちなみに皆が今いるアジトは西地方に位置している。
「「……っ。」」
二人は黙っていた。これは了承ということである。
「次の仕事内容が決まったから、今日の会議は終了ね。」
アイリはそういうと、少し妖しげに笑った。
「かなり強引な決め方でしたがね……。」
ミナトが少し苦笑いしながら答えた。
「じゃ、解散ってことでいーか?」
「そういうことなら俺はもう帰るぞ。」
「はい。じゃぁ、解散!」
アイリの一言で会議は終了となった。エンマとカイトは席を立ち、それぞれの部屋に帰っていった。フウカは今までアイリが見ていた資料の整理をし、途中からミナトが手伝っていた。
ツキとヒュウガはというと、ツキは相変わらず自分の席でボォーとしていた。そこにヒュウガが来て話しかけた。
「明日、遅れんじゃねーぞ?寝坊なんかしたら、その頭ぶち抜きに行くから覚悟しとけ。」
「……そっちこそ、首と胴体が離れたくなかったら遅れないでね。」
ツキはそう返した。それを聞いてヒュウガは、チッと小さく舌打ちをしたあとに去っていった。
「面白くなりそうね。」
その一連の動作を見ていたアイリはそうフッと妖しく笑いながらそう言った。
ーーー
ーー
ー
カラカラカラカラ……
明くる日の午後、2人は荷馬車の荷台に乗りアルメリア村を目指していた。
アジトから1番近い村、ラッカル村についた後、丁度アルメリア村の近くを通るという荷馬車に乗せてもらい村を目指している。2人は荷物が積んであってあまり余裕がない車内だが、ペアとは言い難いほどの距離で座っている状態である。
「……………。」
「………………zzz。」
距離的な関係か、2人は無言だった。というかツキ関しては寝ている。そんなツキを見ながらヒュウガは、ハァーッとため息をついた。
「どこでも寝るとかおめでたいヤツ。このまま起きなかったら俺だけ降りよ。」
ヒュウガはそんな独り言を言いながら荷馬車に揺られていた。
しばらくすると荷馬車が止まった。足音が聞こえたと思ったら、荷台の幕がシャッと開いた。
「着いたぞ。」
商人らしき男の人がそう言った。すると、その声でツキが目を覚ました。
「……もう着いたの?早かった。」
「お前が寝てたからだろーが。」
ツキが目を擦りながら言った。すると商人が道を指差しながら言った。見るとかなり遠くまで続く一本道があった。
「この道を真っ直ぐ行けば、すぐに村に着く。村まで送ってやれなくて申し訳ないが…。」
「いや、ここまで送ってくれただけでも有難いことだよ。おっちゃんも忙しかったのに悪かったな。」
ヒュウガは荷台から降りながら言った。そのすぐ後にまだ眠そうなツキがゆっくり降りてきた。
「じゃ、気をつけて行くんだぞ。そっちは女2人なんだから。」
「おう。心配すんな。おっちゃんも気をつけてな。」
ヒュウガがそう言うと、商人は少し笑って荷馬車に戻っていった。そしてカラカラカラカラとその場を去っていった。
「さぁ、行くか。」
「ふぁぁ~。……また歩くの?」
ヒュウガの隣にいるツキがあくびをしながら言った。
「嫌ならここで待ってろや。仕事は俺1人でやってくるから。」
「こんな寝心地悪いとこで待ちたくない。」
そう言うとツキはヒュウガをおいて歩き始めた。ヒュウガはハァーっとため息をつくと、そのまま黙ってツキと同じ方向に歩いていった。
ーー
「……………。」
「……………。」
2人は無言のまま歩いていた。もう15分くらい歩いているが、2人とも一言も話そうとしない。
だが、そんな2人の目に小さく門のようなものが見えた。
村であった。歩くにつれて大きくなっていく門をよく見ると、花が描かれたマークと“アルメリア村”という文字が見えた。
「やっと見えてきた。つか、思ってたよりデカい村だなァ。」
「……普通の村よりはだいぶ大きい。村には変わりないけど。」
「んで、この村でどんな仕事だったっけ?」
「……この村での仕事は、この村の“王様”を殺すことと、見つけた悪霊を倒すこと。」
「王様ぁ?あそこは村だぞ?村長の間違いだろ。」
「村が少し大きいことを良いことに王様を名乗ってるみたい。」
ようやく2人は話しを始めると、仕事についての話しをし出した。ツキはフウカからもらった仕事内容が書いてある紙を見ながら答えていた。
「ふん。つくづくバカな村ちょ……王様だな。村って付いてる時点で国じゃないくせに。」
「まぁ、ここにはあんま頭のいいみたいな事は書いてないから、本当のバカだと思うよ。そんなバカを村ちょ……王様にする村もおかしい……。」
フウカは大切な情報は見逃すことなく絶対報告するのである。特に頭がいいとか、悪知恵がはたらくなどといった情報は作戦に関わることもあるので抜かりなく報告する。そのフウカが特に何も書いてないとなると相手はそうでもないということだ。
「フウカが言うには、人の好き嫌いが激しい人みたい……。自分が嫌いな人には根拠のない罪を押し付けたりして罰したり、自分が嫌いな家臣にはやたら掃除のやり直しを命じたりとかするんだって。」
「なんだよその子供みたいな嫌がらせは。体だけ大きくなって、脳みそは子供のまんまなんじゃねーのか?」
「そんなバカを殺すために来たとか、ダルい……。」
ヒュウガとツキは王様について話しながら歩いていた。そんなことをしているうちに村の門はすぐ目の前まで来ていた。
「もう着く…。」
「つか、やけに豪勢な作りの門だなァ。村の門とは思えねーな。」
村の門はとても豪勢な作りだった。それはまるで、王国の入り口にある門かのように思える程だった。しかも門の前に2人、門の上に2人の槍を持った監視がいた。ただ、まだ明るい時間帯とあって門の扉は開いていて、自由に出入りできるようになっていた。
2人は門の前まで来ると、そのまま村の中に入ろうと歩いていった。
が、
「おい。お前たち。」
「「っっ!!」」
不意に2人は声をかけられた。振り返ると、そこには門の警備をしていた監視の姿があった。
「この村に何の様だ?」
監視の男は2人に近づきながら言った。一瞬2人は驚いた顔をした。まさか、これからこの村の王様を殺しにいくなんてことは口が裂けても言えない。もしかしたらこの監視はその事を察知したのかもしれないとも思った。しかし、すぐに冷静になったヒュウガが一足前に出て言った。
「いやぁ、ちょいとこの村にいるヤツに用があって来ただけさ。何か悪いか?」
疑われているというのにも関わらず、ヒュウガはいつもの調子で話した。監視の男はそんなヒュウガをじぃーっと見るとフッと笑って後ろに下がった。
「どうやら怪しいやつでは無さそうだな。女2人が手荷物も持たずに来るもんだから、少し疑った。すまなかったな。ほら、入れ。」
監視の男はそう言うと道を開け、門の方を指差した。
どうやら疑いは晴れたようだ。
「ほら、行くぞ。」
ヒュウガは後ろにいるツキに向かって振り向かずにそう言うと、そのまま黙って歩き始めた。その後ろを無言のままツキが歩いていった。
「あいつら仲が悪いのか?」
監視の男がそう言ったように聞こえたが、2人は気にせず歩いていった。
ーー
「……入り口で止められるとは思わなかった。」
「意外と警備が厳しかったな。形だけの村かと思ってたから普通にびっくりしたわ。まぁ、俺のおかげで切り抜けられたけどな。」
「あれくらい誰でも出来る………。」
「あぁ?じゃあお前がやれば良かっただろうが。」
「面倒くさかっただけ。」
村に入ってからも2人はどこか険悪なムードで話していた。しかし、門こそは豪勢だったものの、村の中に入れば何処にでもある村の風景だった。ただ村の中でひときわ目立つのは、村の奥の方にある“王様”が住んでいるであろう城であった。その城だけはまるで中央地方にある城のようにデカかったのである。
「この村、中途半端すぎ……。」
「豪勢なのは城と門と警備だけってか。そんなんで王様名乗ってるとか、本当のバカだな。」
2人は特に活気もなく、人通りもそこら辺の村と変わらないような村で村の1番奥にある城を目指していた。他の村より大きめの村であるため、1番奥となるとかなりの距離があった。
「……普通お城って真ん中にあるんじゃないの?」
ツキが面倒くさそうな顔で言った。
「規模的に無理だったんだろ。だいたい、村に城があるってこと自体がおかしいことなんだよ。」
「しかもこの村、貧困が結構目立つ…。貧富の差が激しい。」
ツキの言うとおり、周りをみれば如何にも生活に困っているであろう家がたくさんあった。しかし、村の奥の方を見ていくと豪華な家が建ち並んでいる。
「ちと妙だな。」
