新種魔獣
「最近、食事が美味しいわ」
「ありがとうございます、料理人に伝えておきます、喜ぶ事でしょう」
「ただね、どうしても食べ過ぎてしまうのよ。だから量を減らすように伝えてくれないかしら」
「かしこまりました。ただ一言よろしいですか?」
「なーに?」
「お替りをされたら、それは意味がないのでは?」
「・・・・・・」
魔王の食事とは・・・・・・テーブル一杯に食べきれない程の量が並ぶという訳ではない。コース料理のように前菜から始まり、順々と各料理が運ばれてくる。ただ、1品食べる度に「これ美味しいわ!お替りを」などと言えば、料理人は次に用意している調理の手を止め用意するのだ。恐ろしい事にそれが何度も繰り返される。
「ちゃ、ちゃんと運動してるし・・・・・・問題ないわ」
「そうですね・・・・・・そういえば、今巷ではヨーガなるものが流行っているそうですよ」
「なーに?それ」
「人族の国にいる異世界人が広めた、健康法のようです」
最近、異世界人にいい思いを抱いていない魔王は顔を顰めた。
「それ、本当?健康法って?」
「身体を引き締めたり、美容にもいいそうですよ」
「ふーん・・・・・・どんな人が広めたの?」
「あの国ではないようですよ、確かインドとかいう国の者だそうです」
「2人は知ってるの?」
異世界という言葉には敏感になっている魔王。特に日本人にいい思い出がない為慎重である。メイド長の言葉だけでは信用できないのか、傍に控える執事長とラースに問いかけた。
「はい、存じ上げております。妻も教室に通っております」
「私の知り合いの女性数名も通っているようです」
「ふーん、で、効果はあるの?」
疑り深い、どうしてこうなってしまったのか?
大きな原因であるメイド長はというと・・・・・・素知らぬ顔で頷いていた。
「今日やって明日に効果があるものではないらしいのですが、数か月経てば実感できるそうです」
「へー、なんか効きそうね」
「ご興味を抱かれましたなら、講師の方に一度来ていただきますか?」
「お願いしてみようかな・・・・・・」
「かしこまりました」
こうして後日、城内でヨガ教室が開催される事が決定した。
魔王がわざわざ呼ぶのに自分だけでは・・・・・・・と、城勤務の者に声をかけた、すると思っていた以上に応募があった。
それは女性ばかりではなく、男性も多く含まれており、執事長とラースもいた。
それを知った魔王はようやくそこで疑いを捨てた。
ヨーガ教室は盛況だった。
誰もが熱心に聞き、実践した。中でも一番に質問を繰り返していたのは魔王だった。
その事から、週2で開催される事になった。
数か月後
毎回ヨーガ教室は、どうしても外せない用事がある者以外は全員参加していた。そして開催されない日も、誰もが個人的に練習していた。ある者は自室で、ある者は友人と共に広間やレクリエーションルームでと。
魔王も1人で練習に励んでいた。
「最近、なんか以前よりもくびれが出来た気がするわ」
「そうですね、私も調子が良くなりました」
腰に手を置き、自らの肢体を何度も確認しながら満足気に頷く魔王と、肩を回しながら首肯するメイド長。
「そういえばラース、貴方最近教室では見ないけど辞めたの?」
「いえ・・・・・・一人で自宅で行っております」
「先生も言ってらっしゃったけど、初心者は一人でするより習った方がいいわよ?筋を痛めたら仕事にも影響が出るでしょうに」
「・・・・・・そうですね」
魔王の心配に対して、妙に歯切れの悪いラース。
「あら?もうどこか痛めちゃったの?」
「・・・・・・いえ」
「魔王様、城の他の者達に、ラースは教室に来るなと言われているのです」
「えっ?」
真実を告げられたラースはビクリと身体を震わせ、そっとそこから立ち去ろうとした。・・・・・・が、メイド長にそっと服の裾を掴まれていた為、前のめりに倒れた。
「どうして?嫌がらせか何か?だーれそんな事言うのは」
「魔王様と私以外の女性全てからで御座いますよ」
「全てって・・・・・・何かあったの?」
這って逃げようと目論むラースを不思議そうに見つめる魔王。
「ええ、ピッタリとした薄着を着用している者に「セクシーで淫らな感じがする」と言ったらしいですわ」
「あら、確かにそれはセクハラね」
理由を聞いた魔王の反応は、意外にも憤慨していなかった。
ラースは拍子抜けといった表情で、這いつくばったままポカンとしている。
「全員に言ったの?」
「ええ」
「私は言われてないけれど?」
「・・・・・・ふ、不敬かと思いまして?」
「・・・・・・なぜ疑問文なのかわからないけど、まぁいいわ。罰は1か月間休みなしね」
「かしこまりました」
いつものラースならここで「お前には魅力がない」などと言いそうなものであるが、学習したのか偶然なのか、難を逃れたようである。
「話は変わりますが、最近城近辺で新種の魔獣が出没しているようで、市井より不安の声が上がって来ております」
「そうなの?私は見た事ないわね」
「ええ、ここ数か月毎日のように見かけるようですね」
立ち上がったラースが、何事もなかったように話し出した。
「それは問題ね、大至急調査すべきだわ」
「魔王様、その前にいくつか確認をよろしいですか?」
「確認?何かしら」
メイド長が唇を弧に釣り上げながら、恭しく質問をしだした。
「ヨーガは普段どこで練習を?」
「部屋や外ね」
「外とは?」
「早朝ジョギングしているのは知っているでしょ?その途中ストレッチ代わりにしたりよ」
「・・・・・・そうですか、まず目撃されているは早朝です」
「私見かけた事ないわよ?」
「そのものは白金色の頭をしているそうです」
「珍しいわね」
「奇妙な形をしているそうですが、見る度に違う変形しているらしいですわ」
「奇妙な形?」
「ええ、聞いたところまるでヨーガのポーズのような形だそうで」
「早朝・・・・・・白金色・・・・・・ヨーガ・・・・・・・」
何かに気づいたのだろうか?魔王はだんだんと顔を赤くし始め、小さく震えていた。
「早朝?白金色?ヨーガ?・・・・・・あっ、化け物発げえええええええええええええっ」
「いやあああああああああっ」
ぶつぶつと呟いていたと思ったら、ハッと顔をあげ魔王を指差したラース。
その言葉は最後まで続く事なく悲鳴へと変わった。




