暴君宣言
「私、独裁者になる!」
「「「はあ」」」
玉座から突然立ち上がり、宣言した。
その場に居合わせたメイド長、執事長、ラースの3人は間の抜けた返事である。
「独裁者よ、独裁者」
「で、どうされるので?」
同じ言葉を繰り返す魔王に、メイド長が面倒くさそうに問いかけた。
「そうね、そう・・・・・・よし、とりあえず3人は私を褒め称えなさい。そうね、1人10ずつでいいわ」
「・・・・・・10」
「10で御座いますか」
「「「・・・・・・」」」
3人は困った顔をした。
「魔王様、私、ラース、メイド長の順番に並んで1人1つずつ言っていくのはどうでしょうか?」
「それで30個って事ね、良いわよ」
「ありがとうござます」
執事長にはある目論見があった、一つは順番が回ってくる間に考えられるという事だ、前の人のを参考にも出来る。そしてもう一つは、いつもやり込められているメイド長に密かな仕返しをしようと考えていた。
「では、私から・・・・・・いつみてもお美しいプロポーション」
「いいわね~、次!」
「えっあっ、俺っすか・・・・・・か、輝く髪は美しいです」
「うーん、まあいいか、次!」
「一つよろしいですか?」
執事長は難なくこなし、ラースもなんとか通った。メイド長の番になり誰もが期待する中、首を傾げながら何故か問いかけた。
「誉め言葉よ?」
「ええ、それはわかっておりますが、先に魔王様に質問があるのです」
「何よ」
「魔王様は本当に素晴らしいものを見た時、美味しい物を食べた時、声が出ますか?私は出ません、息を飲んでしまい・・・・・・ね」
「そう・・・・・・ね、確かにそうね」
「はい、では誉め言葉ですが、魔王様の素晴らしさは上辺だけの言葉になど出来ない、そういう事です」
「っ!!そういう事ね!」
「ええ、私はそう思います。ただ、そこの2人は言葉に出来るらしいですので、思う存分語って貰いましょう」
「「・・・・・・・」」
「2人は上辺だけ・・・・・・そういう事なのね?」
「「違います、違いますううううううううううギャアアアアアアアアアアアア」」
目にも止まらぬ速さで振りぬかれた両拳に因って、2人は謁見場の端に吹き飛ばされ、壁に張り付く事となった。
「で、次は何をする予定で?」
「えっと・・・・・・」
「えっと?」
「見せしめに誰かを殺すのがセオリーかなって思ってたんだけど・・・・・・」
とんでもない事を言い出した魔王。
壁から剥がれ落ちた2人は、床を這いつくばりながら必死に首を横に振っている。
さすがにメイド長も殺す事を推奨など出来ないと、大きなため息を吐いていた。
「で、何に影響を受けたのですか?」
「えっ?」
「どうせまた何かの小説でも読んだのでしょうけれど」
そう、魔王が突然何かを思い付き、行動を起こす際の原因は基本恋愛小説関連だった。
そして今回も同じようである。あからさまに魔王は眼を逸らしていた。
「暴君誕生で、悪政を敷いているとイケメンが来て諫めてくれて、改心した王とその男性は恋に落ち、皆ハッピーエンドって感じよ」
「ありがちな設定ですね」
「そのありがちだけに、チャンスも生まれそうじゃない!」
「まずですね、その設定ですとかなりの時間を要します」
「時間?」
「ええ、悪政を敷き、それが世界中に広まるところからですからね。男性が来るかどうかもわかりませんし」
「じゃあ、ダメじゃない」
「ええ、ダメです。それとですね「もういいわ」・・・・・・」
やはりすぐ彼氏が欲しいようだ、メイド長が続けてダメ出しをしようとしたら首を振って話を止めた。
だいたい、悪王は諫められるよりも討たれる事の方が多い、だがこの魔王を誰が討てるのか?討てる程の実力がある者がいたら、その時点で魔王交代となるはずなのだが、そこまでは頭が回らなかったようである。
「現在、我が国に暮らす者達からは善政と評判が上がっております。このまま続けていると、もしかしたら魔王様に会ってみたいという男性が溢れるほど出てくるかもしれませんね」
「そうっ!じゃあ、今のままでいいのね」
「ええ、ですのでもっと仕事を増やしますね」
「えっ?それはちょっ「増やしますね」と・・・・・・」
しぶしぶ頷いた魔王。
いや、拒否したかったがメイド長の鋭い眼光の前に沈んだ。
誰がこの国の本当の主なのか?