「うん。」
ヒュウガが少し真剣な顔して言った。
「確かに貧富の差はかなりある。俺たちが今いるところは比較的村の中でも貧しいところだ。だが、それにしても静かすぎる。貧しいんだからそれなりに外で働いててもいいだろ。」
「……村の奥の方に働きに行ってるとか?」
「バカ言え。貧困層が富裕層のとこで働くなんてこと、出来るとしてもほんの数%しか居ねーだろ。」
「でも、人の気配が全くしない。てことは、ここには人は住んでない。」
ツキはそう言うとゆっくり立ち止まった。そのすぐ後にヒュウガも立ち止まった。
「てことは、誰かに殺されたってことじゃねーよなァ?」
ヒュウガがどこか挑発するように大きめの声で言った。ツキはというと、何も言わずに辺りを見回していた。
すると突然、後ろの方からバンッ!という大きな音が聞こえた。強く開けられた家の扉は歪み、中からはおよそ人ではない雰囲気を醸し出している者が数人現れた。だか、2人が振り返ることはなかった。2人は村に入った時からその辺りに悪霊がいることに気付いていたのであった。悪霊たちは1つのグループが出てきたことを合図に屋根の上や路地裏などから2人を囲むようにして出てきた。
「ちょっと気付いた素振り見せただけで出てくるとか、メンタルねぇヤツらだなァ。」
「んだよ。たった2人か?しかもずいぶん舐めた口聞いてきやがったからどんなヤツかと思えば女じゃねーか。」
1人の悪霊がそう言うと、周りにいた悪霊たちはクスクスと笑い始めた。
「……女だからって舐めてると痛い目みるよ。」
ツキが冷静にそう言った。すると悪霊たちは笑うのを止め、2人を睨み付けた。
「ただの人間に何が出来んだよ?今に分からせてやるよ。」
「さぁ、大人しく俺らの餌になってもらうぜ。」
悪霊たちはそう言うと各々の武器を手にした。その手には剣や銃が握られていた。人数的にも完全に有利な悪霊たちは余裕そうな顔をしていた。そしてジリジリと2人の方に近づいてきた。2人は周りを囲まれているため何処にも逃げることはできない。しかしその顔に焦りなどなかった。
「王様をやるまでの準備体操ってことで。」
「全員殺す。」
2人はそうぼやいた。しかし、そのぼやきが悪霊たちに聞こえるはずもなく、悪霊たちは変わらず2人に近づいてきた。
そして、とうとう悪霊たちは2人のすぐ近くまできた。何時でも殺せると、そう言うかのような表情をしていた。
「おいおい、強がるのも大概にしろよ?」
悪霊の1人がそう言った。だが、そんな事を言っても2人を怖じけさせる事は出来ない。悪霊たちの中にはその事に少し疑問を持つ者もいた。しかし、人を殺し、その魂を喰う事しか頭にない悪霊たちはその疑問よりも目の前の人を殺すことを優先した。
その事にヒュウガはフッとバカにしたように笑った。ツキは相変わらず無言のままぼぉーっと悪霊たちを見つめていた。
「さァ、やるなら早くやろうぜ。その頭、ぶち抜かれたいヤツからかかってこい!!」
「……五体満足でいれるかな?」
2人がそう言った瞬間、さっきまでジリジリと迫ってきていた悪霊たちが一斉に向かってきた。
「死ねぇぇえぇ!!」
そう言って悪霊たちは2人目掛けて突進してきた。しかし、2人は焦るなく少し力を込めるような素振りを見せた。するとヒュウガの周りには光が、ツキの周りには影のようなものが現れた。そしてすぐさまヒュウガの手には二丁の回転式拳銃が、ツキの腰には二振りの太刀が現れた。
「何だあいつら!!」
「武器が出てきた!」
悪霊たちは予想外の出来事に怯んでいた。
「んなことで怯んでんじゃねーお前ら!数じゃ圧倒的に有利………!!」
1人の悪霊がそう言おうとしたが、その口は突然止まった。何かただならぬ感じがする、そう思ったからであった。そう思い隣を見てみると、さっきまで隣にいた仲間の姿が無くなっていた。その悪霊が恐る恐る下の方を見てみると、そこにはさっきまで隣にいたであろう仲間がいた。驚くべき事に、その首はきれいに無くなっていて、その近くにはその胴体のものであっただろう首が転がっていた。それも1人ではなく5人も同時にやられていた。
「うわぁあぁぁあぁ!!!!」
不意に後ろから叫び声が聞こえた。皆声すら出せなかったが、1人だけかろうじて声が出せた者がいたのであった。悪霊が慌てて振り返ると、そこには白とピンクと刀が見えた。それは紛れもない、ツキの姿であった。
(いや、まさか……。さっきまで刀すら抜かずに俺の前に居たのに………。)
悪霊は驚きを隠せなかった。もう自分の周りには首の無い胴体と切り離された首しかないということもその時やっと気付いたのであった。
「ツキが狙うのは首だけ……。それ以外は興味ない……。」
悪霊の記憶はそこまでだった。ツキは目にも止まらぬ速さでその悪霊目掛けて走り、そのままスパッと首を切り落とした。
「こいつ、化け物かっ!!」
「よし。後ろから一気にかかれ!!」
悪霊たちはそんなツキを見て驚いたが、後ろに回り込み、一気に3人でかかろうとした。
が、その時、パンっ!という銃声が聞こえた。するとツキの後ろにいた悪霊たちがふらつき、バタッとその場に倒れた。
「お前の相手は俺だろ?勝手に動き回ってんじゃねーよ。」
その銃声はヒュウガによるものだった。ヒュウガはそう言うと二丁ある銃のうちの一丁にガチャッと弾をセットした。
「俺の銃は3人位なら余裕でぶち抜くぞ。ちゃんと考えてかかってこいよ!?」
ヒュウガはどこか楽しそうに言うとパンッパンッと銃を撃ち始めた。適当に撃っているように見えるが、その弾は的確に相手を仕留めていた。それも1発で3~4人を一気に撃っているので、みるみるうちに悪霊は減っていった。ツキもまたとてつもない速さで敵を斬り、悪霊の数はもう4分の1くらいになっていた。
「こりゃぁ再装填しなくても大丈夫そうだな。」
「ツキはまだ1振りしか抜いて無い……。もう1振り抜かせるくらいでかかって来なよ……。」
2人はそう言うと、残りの悪霊目掛けて攻撃をしたのであった。
「これで終わりか。」
ヒュウガはそう言うと銃を下げた。すると二丁の銃は出現した時と同じような光に包まれて消えていった。ツキもまた同じように刀を鞘にしまうと2振りの太刀は影に包まれて消えていったのであった。2人の周りには悪霊の亡骸があったが、しばらくするうちにぱぁっと消えていった。同時に2人についた返り血も亡骸が消えると共に消えていった。悪霊は何がともあれ魂には変わりないのでその亡骸が残ることはない。
「余計な時間を使ったなァ。でもまぁヤツらが人間を殺しまくるよりはマシか。」
ヒュウガが少しため息をつきながら言った。まだ村に入ってからそんなに経っていないのに、多くの悪霊が襲ってきたことにあまりいい予感はしていないようであった。そんなヒュウガを横目で見ながらツキも答えた。
「もう随分殺してると思うよ……。この数が悪霊にまで進化した。もう100人位は死んでると思う……。」
「まぁそうだな。」
ただの魂の塊が悪霊に進化するためには個体差はあるが大体3人の人の魂を喰らう必要があるのである。悪霊になってからも悪霊たちは次の段階の悪魔に進化するために人の魂を喰らい続けなければならない。となると多くの人間が犠牲になったことになる。
「………。それより早く行こう…。」
ツキはあまり乗り気ではない顔をしながらそう言うと、村の奥に向かって歩き始めた。ヒュウガも何も言わずにそのあとを追うように歩き始めた。
ーーー
ーー
2人はそのまま歩き続け、やっと村の中心まで来た。だが、2人が村に入ってから大分時間が経っているにも関わらず、まだ村の中心までしか進んでいないということに2人はだんだん嫌気が差していた。
「この村、相当デカいな。もう30分は歩いてんぞ。」
「普通に大きいけど、それに加えて縦に長い……。」
「流石にもうタクシーの1つでもあっていいんじゃねーの?」
先ほどまでいたところに比べ貧困層がかなり少なくなってきていた。そこまで来ると、もう悪霊の気配は感じなくなっていた。ただ、先ほどいた場所とはまた違った緊張感がそこにはあったのであった。人通りはそれなりに多いが皆どこか暗い表情をしていた。
「本当妙な村のだな。空気悪っ。」
「なんかどんよりしてる………。」
2人は歩きながらそう呟いた。何かあるに違いない、何かが起こっていると、2人は思った。村を行き交う人々は2人のことをもの珍しそうに見てはただ通りすぎていくだけだった。村人ならばもう少し人当たりが良くてもいいと誰もが思う、そんな雰囲気だった。しかも王様がいる城までは特に曲がり道もなく一本道なので2人はもう飽き飽きしていた。
