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魔王様の婚活事情  作者: りん
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趣味共有

「最近、夕方からどちらへいらしているのですか?」


 午後の謁見場、メイド長が魔王へと尋ねた。

 ここ一週間ほど、閉門すると誰にも何も告げず、城下へと出かけているようなのだ。

 基本的には、魔王は夕方から自由である。正確には17時よりだ。城は日本でいうところの役所であり、勤める者は公務員と同じである。ただ特殊な場所である為、交代制ではあるが24時間誰かが詰めてはいる。突発的な事件や、行事などがない限り8時~17時勤務、1時間昼休憩ありの9時間勤務の魔王だった。

 ただ、なんといっても国王でもある為、比較的自由ではある。

 

「ちょっと、ね」

「城の者も心配しますし、国王の居場所が不明では様々な問題が起きた際困ります」

「・・・・・・図書館よ」

「そう・・・・・・ですか」


 隠して通う場所ではない為、思わずメイド長は首を傾げる。

 城下にある図書館は、国内最高の蔵書があり、国民の誰もが無料で自由に閲覧できる。ただ日本と違うのは、閲覧は出来るが貸し出しなどは行っていない。この世界では未だ印刷技術などが発展しておらず、若干高価な為である。

 城にも図書館は完備している。城下と同じ物はもちろんだが、一般に禁書扱いされている物や、古典文書など現存が珍しい物まで所蔵している。


「何を企んでいらっしゃるので?」

「失礼ね!企んでなんかないわよ」

「そうですか、では本日より城内の図書室をご利用ください」

「それじゃあ、意味がないじゃない。『本を取ってキャッと出会い作戦』が出来ないわ」


 語るに落ちるとはこの事である。

 それにしても、途中出てきた怪しい名称の作戦は何なのか?メイド長は嫌な予感がしつつあった。


「はい?何を仰ってるので?もう全てお話ください」

「・・・・・・笑わない?」


 笑われるような事をしている自覚はあるようだ。

 メイド長が小さく頷き頷くと、魔王はぽつぽつと話し始めた。

 顔を赤くしたり、はしゃいだりと遅々とした話を要約すると、図書館で知的な男性と会いたい、高い棚にある物を取って貰ったり、偶然同じ本を取ろうとして思わず手が触れる、そんな出会いを求めていたらしい。もちろんその発想の元は、例によって恋愛小説である。


「はぁ~っ」

「何よ、そのため息は」


 ため息が出ても仕方がない事である、魔王は心外といった表情で憤慨しているが。


「どんな格好で行かれているのですか?」

「いつものドレスよ」

「ドレスですか・・・・・・変身はされて?」

「それは角でみんながかしこまったりしたら行けないから隠しているわ」

「角だけでですね・・・・・・はぁっ・・・・・・想像してください、毎日現れる国民図書館には似合わない煌びやかなドレスを着た女、そして本を手に取る訳でもなく、ただキョロキョロウロウロして彷徨っている。誰が近寄るんですか?」


 そう、それはただの不審者である。

 もしそんな女に近づくとしたら、よっぽどに下心を抱えている男くらいなものだ。まぁ、そんな男も近寄らなかったようなので、きっとかなり怪しかったのであろう。

 メイド長ははっきりと不審者とか怪しいなどの言葉を告げなかったが、魔王自身で理解したのであろう、顔を赤くし俯いてしまった。


「知的な男性がいいと仰るならば、地下研究室に行けばよろしいのではないですか?」

「イヤよ」

「ですが、知的で中にはイケメンも稀に居たような気もしますよ?」

「・・・・・・あいつらはね、わたしは見てないのよ。自分の研究しか興味がないの」

「あぁ・・・・・・もう実施済でしたので」


 メイド長が考え付くような事は、とっくに行っていたらしい。

 ただ、彼ら研究者が魔王自身に興味がないかと言われれば、そうではない。皆が魔王に興味を抱いているのは確かである。何度も会って話したいと陳情が地下から上がってきている事が、それを示している。