「話は戻りますが、何故褒める事を強要など考えられたのです?」
「・・・・・最近、城内で褒められた事があまりない気がしたから」
「ふむ、褒められるとやる気が出ます?」
「そりゃあ、出るわよ」
魔王はどうやら褒めると伸びる子らしい。
その場に居る3人の頭では「褒めるとドヤ顔になるばかり」などと思っていた。
「では、国民にアンケートを取りましょう。魔王様について普段どう思っているかを」
「えっと、それ嫌な感じにならない?」
「国民の声を聴く事も大切です」
という事で、全国民よりアンケートを取る事となった。
1か月後
「アンケートが集まりましたのでまとめました」
「そう、読み上げて頂だい」
魔王の言葉に恭しく頷きながら、メイド長から紙の束を受け取った執事長はパラパラと捲りだす。
そして1人ほっと小さな息を吐いた。
「では読み上げさせて頂きます。「魔王様が美しく自慢である」「この国に生まれてよかった」「税金も少なく暮らしやすい」「魔王様の美しさが羨ましい」「魔王様は憧れである」「私が若かったら恋をしていた」「妻がいなかったら恋をしていた」」
「ま、まぁ素晴らしいじゃない!」
「ええ、このような意見がほとんどのようですね」
魔王は満面の笑みを零していた、執事長も大きく頷きながら笑みを浮かべる。
メイド長も笑みを浮かべていた、それはそれは満面の笑みを。そしてゆっくりと背中から1枚の紙を取り出していた。
「執事長、こちらを。渡し忘れておりました」
そっと執事長に渡すメイド長。
渡すや否や、「お湯が切れたようですので、持って参りますわ」と謁見場の扉へと足を運び始めていた。
「・・・・・・ヒッ」
「どうしたの?読んで頂だい」
「・・・・・・・はい」
笑顔のまま、紙に目を落とした途端、小さく悲鳴を上げて顔を青くする執事長。
魔王の促しに、遠い目をしながら頷いた。
「では・・・・・・「結婚はされないのだろうか?」「結婚出来ない魔王様可哀想」「悲惨」「ヤバイ」「無駄に美人」「残念魔王」・・・・・・」
「・・・・・・えっ?」
読み上げた執事長は、カタカタと小刻みに震えていた。
聞いた魔王も同じく震えていた、顔を赤くして。
その時、キキッと扉が音をたてて開き、メイド長が入って来た。
「戻りました」
「お、お帰りなさい!」
自分が殴られるまで、メイド長は戻って来る事などないと思っていた執事長は、どこかほっとした顔で迎えの声をあげた。
「ただいまです。あっ、こちらなのですが・・・・・・申し訳ございません、集計漏れの一枚が見つかったのでお持ちしました」
メイド長は俯きながら、一枚の紙をそっと魔王の手元に差し出した。
素直に受け取った魔王。
そして直後、執事長は1ヵ月前と同じ場所に貼り付いていた。
右腕を突き出したまま、真っ赤な顔で固まる魔王。
満面の笑みを浮かべつつも俯くメイド長。
謁見場の真ん中では、ヒラヒラと一枚の紙が舞っていた。
【私が退任するまでに、恋人ができるのだろうか心配だ。奇跡よ起きろと無理をしりつつ願うばかりである 執事長】