そんな中でも王様を殺さなければいけないという任務のために、2人はひたすら城に向かって歩いていた。普通ならば歩くのなど造作もないことだか、村の雰囲気と犬猿の仲の者と一緒ということが重なり2人は嫌気が差していた。
「………まだ?」
「見て分かんだろ?まだだっつーの。てか、一気に城まで行く方法ってねーのかよ?」
「………あるわけない。」
ツキは面倒くさそうにそう答えた。そんなツキの態度にヒュウガはカチンときた。ただでさえも嫌気が差していてイライラしている時にそんな態度をとられればヒュウガにとっては無理のない話であった。
「お前、少しはその態度どうにかしろよ!」
そんなヒュウガの発言にツキは冷静に答えた。
「……何でヒュウガにそんな事言われなきゃいけないの?イライラしてるからって八つ当たりしないで。」
そこまて言われて黙っているヒュウガではない。ヒュウガはピタッと足を止めた。そしてツキの方を向いて言った。
「俺は事実を言ったまでだろ?そもそも、お前と2人じゃなきゃ、とっくにこんな仕事なんて終わってるわ!」
「自分の力不足、人のせいにしないで。」
ここでも喧嘩が勃発してしまった。もう止められる人は誰もいない。村を行き交う人々はそんな2人を冷たい目で見ていた。
「お前の方が力不足で足引っ張ってんだろうが!!」
「そう言えば言うほど自分が弱く見える………。……止めなよ。」
「はんっ!俺はその気になりゃぁ何時でもお前を殺れるんだぞ?」
「そう言って殺れてないのは何処の誰?」
2人の喧嘩はだんだんエスカレートしていった。が、
「ぁかったよ。今すぐその頭ぶち抜いてや『ガッシャーン』
突然ガラスの割れるような音が聞こえた。2人の今いる場所からはそんなに離れていないようだった。
「……何?」
「まさか。」
その時2人の脳裏に過ったのは“悪霊”という文字だった。2人は喧嘩を止め、音のした方に向かって走り出した。そう離れてはいない所のはずと音が聞こえたのを頼りに2人は走った。
路地裏に入り少し走ると、そこには小さな人だかりが見えた。2人はその人だかりの中に入った。そして見てみると、そこには兵士らしき人間に抱き抱えられている1人の男の子とそれを取り囲む数人の兵士たちが見えた。その男の子もまだ3~4歳位の幼い男の子で、兵士に抱き抱えられながら泣き喚いていた。
「止めて下さい!!私は何もしておりません!!」
するとすぐさまガラスの割れた家から女性が飛び出してきた。男の子の母親であろう。その顔は疲れきっていて今にも倒れそうなくらいだった。家の感じからするに、あまり裕福では無いことが見てとれた。
「子供を返して下さい!!!」
母親は必死に訴えた。しかし兵士たちは聞く耳を持たなかった。
「どう喚こうがもう遅いんだよ。お前は我らの王を侮辱した。その罪は重いぞ。」
「そのような事、した覚えはありません!!」
母親は兵士に向かって叫ぶような声で訴えた。しかし兵士たちはそんな母親の話など聞くこともせずにただニヤニヤと笑っているだけだった。周りの人たちも皆憐れな目でやり取りを見ているだけだった。それを見ていた2人は少し不満な気持ちになった。
「大体なぜ私ではなく子供を拐うのですか!?」
「罪を犯してただ処刑されるなんて楽なことはしないさ。お前の大切なものから奪っていく。そうすればお前はどんどん苦しんでいくだろう?」
兵士は悪どい声で言った。その表情は一言で言えば下衆という言葉がしっくりくるような表情だった。そんな兵士を目の前に母親は泣き出し、震えた声で言った。
「っつ……、そうやってあなたたちは、私の主人も奪っていったではないですか!?………もう十分です………こんな事……。」
そう言うと母親は膝から崩れ落ちて泣き続けた。
その言葉を聞いてツキとヒュウガの雰囲気はガラッと変わった。今まで目の前で起こっている騒動を見ていた目は兵士たちを睨み付け、今にも見えそうな負のオーラを放っていた。2人の周りにいた人たちはそんな2人の放つ雰囲気に圧倒され、中には後退りする者もいた。だが、そんな事兵士たちには分からなかった。兵士たちは泣き崩れた母親のことをバカにするように見ると、また何かを言おうとした。が、その時。
「おいお前ら。ちょっといいかァ?」
1つの声がその場に響いた。ヒュウガだった。ヒュウガは周りにいる人々に構わずにそのまま前に進んでいった。そんなヒュウガを見て周りにいる人々はヒュウガを避けることしか出来なかった。ヒュウガは最前列に立つとパーカーのポケットに手を入れながらいつもの調子でいった。
「そんな子供1人連れていくより、俺ら連れてった方がいいんじゃねーか?」
ヒュウガの思わぬ発言にその場にいた人々は開いた口が塞がらなかった。もちろん兵士たちも驚きのあまりその場に立ち尽くしていた。ただ1人、聖武を出しかけていたツキだけは驚くこともなく立っていた。だがヒュウガの言った「俺ら」という言葉にピクッと反応していた。
「な…なんなんだよお前…。」
かろうじて口を開くことの出来たのは子供を抱き抱えている兵士だった。
「どういう意味だ!?」
兵士は動揺した声で言った。そんな兵士とは裏腹にいつも通りどこか涼しい顔をしてヒュウガは言った。
「だからそのまんまの意味だよ。母親の態度から察するに、こいつは何もしていない。ここまでくれば大体分かる。お前、王様に気に入られたいだけだろ。だから手柄が欲しい。」
口は笑っているが目はその兵士を睨み付けていた。ヒュウガの鋭い猫目で睨まれれば普通の人間なら怖じ気づくに決まっている。もちろんその兵士も少し怯えた顔をしながら後退りをしていた。
「そ………そんな訳ないだろ!!!大体、証拠もないのにそんなことが言えるのか!!何者か知らんが、それ以上言うなら捕縛するぞ!」
「だからそうしろって言ってんだろ。」
明らかに動揺している兵士の言葉にはもう説得力など感じない。ヒュウガはそんな兵士の発言を易々とはねのけた。そしてヒュウガは続けて言った。
「俺らはこの村のもんじゃねぇ。だから外からこの村を侵略しにきたヤツだとか言っとけば十分だろ。そしたらそんな子供1人連れていくよりよっぽど好感度上がると思うぜ。」
ヒュウガは相変わらずの態度で言った。そのヒュウガの言葉にさすがに頭にきたのか、兵士は急に声を荒くして言った。
「これは完全なる侮辱罪だ!!おい、あいつを捕縛しろ!!」
「逆ギレかよ。」
兵士は周りにいる兵士たちに言った。周りにいた兵士たちはそう言われるとすぐさまヒュウガを取り囲んだ。
「そういえばお前、俺らと言っていたな。他のヤツらは何処だ?」
兵士がヒュウガに言った。するとヒュウガは後ろを振り向いた。そこには兵士を睨み付けながら立っているツキの姿があった。ヒュウガはツキを見ながら少し笑って答えた。
「そこにいる、白いヤツだよ。」
ヒュウガはそう答えた。その答えを聞いた兵士たちはツキの方へと向かっていった。そして何も言わずにツキの腕を掴むとヒュウガのいるところまで連れていった。ヒュウガはというと同じく兵士に腕を掴まれ捕らえられていた。
「……勝手に人巻き込まないで。」
ツキはヒュウガのところまで来るとそう言った。しかしヒュウガは何も言わずにただ笑っているだけだった。その後お互い少しの間睨み合いが続いたがヒュウガが先に兵士に連れていかれたことでそれは終わった。兵士は抱き抱えていた子供を下ろすとヒュウガのもとへ近づいて言った。
「お望み通り連れていってやる。お前らは重罪人として即刻死刑だ。」
「ハッ。そりゃ大層なこったなァ…。」
ヒュウガはどこか余裕そうな表情で答えた。兵士はそんなヒュウガの言葉を聞くとフッと偉そうに笑った。そしてそれが合図なのかのようにヒュウガは兵士たちに連れていかれた。そのすぐあとにツキも連れていかれたのであった。
「お待ち下さい!!」
そんな時、あの母親の声が響いた。自由になり泣きじゃくっている子供を抱きながら母親はヒュウガに向かって叫んだ。
「あなた方は殺されてもいいのですか!?」
するとヒュウガは立ち止まり、母親の方を向いて言った。
「フッ。アイツは分からねーが、少なくとも俺は殺されるつもりはない。まぁ、仮に殺されたとしてもその子供が殺されるよりはマシかな。」
「それは、どういう………。」
「てか、あっちの方に用事があったからむしろ調度いい。」
戸惑う母親に対して答えるヒュウガの目には何処か自信があった。そんなヒュウガに母親はますます戸惑うだけであった。
「ほら、行くぞ。」