 残念な事に、それは一人の女性としてではなく、研究対象、実験動物的扱いとしてだが。


「図書館では主にどのようなコーナーをうろついて居られたので?」


 図書館は各コーナーに纏められており、文芸、歴史、専門書、幼児用、異世界文化などである。異世界文化とは、異世界人が持ち込んだ小説や漫画などが占めている。


「基本的には文芸から異世界文化ね」

「魔王様のお好きな恋愛小説から、異世界の恋愛小説ですね?」

「同じ趣味の方がいいじゃない」


 確かに恋愛において、同じ趣味を持っている方が親しくなりやすい。だが、恋愛小説ばかり読む男は知的なのだろうか・・・・・・。


「恋愛小説作家などが最高で?」

「それはもちろんよ!何か伝手でもあるの?」

「先ほどの魔王様のお言葉をお借りすれば、同じ趣味を抱えていた方がよろしいとの事ですので、まずは小説を書かれてみては?」

「小説を?」

「ええ、出版社に持ち込むなりすれば、出会いもあるのでは?編集者とも知り合えますよ?」


 メイド長自身、副業としてこっそり書を記しているので伝手がない訳ではないが、口にはしない。


「そうね、この数千冊を超える数を読み尽くしているわたしが書くのも一興ね」


 魔王の何かを刺激したようだ。

 その日から数週間、夜はどこにも出かけず、ただただカリカリと鉛筆の音が魔王の自室より響き聞こえる事となった。





「出来たわっ!」


 目の下に若干隈を作った魔王が、紙の束をメイド長に突き出した。

 恭しくそれを

受け取り、パラパラとその場で流し読みするメイド長。


「お疲れ様です。魔王様の処女作で御座いますね。ちょうど知り合いの編集者が近くに来ておりますので私は見せて参ります。そしてせっかくですので、製本してしまいましょう」

「わたしが自ら持ち込むわ」

「いえ、だいぶお疲れのようですし、政務も溜まっておりますので本日は私にお任せくださいませ」


 編集者と知り合う為に行きたがった魔王だが、それをそっと拒んだメイド長。事実、毎日小説執筆に夢中になっていた為に、政務がかなり滞っていた。




数日後、午後の謁見場でメイド長は2冊の本を魔王に差し出した。


「こちらが、魔王様のご執筆された本で御座います。まずは2冊ですが、読者の反応を見てみませんか?」

「もう出来たの?何冊販売するのかしら?」

「・・・・・・打ち合わせ中でございます」

「そう、次の物も執筆しないとねっ」


 自信満々である。

 満足そうな顔をして、自らの本をパラパラと捲っては大きく頷きを繰り返していた。


「次回は挿絵も多く入れて欲しいわね・・・・・・絵は誰に頼もうかしら」


 気分は大先生の魔王だった。


「1冊を誰かに読んで頂いたらいかがですか?光栄なる読者第一号です」

「そうね・・・・・・直に一般読者の反応を見れるのはいいわね、誰か侍女かメイドを呼んできてくれる?」

「魔王様、目的は同じ趣味を持った男性と知り合う事ではなかったですか?ですのでここは男性に読んでもらうのがよろしいのではないでしょうか?」

「それもそうね」


 

 バタンッ————


 運よく・・・・・・いや、彼にとっては最悪のタイミングであろう、ラースが謁見場の扉を開け入って来た。


「ちょうどよかったわラース、この小説を読んでみて?わた・・・・・・知り合いの書いた本よ」

「小説ですか?はあ・・・・・・まぁいいですが」


 直立不動のまま、渡された本を読み始めるラース。

 それをワクワクした顔で見つめる魔王。

 2人の様子をにやけた表情で見るメイド長。


「ぶふっ・・・・・・うわぁ・・・・・・うわっ・・・・・・・」


 ラースが漏らす声にビクリと身体を震わせる魔王。


「うわぁ・・・・・・ないわ・・・・・・ヒドッ」


 数ページ捲った所で、本より目を上げたラースの顔には苦笑が貼り付いていた。


「どう?」

「どう?と言われても・・・・・・・」

「正直な感想を言っていいわよ」


 先ほどのラースから漏れ出た声を忘れたのか?期待に満ちた目で感想をせっつく魔王。


「では・・・・・・これを書いた方はよっぽど恋愛経験が乏しいのか・・・・・・」

「・・・・・・」

「残念な妄想を垂れ流している感じですね。全員が絶世の美男子で、史上最強で、知識もあるなんてどんな全知全能なのか」

「・・・・・・」

「しかもそれが全員主人公に恋い焦がれて、取り合うとか・・・・・・。しかも理由もなく一目惚ればかりで・・・・・・」

「・・・・・・で?」

「恋愛経験がないのが丸わかりで、残念の一言ですね」

「・・・・・・」


 数ページで全てを読み切ったラース。

 魔王は顔を真っ赤にして俯いたまま、小さく震えていた。

 その様子をにやつきながら見つめていたメイド長がラースに問いかけた。


「それを書いたのはどんな人物像だと思います?」

「えっ、きっとモテなくて彼氏もいない、残念な行き遅れになりかけのババ・・・・・・」


 途中まで言いかけて、誰を指し示すのか気付いた様子でメイド長に向けていた顔をギギギと魔王へと向けるラース。


「・・・・・・そこでなんでわたしを見るのよっ」

「・・・・・・」

「否定ぐらいしなさいよっ!」


 2人の視線が絡み合い・・・・・・

 魔王の振りぬいた拳は、ラースを床に沈める事となったのは言うまでもない。


「それでは魔王様、出版社に著者名入りの本を大量出版して、全世界に配送するよう言って参りますね」

「やめてえええええええええええええっ」


 魔王の絶叫が響く中、メイド長の口からは笑い声が出続けていた。

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