そう言った兵士に引っ張られてヒュウガは母親を横目で見ながら再び歩き出した。ヒュウガを追い越し先に歩いていたツキはフッと少し振り返ると何も言わずにそのまま歩いていった。
兵士の存在に怖じ気づかない2人を見て村人たちは戸惑っていた。この村で兵士という存在はそれほど恐れられている存在なのであろう。その中で子供を助けられた母親はひとり不安な顔をしていた。
「一体、何なのかしら……。あの方たちは。」
母親はそう言ってだんだん遠くなっていく2人の背中を見ているだけだった。
ーー
ー
「それにしてもデカい城だなァ。」
ヒュウガは目の前にある城を見上げながら言った。2人はあの後兵士たちが用意してあった馬車に乗って城まで到着した。その馬車の中で2人は入念な持ち物検査を受け、頑丈な縄で手首を後ろで縛られた。城に来て周りにいる兵士の人数も増えたこともあり、2人は全く自由に動けない状態になった。
「ほら、歩け。」
兵士にそう言われると2人はスタスタと歩き始めた。城の中はかなり豪勢な作りになっていておよそ村に来たとは感じない程であった。2人は周りにある装飾品を見ながら歩いていたが、不意に今まで黙っていたツキが口を開いた。
「…これ、村の人のお金で作ったんじゃないよね?」
城自体もかなりのものだが、装飾品もかなりのものであった。その装飾品はおよそ普通に売っているものではなく、明らかに特注品だった。
「あぁ、これらはみな村人の税金から作ったものだ。村人からは村作りのために毎月税金を払ってもらっている。」
「…………。」
それを聞いたツキは少し黙り混んだ。そうして今まで装飾品を見ていた目を兵士に向けて言った。
「村作りするならまず村の貧富の差をどうにかするんじゃない の?」
そう言ったツキの目は兵士を捕らえて離さなかった。その青緑と黄色の目に感情はなく、ヒュウガとはまた別の威圧感であった。そんなツキに圧倒されながらも兵士は話を続いた。
「まずは村の拠点となるこの城を完成させることが最優先だ。村の開発はそれからだ。」
「そう…………。」
ツキはそう素っ気なく返すと再び黙り混んだ。もう言い返すのが面倒くさくなったのであろう。そんなツキを横目で見てヒュウガが口を開いた。
「フッ。所詮はバカ村長の考えることだ。気にすんな。」
明らかに挑発であった。この場に来てそんなことが言えるヒュウガもなかなかである。しかしそれを言った瞬間ヒュウガが見えたのは1つの拳だった。それは2人を先導していた兵士のものであった。その拳はヒュウガの顔をガンッと殴った。怒りがこもったその拳はものすごい力が入っており、殴られたヒュウガは少し後ろによろけた。口の中か唇を切ったのか、口からは少量の血が滴っていた。しかしそんな中でもヒュウガは含み笑いをしていた。
「おいおい女を本気で殴るったァ、お前正気か?」
ヒュウガは体制を整えながら言った。兵士の表情はこれまでにないほど怒りに染まっていた。
「兵士だけではなく王まで侮辱するとは、この無礼者が!!!こうなっては即刻死刑になっても文句は有るまい!!!」
兵士がヒュウガに罵声を浴びせた。しかしヒュウガはそれを真に受けることもなく兵士に向かって言い返した。
「別にィ。どうせ死ぬなら焦らされるよりすぐに殺された方がマシだろ。誰もが死ぬのを恐れてるなんて思ってんじゃねーぞ。」
ヒュウガは口に滴る血を舐めながら言った。そしてしばらくその兵士との睨み合いが続いた。すると次は隣にいたツキが話をし出した。
「バカ村長に仕えてる兵士も、所詮バカ兵士ってことだね。」
しかしこちらもこちらで明らかなる挑発であった。今さっき挑発した仲間がどうなったのかを目の前で見ていたにも関わらずそれに劣らない挑発を仕掛けてきた。
すると今度ははツキの隣にいた兵士が動き出した。その兵士はツキの髪を思いっきり引っ張った。その衝撃でツキの被っていたフードはバサッと外れ、兵士はそれをいいことにツキの頭を髪の毛ごと鷲掴みにした。そしてそのままツキを自分の方へ引き寄せて言った。
「お前、今仲間がどうなったのか見て分からなかったのか!?」
「…………………。」
兵士の言うことに対してツキは無言だった。そんなツキを見て兵士はもっと声を大きくして言った。
「そっちがその気ならまず拷問してから公開処刑という最悪なコースにすることも出来るんだぞ!!!お前らごときに時間を割いているこっちの身にも…………、うくっ!!」
だが、突然兵士が話すのを止めた。兵士はツキの頭を離すとふらふらとふらつき膝から崩れ落ちた。兵士の体は震え、呼吸は荒くなり、何か言いたげな口はうまく動かないのか言葉が出てこなかった。そんな兵士をツキは冷たい目で見下していた。
「これは、あなたみたいな人が触っていい物じゃない。」
ツキは目の前で膝間づく兵士に向けて冷たい声でそう言った。というのも兵士がツキの頭を鷲掴みにした際、その兵士はツキが髪の毛に付けていた制御装置でもある桜型のピンに手が触れていた。それは世界創造に直接関わった神の力と魂を抑え込む程の力が込められている物である。そんな“神”の力を抑えるほどの力がこもった物をただの人間が触れば、その力にあてられるのも無理のない話だ。その力にあてられた者は急激に入ってきた負の感情に体が耐えられず、最悪の場合、死に至ることもある。今ツキの目の前にいる兵士は触れたさきから入ってきた負の感情に苦しめられている真っ最中であった。
「何だ、あの怪しい代物は!?今すぐ取り外せ!」
「おい!大丈夫か?」
周りにいた兵士たちが騒ぎ始めた。一部始終を見ていた兵士たちがツキのピンを取り外そうとツキに近づいていった。それを見て、ヒュウガが口を開いた。
「聞こえなかったのかァ?それはお前らみてーなのが触れるもんねーんだよ。目の前のそいつみてーになりたくなけりゃ、今すぐツキから離れな。」
ヒュウガは兵士に向かってそう言った。しかしヒュウガは兵士たちを気遣った訳でもツキを守るためでもなく、ただ自分の制御装置に触れて欲しくなかっただけという理由で言っただけであった。それを聞くと兵士たちはツキのピンを取り外そうとしていた手を止めヒュウガの方を向いた。
「それは、どういう意味なんだ。」
1人の兵士がヒュウガに言った。その顔は少し不安に染まっていた。いくらバカ兵士でも、触れただけで体に異常をきたす物と分かれば怖じ気づくのも無理はない。そんな兵士を見て、ヒュウガはフッと大げさに笑った。
「そのままの意味だよ。これはお前らには到底分からないほどの力が込められているんだ。下手に触れればお前ら死ぬぞ。」
“死ぬ”という言葉に兵士たちは息を飲んだ。そのヒュウガの発言に嘘があるようには見えなかったのと、何より目の前で苦しんでいる仲間が何よりの証拠だと思ったのであろう。しかしそんなことは無視してヒュウガは話を続けた。
「どーせ俺らを王様のとこまで連れてくんだろ?面倒くさいから詳しいことはそん時に話す。早く聞きたいんならさっさと王様のところに連れてけよ。」
ヒュウガは不安な表情をしている兵士に向かって容赦なく言った。するとその時、先ほどまで膝をついて苦しんでいた兵士がヨロヨロと立ち上がって言った。
「………そいつの言うとおり、それには触れない方がいい。」
兵士はまだ回復していない体を支えるのがやっとの状態だった。そんな制御装置の恐ろしさを1番分かっている兵士からの言葉に、他の兵士たちはその言葉を受け入れたとでも言うように後ろに下がった。すると不意に前の方から聞き覚えのある声が聞こえた。その声は1番前を先導していた2人を捕まえたリーダーであろう兵士のものだった。兵士はどこか余裕そうに振り返ると上から目線で言った。
「そんな物はほっとけ。ここで取り上げなくても王がなんとかして下さる。それより先を急ぐぞ。」
兵士はそう言うと2人を嘲笑いながら背を向けた。しかし、他の兵士たちは触れただけで体に異常をきたす物を王の近くに持っていく訳にはいかないと思い取り外そうとしたのであった。だがリーダーの言うことに逆らう訳にもいかず、兵士たちは2人を囲むのを止め2人を引っ張っていった。2人は長い廊下を再び歩いていった。「お前が本当のバカだろ。」と2人が同時に思ったことは誰も知らない。
ーー
「怪しい2人組がいたので連れて参りました。………」
豪勢な扉の中から聞こえる声。あれからしばらく長い廊下を歩き階段を上りまた歩き、やっと王の部屋の前までたどり着いた2人はそんな扉から聞こえる声をただ黙って聞いていた。
しばらくするとガチャッと音をたててその扉が開いた。そこにはあの2人を捕らえた兵士の姿があった。
「さあ、早く入れ。」
兵士はニヤニヤしながら言った。そんな兵士の言葉にツキは、はぁーとため息をつきながら歩き出した。隣のヒュウガもチッと小さく舌打ちをしてツキと同じくらいのタイミングで歩き出した。2人にとって王様の目の前まで来たことは好都合だったが、何よりその兵士の態度がいちいち気に入らなかったのであった。村の人々や自分が気に入らない人に対する態度と王様を前にした時の態度が著しく違うことが2人を十二分に不機嫌にさせた。1人の部屋にしてはやけに広い部屋をただひたすら真っ直ぐに歩いていると、遠くからでも見える偉そうに椅子に座っている3、40代の男の姿がだんだんと大きくなっていった。
「おおよそ想像してた通りの王様だな。」
「……………うん。」
2人はそう会話をしていた。そしてついに2人は王の目の前まで来た。それと同時に兵士たちの手によって2人は王の前で膝まづかされた。だが膝まづかされても尚、2人の顔に恐れは無かった。
「この者たちです。」
「ほぅ。」
兵士はそう言った。その顔は一見すれば忠実そうな顔だが2人にしてみれば、悪意のある顔のようにしか見えなかった。しかしそんなことなど感じることもなく、王様は目の前に膝まずく2人を偉そうに見下していた。
「話は聞いている。この村を侵略しようと企んでいたらしいな。それに、怪しいものを身に付けているとか。どうなんだ?」
王の言葉にヒュウガは馬鹿馬鹿しくなったのかフッと小さく笑った。それもそのはず、あの兵士はヒュウガの言ったまんまのことを王に告げたのであった。そんなヒュウガのことが気に入らなかったのか、王は機嫌を悪くしたような声でいった。
「何が可笑しい。」
するとヒュウガは王の方を向いて言った。
「可笑しいねぇ。自分の部下の嘘も見抜けない王様なんて。」
王の前で膝まずいている者とは思えない発言に辺りの空気が一気に緊張状態になった。するとまたしてもヒュウガの頬にドカッと大きな衝撃が走った。
「王に向かってなんという口を聞いているんだ!!!」
先程ヒュウガのことを殴った兵士が、次は持っていた槍でヒュウガを殴ったのである。ヒュウガの口からはまたしても血が滴り、ポタポタと床に血が滴り落ちた。しかしその状況でもヒュウガの顔は笑っていた。そんなヒュウガを見て王は、不機嫌そうな顔をして口を開いた。
「全く、年上に対する礼儀がなってないな。その態度から察するに、お前らがこの村を侵略しようと企んでいることは確かなようだな。しかし………」
王はそう言うと今までヒュウガを見ていた目を隣にいるツキに向けた。
「お前はさっきからただ黙っているだけだな。こいつのように何か無駄な抵抗でもしたらどうだ?」
王はツキに言った。明らかなる挑発だった。王はそう挑発すればツキもヒュウガのように反撃し、減らず口を聞くと思ったのであった。そうすれば自ずと兵士がいたぶってくれ、それを見て王自身も楽しめると考えていたのであった。しかしツキから返ってきた返事は王が考えていたこととは全く違うことだったのであった。
「……別にヒュウガみたいに反抗する気はない。反抗しても、どうせあなたみたいな人には何も届かない。」
ツキは王の目を見ながらそう答えた。ツキが王を見るその目は氷のように冷たく、何もかも諦めたような目だった。そのツキの返答と目に圧倒されたのか、王は息を飲み、黙り混んだ。しかし王はしばらくしないうちにツキに向かって話した。
「ふん。反抗しないのはいいが、お前のような10代半ばのただの少女に“あなたみたいな人”なんて言われる筋合いはない。こっちはお前よりずいぶん長く生きているんだ。人間のことなど私の方が分かっている。」
王はツキを見下しながら言った。しかしツキはそんな王に向かって冷静に答えた。
「………生きてる年数なんて関係ない。何も経験してなければ知らないも同然………。……ツキはあなたみたいに権力に溺れた人をよく知ってる。でも、そいつは結局、まともなことは1つも出来なかった。」
ツキは変わらない表情で答えた。その言葉に嘘偽りは無く、目の前で威張り散らす王に呆れているような声だった。すると、その態度と言葉に王は痺れをきたしたのか、いきなり椅子から立ち上がり、2人の前に仁王立ちになった。そして見開き、血走った目をして言った。
「お前たちのような何も力のない者たちに言われたくないわ!!!」
「ツキたちがいつ、力がないって言った?」
「言わずとも分かる。この村で私より力のある者はいない。そしてお前らは部外者、つまり最も力のない者だ!!郷に入ったら郷に従え。ここでは私が1番偉いのだ。」
怒鳴り散らす王の声が部屋の中に響きわたった。ここまで来ると、もう呆れる他ない。2人はそう思った。しかし、そんな2人の気持ちとは裏腹に、王の罵声は続いた。
「それに加えて呪いモノなんかを身に付けているとなれば、その地位はますます下に決まっているだろ!」
その言葉を聞いた瞬間、2人はピクッと反応した。呪いがかかっている物など一言も言ったことがなかったからだ。
「おいおい、言ってることが意味不明だぞ。てか、報告したヤツセンス悪すぎんだろ。」
「呪いモノ…………。」
2人は王の言葉に対して不信感しか無かった。
「呪いモノ……ねぇ…。まぁ、俺らにしてみりゃ呪いみたいなモノかもな。でも少なくともお前らにとっては呪いではないぞ。」
ヒュウガは王に向かってそう返した。その顔は今までの表情とは他に、少し悲しげな表情をしているようにも見えた。そのヒュウガの言葉に王は少しニヤリとして言った。
「ほぅ。あくまでお前らだけの呪いと言うことか。では、その呪いモノを外したらどうなるか。興味があるな。」
王はそう言うとヒュウガに近付いてきた。そして徐にヒュウガの耳にしてあるピアスに手を伸ばした。
「これがいかにも怪しそうだな。その耳たぶごと引きちぎってやろうか。」
その王の行動にヒュウガは、これまで以上に抵抗した。
「触んじゃねーよ!これはお前が外せる物でも触れられる物でもねーんだ。これが外れればこんな村なんて一瞬で消し去れんだよ。これがどんな物なのかも知らねーで、ただ部下の勝手な嘘信じて外そうとすんな!」
ヒュウガは王に向かってそう叫んだ。だが、王は手を止めようとはしなかった。その行動にヒュウガは反抗を続けた。
「はっ!とんだバカ王だな。そんなんだから部下の嘘も見抜けないんだよ。」
ヒュウガの言葉はもはやただの暴言だった。しかし、ヒュウガがその言葉を発すると流石の王も動きが止まった。王は何か言いたそうな顔をしながらヒュウガを睨んでいた。そしてヒュウガは何を言われてもいいという少し余裕そうな顔をしていた。
しかし、そこでヒュウガが聞こえたのは予想外の声だった。
「おい、お前。その無礼な口を今すぐ改めなければ、こいつの首が飛ぶぞ。」
ヒュウガが聞こえたのは、ツキの隣にいる兵士の声だった。その兵士は持っている槍の鋒をツキの首に向け、ヒュウガに向かってそう言った。ヒュウガに直接攻撃しても無駄ということが分かったのであろう。しかし、ヒュウガはそんなツキを見て、焦ることなくしれっと言った。
「別にいいぜ?」
「は?」
ヒュウガの思わぬ発言に兵士は唖然とした。人質にとられている仲間を見てそんな事が言える人はそうそういない。だが、それを平然と言うことと、何より人質にとられている本人が何も動じてないことに兵士は疑問しかなかった。そんな兵士を横目で見ながらヒュウガは話を続けた。
「そいつがお前みたいなヤツに殺られるほどだったら、とっくに死んでるっての。」
ヒュウガは何の遠慮もなしに言った。その言葉に兵士は怒りを覚えた。
「俺が弱いと言いたいのか?」
兵士は余裕の表情を見せるヒュウガに向かって言った。
「あぁ、弱ぇーよ。どうせ今のもただの脅し。本当にやる気なんてさらさらないだろうし、そもそもお前にその力はない。」
ヒュウガは笑いながら言った。すると兵士は槍を握っていた手に力を込めた。
「じゃあやってやるよ!!今さら後悔しても遅いぞ!!」
兵士は槍を振り上げた。その鋒はやはりツキは方に向いていて、振り下ろせばツキの首に刺さることは明らかだった。しかしツキは相変わらず無言のままだった。
「お前、仲間に裏切られるとは、残念なヤツだな。」
兵士はツキにそう言うと、ツキに向けていた槍を思いっきり振り下ろした。弱いと言われた兵士の意地であった。しかし、ツキは相変わらず無言で無表情であった。振り下ろされた槍はツキの首に向かって一直線に向かっていった。
と、その時。
パァン!!
突如、銃声が聞こえた。部屋の中にいる兵士たちはその銃声に驚きを隠せないようだった。何故なら、兵士たちが持っている武器は槍と盾であり、銃のような飛び道具は誰1人持っていないからであった。しかし兵士たちはそんな銃声などよりも驚く光景をこの後目の当たりにした。
そこには、先程までひざまづかされていたはずのツキが立っていた。その腕はあろうことか自由になっており、今までツキの腕を縛っていたはずの縄の残骸が床に落ちていた。そしてその隣には、ツキの首を刺そうとしていた兵士の亡骸があった。その頭はきれいにぶち抜かれていて、おびただしい血が床を赤く染めていた。
「………手首ギリギリだった。百発百中名乗ってるなら、もっと余裕持って撃ってよ……。」
ツキはヒュウガに言った。そしてヒュウガの背後に移動し、聖武である二振りの刀を出現させた。
「はっ!!わざと狙ったんだよ。当たらなくて良かったなァ。」
「…………。」
ヒュウガはツキにそう言った。そんなことを言っているうちにツキは刀を抜き、ヒュウガの手首を縛っている縄を切った。その間、兵士は愚か、王も空いた口がふさがらなかった。そこでやっと先程の銃声はヒュウガのものであったと誰もが気づいた。ヒュウガは手首が縛られている状態で一発は兵士の頭を、もう一発はツキの手首の縄を狙ったのだった。そんな事を容易にできる者はなかなかいない。そして、2人して何も持っていなかったはずの手に武器が出現したこともあり、兵士と王はただ者ではないことを理解したのであった。
腕も自由になり、一気に立場が逆転した2人は先程よりも余裕な感じだった。兵士と王はこの状況に怖じ気づいていた。
「油断は禁物だぞ。どっから武器が出てくるか分からねーからな。」
「………もっと警戒心持った方がいい。」
2人はそう言い放った。
「お前ら!!何をしているんだ!早く取り押さえろ!」
2人を捕らえたリーダーらしき兵士が言った。その言葉に兵士たちは我に帰り、2人に槍を向けて一気に突進してきた。しかしそんな攻撃が2人に効くわけもなく、向かってきた兵士たちは頭をぶち抜かれるか、首を切り落とされるかしてすぐさま全滅した。気が付くと、部屋の中にいた兵士たちは約3分の1程に減少していた。流石にそこまで減ると兵士たちも攻撃をするのを止め、後退りをし出した。
「戦術が全くなってねーな!王様に好かれることしか考えてねーからそうなるんだよ。」
ヒュウガがそう叫んだ。2人の前には兵士の死体がゴロゴロ転がっていて、2人に近付こうとするのも大変な程だった。
「ば……化け物かっっっ!!!」
1人の兵士がそう言った。すると2人はそれに返すように言った。
「……化け物じゃない。ツキとヒュウガはただ、七天神という神の魂を受け継いでるだけ。」
「半分神みたいなもんだ。」
2人の言葉に周りは困惑した。目の前にいる人がいきなり神と言い出したら無理もない話だ。そしてしばらく沈黙が続いた。だが、その沈黙はある人の言葉によって阻まれた。
「お前らは、自分が神だと言うのか。」
王だった。王は2人の背後からそう言い放った。その顔は驚きと怒りが混ざった何とも言えない顔をしていた。
「神だと言うなら問おう。神はどうして私たち人間を裏切るのだ。この世界全てを創ったのは神だろう!自分たちが創った人間を殺して、裏切って、お前たちは何がしたいんだ!!!」
王は鬼の形相で2人に言った。そんな王の質問に、2人は王の方を振り替えって答えた。
「はっ!!俺らが裏切ったァ?バカなこと言ってんじゃねーよ。裏切ったのはお前らの方だろ。」
ヒュウガは吐き捨てるように言った。それに続いてツキも口を開いた。
「ツキたちの魂になってる七天神と始祖神が、どんな気持ちでこの世界と人間を創ったと思う?………新しい希望を望んだからだよ。でも、この状況みたいに、裏切ったのは人間の方。人間は神を裏切ったんだ。」
王を見るツキの目は、ただ事実を伝える口と同じく、ただ淡々としていた。
「そんなヤツらに慈悲なんてねーと思うのが普通だろ。だけどな、始祖神は違った。そんな事をされても尚、世界を保つためにこうして俺らを地上に送ってる。この世界にはよっぽど思い入れが強いらしいな。」
ヒュウガから告げられた真実に王は返す言葉が見つからなかった。周りにいる兵士たちも2人の言葉を聞くことに集中し、動くことを忘れていた。
「世界にはな、光がある分、ある程度の闇も必要だ。だからお前らみたいなのもこの世界には必要なんだよ。だがな、お前らの闇は度が過ぎすぎた。お前らの理不尽のせいで命を落とした人の魂が悪霊になってこの村に蔓延ってたんだ。悪霊を生み出すまで膨れ上がった闇はこの世界に必要ないんだよ。」
「………この世界の善と悪のバランスを崩す1番の原因。悪霊をいっぱい倒せば、それだけでバランスは整うくらいの存在……。でも、ツキたちがいくら倒しても、悪霊は増えてく。だから根元を倒していくしかない……。神継は7人しかいないんだ。あちこち手が回る訳じゃない……。だから……………」
「死んでよ。」「死ねよ。」
2人は同時にそう言うと、周りにある兵士たちの死体を飛び越えて残りの兵士のいる方へ突進した。あまりにも速い2人の動きに兵士たちは、槍を構えることも出来ずに次々とやられていった。見張りの兵士も集まり、部屋の中にはかなりの数の兵士がいた。そうなると流石のツキももう1振りの刀を抜き、戦ったのであった。
「全然ダメだなぁ。そんなんで俺らに敵うとでも思ってんのかァ?本っ当、形だけの王国だな。ん?あぁ。」
ヒュウガは何かに気づくと、その方向に向かって歩き出した。
「よォ。まだ生きてたのかよ。」
そこにはヒュウガのことを2度も殴った兵士の姿があった。その兵士はヒュウガを見るなり怯え、震える手で槍をヒュウガに向けていた。そんな兵士の姿にヒュウガは笑みがこぼれた。
「お前、俺を2回も殴ったヤツだよなァ?ちゃんとお返ししてやるよ。」
ヒュウガはそう言うと兵士に銃口を向け、バンッバンッと2回引き金を引いた。その弾丸は兵士の頭を目掛けて真っ直ぐ飛び、兵士の頭をぶち抜いた。怯える兵士は抵抗もせずにその場にバタッと倒れこんだ。倒れた兵士からは血が溢れ、瞬く間に床を赤く染めていった。ヒュウガはそんな兵士の様子を見ながら「御愁傷様。」と呟くと、振り替えって再び戦場に戻っていった。
その間、ツキは次々と兵士の首を切り落としていた。振るう刀が2振りになり、先程よりも早く兵士を斬り、進んでいった。そんなツキが目指しているのは、あの2人の事を捕まえたリーダーらしき兵士の元だった。ツキはその兵士に向かって一直線に走っていた。途中にいる兵士はまるで生い茂った草木を払い除けるかのように斬り裂き、リーダーらしき兵士の前までたどり着いた。そしてツキはすぐさま刀を振るった。しかし兵士が咄嗟の判断で盾を構えたことでその攻撃は妨げられた。だが、ツキにとっては少し話す時間が出来たため好都合だった。自分の刀と兵士の盾がせめぎ合う中、ツキは言った。
「……あなたがツキたちを捕まえてくれたおかげで、このお城は崩れる。ありがとうございました……。」
ツキはそんな皮肉めいたことを言った。その言葉を聞いた兵士の顔にはすでに怒りなどなく、もちろん反論できる余裕など無かったのであった。自分の盾で攻撃を防ぐのが精一杯で、槍を振るうことを忘れていたようだった。
「王様に気に入られて、権力を手に入れて、随分楽しかったんじゃない?……もう十分。そろそろ死んだ方がいい。」
「ひぃぃ……。」
ツキはそう言うと、もう片方の手に握っていた刀を構えた。そして兵士は首に向かって刀を突き刺した。兵士からは「ぐはっ!」という声が漏れた。しかしツキは動じることなく、突き刺したその反動で倒れていく兵士の首から刀を抜くと、そのまま兵士の首を切り落とした。
「……………。」
首と胴が離れた兵士の亡骸を見ながら、ツキはただ沈黙していた。気が付くとその沈黙が分かるほど辺りは静かになっていた。部屋にいた兵士たちが2人の手によって全滅したのであった。残っていたのはただ、兵士の亡骸とおびただしい血だけで、その血は部屋に飾ってある装飾品まで赤く染めていた。その様子を見ても2人は特に何とも思わなかった。しかし、その部屋に1人だけ、その様子を見て怯えている人物がいた。
王であった。王はその光景と血と亡骸の中に佇む2人の姿を見て 、恐怖で身動きが取れずにいた。2人はそんな王の姿がに気付くと王の元へ近付いた。王はしりもちをついたまま後退りをしたが、後ろの椅子に当たり、もう逃げ場はない状態になった。そんな間にも近付いてくる2人に王は震えた声で言った。
「お、お前らの言いたいことは良く分かった。全て私が悪いのだ、だからお前らはの欲しいものを何でもやろう。だから命だけは……!」
しかし王の目の前まで来た2人は、その王の言葉に表情を変えることはなかった。その表情は王を見下し、蔑むような表情だった。そこでしばらくの沈黙が続き、ようやくツキが口を開いた。
「何でもくれるの?」
ツキは王に向かってそう言った。
「あぁ、何でもやろう。お前らくらいの歳の女子であれば、欲しいものの1つや2つあるだろう…。」
王はツキのことを見上げながら震えた声でそう言った。その言葉を聞くとツキは再び口を開いた。
「ツキと多分ヒュウガもだけど、欲しいものは2つある……。1つは手に入れるのがとても難しくて、もう1つは簡単に手に入るもの……。」
ツキはそう言うと王に近付いていった。ヒュウガはそんなツキの行動をただ黙って見ていた。ツキは王のすぐ目の前に立つと、王に顔を近づけた。
「………何も無かった過去を頂戴…。神継になんかならなくて良かった、ただ、普通の少女として生きられた過去を。大事な人を失わなくて良かった過去を、ツキたちに頂戴。」
至近距離からそう言い放つツキの思いがけない言葉に、王は言葉を失った。何も語らない目がただ怖いほどに王を見ていることにも怖じ気づいていた。すると、今まで黙っていたヒュウガが口を開いた。
「あぁ、そうだな。豪勢な飾りも服も、金も地位も権力も、そんなもん要らない。ただそれが手に入るなら、俺らは何だってする。自分の命半分削れと言われても喜んで差し出すよ。」
そう言うとヒュウガは王の方に近づいた。そしてツキと同じくらいの位置に来ると王の目を見ながら言った。
「神継なんかじゃない、普通の女として生きれたらどれだけ幸せなことか、そう考えることも少なくない。こんな俺らの気持ちなんか、お前には一生分かんねーだろーけどな。」
「……何でもあげるなんて気安く言うもんじゃないよ。」
2人の言い分に王は何も言えなくなっていた。そんな王は2人が欲しいもう1つのものを忘れかけていた。が、それはツキとヒュウガの一言で一気にフラッシュバックしたのであった。
「……あともう1つは、あなたの命。これはすぐに手に入る。そしてあなたもツキたちに捧げることができる……。」
「何でもくれるんだろ?じゃあ遠慮は要らねぇよなァ?」
2人はそう言うと各々の武器を構えた。王のその姿を見るなり、最後の力を使って逃げようとした。
「い、イヤだぁぁあぁ!!!まだ死にたくないぃ!!!」
後ろの椅子に手を掛け、王は必死に逃げようとした。しかし、そんなことが2人に通じるはずもない。2人は構えていた武器を王に向けると一気に攻撃を開始した。
ヒュウガは暴れる王の頭をキレイに撃ち抜き、そのすぐ後にツキが王の首をスパッと切り落とした。2人の攻撃はほぼ同時だったと言っても過言ではなかった。しかし王は、散々威張り散らし暴れた割には呆気ない最期であった。
「楽に死ねたんだ。幸せだと思え。」
「………さよなら。」
2人はそう言うと動かなくなった王に背を向けて、そのまま部屋を後にした。夕日が射し込むステンドグラスが部屋を照らし、部屋の赤はより一層激しさを増していた。
ーーー
ーー
城を出た2人は、行きに来たであろう道を村の出口に向かって歩いていた。辺りはすでに夜に近い夕方で、紫交じりの光が2人を照らしていた。
「遅くなった………。」
「まあな。」
2人はそんな素っ気ない会話をしながら歩いていた。ただ何もすること無く、服についた多少の返り血を揺らしながら村の出口を目指していた。
「……すみません!!」
ふと2人の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。それは先程子供を兵士に連れていかれそうになっていたあの母親の声だった。それに加え、その母親の他にも4~5人に人の姿があった。母親は2人の元へ駆け寄るなり話かけた。
「王から解放されたのですか!?一体どうして?王の元へ連れていかれた者は、誰1人として生きて戻ってきたことは……。」
母親は必死の目でそう訴えていた。夫を王に殺され、子供まで殺されそうになった身である母親にしては無理のない話だった。周りの人々も、無事に帰って来た2人のことが不思議で仕方ないらしく、2人の前に集まり話を聞いていた。そんな光景を目の当たりにして、2人は流石に驚いたのか、人々を宥めるように話を始めた。
「おいおい、落ち着けって。別にあんなヤツらどうてことなかったぜ。形だけの連中で、中身がスカスカだったから逆に面白かった。」
「戦術をまるで知らない人たちだった…………。」
2人のセリフに人々はとても驚いた。その中で母親は2人の服につく返り血に気がついた。
「王を………殺したのですか?」
その母親の言葉に周りの人々は驚きを隠せなかった。人々は母親の目線の先の服に付いた返り血に釘付けになった。そして恐怖の顔をして2人のことを見ていた。その中でも2人は話を続けた。
「あぁ。王だけじゃなく、周りにいた兵士たちも皆な。でも、勘違いすんなよ。俺らはあくまでこっちの利益のためにやったまでだ。別にこの村のためを思ってやった訳じゃない。」
「……別にこの村をどうにかしようと思ってやった訳じゃない……。だから、次の王を決めるなりなんなりはあなたたち村の人たちで決めて。」
2人はそう言うと立ちはだかる人々を避けて歩き出した。しかし、母親はそれを引き留めるように言った。
「お待ち下さい!たった2人で王と兵士たちを殺したというのですか!?なら、この村の人たちと同じよう、公開処刑にしてくだされば良かったのに…。」
母親は2人に向かってそう叫んだ。すると、その母親の言葉に2人は足を止めた。
「……人の死ぬところなんて好んで見るものじゃない……。」
ツキがそう静かに言った。その目はかろうじて光の宿った冷たい目をしていた。その言葉と目に母親の表情が少し変わった。そしてそんな母親を見て、次はヒュウガが口を開いた。
「お前、俺が想像してたよりずっと性格悪いな。公開処刑だァ?人が殺されるシーンをわざわざ見に来る側の人間が何言ってんだよ。」
そう言うヒュウガは母親を半ば見下していた。母親はもちろん、他の人々は驚いたような顔をしたが、その感情を声に出すことは出来なかった。しかしヒュウガはそのまま続けた。
「公開処刑だぞ?牢獄の中で殺される訳じゃないんだ。その気になりゃ、村人全員で協力して兵士はね除けて、罪人にされてるヤツを助けることだって出来たはずだろ。それでもお前らはしなかった。お前ら、心の奥底では『自分じゃなくて良かった。』とか思ってたんだろ。」
ヒュウガから言い放たれた言葉に、村人たちは不機嫌な顔をした。それが事実なのか、それともヒュウガの勝手な見解かは分からない。しかしヒュウガにしてみたらそんなことはどうでも良かった。しかし、ヒュウガにはどうしても処刑人を助ける意志が、王に歯向かいたいという意志が村人と母親にあったようには見えなかったのだ。
「まぁ別に、俺らがどうこう言う話じゃねーし、俺らには全く関係ない話だ。ただ1つだけ言っとく。不満があるなら態度で示せ。そうじゃなきゃ何も変わらない。我慢して、従うだけの人生が全てと思うなよ。」
ヒュウガはそう言うと村の出口に向かって歩き始めた。そしてしばらくしてその後をツキが着いていった。村人たちは去っていく2人をただ黙って見ていたが、母親が小声で言った。
「あなたたちは、一体、何者なんです?」
その声はきちんと聞こえていた。しかしヒュウガはその声に立ち止まるだけだった。そこで口を開いたのはツキだったからだ。
「……ツキたちは、半分だけのしがない、7人ぼっちの神様。」
ツキは母親の目を少し冷たく見ながら話した。そのツキの発言に母親は「は?」という顔をした。ツキはその顔に気付いたが、構うことなく再び歩き始めた。村の人々は皆離れていく2人の背中を追うことはなかった。そして2人もそれを望むことはなかった。2人はそのまま一言も発することなく、朱が残る空に向かって歩いていった。
だんだん人気がなくなり静まり返った村を2人は歩いていた。そして2人は村に来て最初に通った門までたどり着いた。村の内情に不向きなその門を通って村を出ようとした時、不意に聞き覚えのある声が2人の耳に入った。
「よお、お疲れさん。」
門番だった。2人は振り替えるとその門番の表情に少し驚いた。門番とはいえ兵士である彼が、村で何があったのか知らないはずがない。しかしそんな門番の表情は夕日に映えるほど清々しい表情をしていた。
「用は済んだか?」
そう問いかけてくる門番に2人はすぐに答えることはできなかった。しかし門番はそんな2人を見て話を続けた。
「ひどい兵士だ。王が襲撃された知らせを聞いても行こうとしなかった。どうやら俺には、あんな王になんか従う気はないらしい。」
そんな門番の話を聞き、口を開いたのはヒュウガだった。
「俺らの目的、分かってたのか?」
ヒュウガは門番にそう言った。すると門番は少し間を開けてその問いに答えようと口を開いた。
「ふん。まあ、一応もう7年くらいここで門番やってるからな。来るヤツがどんな目的を持ってるかなんてだいたい分かるようになってきた。だからお前たちが来たとき、何かしらするとは思った。だが、お前たちの態度を見て村人に危害を加えるとは思えなかったんだ。だから王襲撃の知らせを聞いたとき、俺はあんまり驚かなかった。」
そう平然と語る門番に、次はツキが問うた。
「……あなたは、王に従う気はないのに兵士になったの?」
そう言うツキの目は、王や村人や兵士に向けた目とは大きく違った。人を蔑むような無の目ではなく、少し光の宿ったような柔らかな目をしていた。そんなツキの質問に兵士は迷うことなく答えた。
「俺は別に王を守りたくて兵士になったんじゃない。村の人々を守りたくて兵士になったんだ。そんな理由だったから、俺は王や兵士たちに嫌われて門番に回されたんだ。でも、まあ、門の前で村に入ろうとする悪人を追い返すのは、この村で1番村を護ってる気がして誇りを持ってやってるがな。」
そう言って少し微笑んだ門番に、2人の顔も少し綻んだ。そうして2人は門番への最後の言葉をかけた。
「お前みたいなヤツが王をやればこの村は平和になりそうだけど、お前みたいなヤツほどでしゃばんねーんだよな。この村の中央は今さっき俺らが壊した。ここからどう立て直すかはお前らはの問題だ。そこを踏み外さないようにしな。俺から言えるのはそれくらいだ。」
「……この村の名前。王や村人には言う価値がないと思って言わなかったけど、アルメリアはある花の名前…。その花の花言葉は『同情』『思いやり』『共感』。昔、この村を作った人はそんな村を望んだんだと思う……。だからこれからはこの村の名前に恥じないようにして。」
2人がそう言うと、門番は「あぁ。」とだけ言って微笑んだ。2人はそのまま門番に背を向け、夕日の中を歩いていった。明日に出る日がこの村にとって希望となるのか破滅になるのか、その真相を2人が知ることは、恐らくない。
ーーー
ーー
任務が終わったとはいえ、すっかり辺りは暗くなってしまった。これからアジトに帰るには相当時間がかかることに2人半ば落胆した。行きは荷馬車に乗せてもらったから良かったものの、帰りは自力で歩かなければならない。2人の空気は変わることはなく、相変わらず無言で歩いていた。
すると、2人前方から2つのライトが見えた。人通りの少ないこの道を通る人がいるのかと、2人は不思議に思った。が、そのライトが近づいてくるにつれて2人の思考は一変した。
見覚えのある2台のバイク。そしてそれに乗る2人の男性。明らかにカイトとエンマだった。
「よォ。迎えにきてやったぞ。」
2人を見るなりエンマが叫んだ。しかし、ヒュウガとツキはいきなりの2人の登場に驚きが隠せないでいた。
「なんで来てんだよ。アイツら。」
ヒュウガが小声で言った。すると、ツキが冷静さを取り戻して言った。
「……迎えに来たらしい。」
そんなことを言う2人の元にバイクが止まった。ガコッとヘルメットを外すと、そのにはやはりエンマとカイトの姿があった。
「アイリに言われてな。迎えにきた。」
ヘルメットで崩れた髪を直しながらカイトは言った。
「さすがにこっから歩いたら時間かかるだろーが。とりあえず乗ってけよ。」
その後に続いてエンマも答えた。アイリの指示と聞いて2人は納得した。
「結局アイツが仕切ってんのかよ。」
ヒュウガが少し呆れたように言った。神継たち7人にリーダーは定められていないが、アイリはわりとみんなを仕切る立場にいるのは確かだった。
(なんかやっぱ読めねーヤツ。)
ヒュウガが心の中でそう呟いた。が、その時。
「……ありがとう、カイト。」
そう言うツキの声が聞こえた。ヒュウガは今まで考えていたことなど一瞬で忘れ、ツキの方を勢いよく見た。するとそこには予備のヘルメットをかぶり、カイトのバイクに股がるツキの姿があった。その瞬間、ヒュウガはツキに向かって焦った様に話した。
「おい!なに勝手にカイトのに乗ってんだよ!!」
そう言うヒュウガにツキはしれっと言った。
「……ツキはただ、カイトのバイクが近くにあったから乗っただけ。しかも別に早い者勝ちでしょ。」
しかし、ツキの言葉にヒュウガは反論した。
「いやいやなんで俺がこの超初心者のヤツのに乗らなきゃならないんだよ!!」
「あァ?テメェな、迎えに来てやっただけありがてーと思えよ。四の五の言ってねーで早く乗れや。」
ヒュウガの発言に、次はエンマが反論した。しかし、はっきり言うと、エンマはまだあまりバイクの運転が上手くないことは神継6人が重々承知していることであった。そんなバイクに乗ろうとは普通は思わないだろう。だが、いまヒュウガたちがいるところからアジトに向かって歩けば、真夜中になってしまう。ヒュウガはもう、エンマのバイクに乗るしかないのであった。
「早く乗れヒュウガ。ここから歩いて帰るよりはマシだろ。」
ここでカイトの一喝が入った。カイトにしてみたら、急に迎えに駆り出されて早く帰りたいという気持ちだったのだ。それでもヒュウガはエンマのバイクには乗りたくなかったが、もう仕方ない状況になったので、しぶしぶエンマのバイクに股がった。
「それじゃ行くぞ。」
カイトの一言で2台のバイクは動き出した。ヒュウガの不安は尽きることはなかったが、早くアジトに着くことが出来そうであった。
ーーー
ーー
ー
「あぁ、みんなお帰りなさい。無事で何より………ってぇ、ふ、ふふ2人ともその怪我はどうしたんですかあああ!!」
アジトの玄関で4人を迎えたフウカがそう叫んだ。その声を聞いて奥の部屋にいたアイリとミナトが玄関まで来た。
「あぁ、これはまた随分と派手にやらかしましたね。」
苦笑するミナト。それもそのはず、ヒュウガとエンマの体には擦り傷や痣が所々見られたのだった。しかもその表情は最悪であった。
「コイツの運転下手すぎなんだよ!!!人乗せたまま横転するってどーゆうことだよ!!」
「テメェが後ろで暴れたからだろーがよ!大人しく乗ってろっつただろーが!」
「そんな状況でもちゃんと運転できるようにしとけよ!」
険悪ムードな2人は口喧嘩を始めた。そんな2人の横で全く無事のカイトとツキは、はぁーとため息をつくと、玄関に上がった。そんな状況を見て後ろの方にいたアイリがふふっと笑った。
「あなたたちは本当に仲がいいわね。」
「「どこをどう見ればそう見えんだぁ!!」」
アイリの言葉に対する2人反論は見事にハモった。その状況がさらに面白かったのかアイリはもう1度ふっと笑うと面白そうに言った。
「ほーら。その通りじゃない?あなたたちって見てて本当に面白いわ。」
アイリがいつもの調子で言った。アイリの発言にヒュウガとエンマは黙り、お互いを睨み合っていた。アイリはその様子をしばらく見た後、振り返りながら言った。
「さあ、夕ご飯が出来てるから早く行きましょう。今日はうるさい人が居なかったから、手の込んだメニューが完成したわ。」
そのまま奥へ歩いていくアイリにフウカとミナト、ツキ、カイトはついていった。ヒュウガとエンマは相変わらず睨み合いを続けていたが、しばらくすると靴を脱いで奥に入っていった。
「仕事が無事に終わって良かったわね。」
「………うん。ヒュウガがうるさかったけど…。」
「あぁ?お前だってうるさかっただろ。」
「はいはい。喧嘩はよして下さいね。ヒュウガさんとエンマさんは夕食前に僕の所に来て下さい。それくらいの傷ならすぐ治せますから。」
「おう。」
そんな会話はアジトの奥へとだんだん消えていった。
神の使命を背負う彼らにとって、全員で食べる食事は、たった少しの気休めなのかもしれない。そして、この続いていく物語の一部である彼らはまだ、たくさんの物語を紡いでいく。
第2頁 終
閲覧ありがとうございました!
次話もよろしくお願いします。