恋情請願
「うん、うん」
「・・・・・・その時アンが来てくれたんだよな」
「そうだっけ?」
「そうだよ、太陽に照らされた髪が光ってて、後ろから見たアンはまるで女神だったね」
「もー、うまい事言って~」
城内の大広間の真ん中では、丸いテーブルを囲んで魔王と1人の男性が座り、談笑を交わしていた。
時折魔王の手が男性の肩や腕、足に置かれるその様子は、知らない人間が見たらまるで恋人同士だった。
「交代で参りました・・・・・・あれ、なんですか?」
執事長に軽く頭を下げながらラースが不思議そうにメイド長に問いかけた。
「魔王様の幼馴染だそうよ」
「出身地は確か辺境の村でしたよね?そこからわざわざ?」
「そのようよ」
「なんかいい感じですね」
幼馴染の男性はイケメンという訳ではないが、純朴そうな好青年という印象で好感が持てる。
訪れて来て席に付いた当初から今まで、話はずっと村での生活風景をなぞっていて、来訪目的が未だわからかった。
「アン、ムハロスキーって覚えてる?」
「覚えてるに決まってるじゃない、今どうしてるの?」
「今年、国軍試験受けたけど落ちたって言って、修行の旅に出かけたよ」
「へー、来てたんなら声掛けてくれればいいのに」
「やっぱり会わなかったんだ?ムハロスキーも言わなかったし、さっきのアンの様子からもそんな感じはしたけどさ」
国軍という言葉が出た瞬間、メイド長もラースもピクリと眉毛が動いた、「またコネ採用希望か」などと思った為だ。事実毎年、いや年中誰かしらの親兄弟、親戚、友人、友人の友人までもが城勤務の者に声を掛けて来たりする。叶わぬと知ると恫喝を行う者までいる始末だ。それほどまでに城勤務は人気就職先であった。確かに身の危険は一部の者を除いてほぼない、それなりに高給であり、信用も高い。
だが、心配は杞憂に終わったようである。話はそれで終わったのだ・・・・・・いや、まだわからないか、これから自分をアピールする狙いかも知れないのだから。
もしコネを希望しても魔王の一存で採用される事は一切ない、厳正なる試験が行われる。ここにいるバカなラースもその試験を通過していた。ラースはバカだが出来るバカなのだ、学校のお勉強は良いが・・・・・・というタイプだった。
「バッチェスは今村の温泉施設で支配人をしているんだよ」
「へーそうなの?」
「アンとよく遊んでいた男5人女5人はみんな元気に過ごしてるよ」
「ご歓談中申し訳ございません。魔王様、定例会議の時刻が迫っております」
魔王が村を出て100年超、話題は尽きないのであろう。だが、曲がりなりにも国のTOP、事務仕事や会議など山ほど仕事はあるのだ。
「そう・・・・・・残念ね。ごめんなさい、お仕事しなくちゃ」
「僕の方こそ突然押しかけてごめんよ、そうだよね、アンは魔王様だった。話していたら昔の事を思い出してしまって、ついつい忘れてしまっていたよ」
「ふふふ、私も懐かしくて嬉しかったわ」
「あの・・・・・・もし迷惑じゃなかったら明日も来ていいかい?」
「えっ?もちろんいいわよ。・・・・・・ラース、時間の調整をしてお伝えして」
「かしこまりました」
会議終了後の魔王は機嫌がよかった、理由はもちろん幼馴染の男性によるものだ。
「ねえ、これってフラグよね?」
「何がで御座いますか?」
「幼馴染と久しぶりの出会い・・・・・・想い出と共に押し寄せる幼き日の恋情・・・・・・だが二人を取り巻く環境は昔とは大きく違っている・・・・・・それ故に更に熱く燃え上がる愛・・・・・・」
またどこかの恋愛小説でも思い出したのか、目を細めて空想に浸る魔王。
「幼少時代にあの方に恋をされていたので?」
「え?特別な気持ちは一切なかったわね」
「幼き日の恋情とは?」
「相手よ!言ってたのよ、女神だったって。それってそういう事でしょ?」
「その当時のご様子を知りませんのでなんとも・・・・・・」
「そうね・・・・・・まぁ、そういう事よ。最後に「明日も」って言った時の表情も見てたでしょ?縋るような・・・・・・捨てられた子犬のような・・・・・・」
何がそういう事なのか。
「魔の手から逃げる2人・・・・・・手を取り合い走る・・・・・・「お前だけでも逃げてくれ」「イヤよ」・・・・・・迫る・・・・・・ああっ」
魔王の妄想は止まらない。
魔の手とは何か?どちらが守っているのか・・・・・・
会話の様子を思い出すに、明らかに幼少時代も魔王が皆を守っていたのに。
所詮は空想、夢物語である。
メイド長はそっと薄く目を閉じた。
唇をにやりと歪めながら。
翌日、魔王は朝から精力的に事務仕事を片付け、幼馴染が来るのを待ち遠しくしていた。その表情はすでに恋する乙女・・・・・・乙女?だった。
「お見えになられましたので、昨日と同じ広間にお通ししました」
ラースの言葉に跳ねるようにして向かう魔王。
広間では優し気な微笑みを浮かべる幼馴染が待っていた。
「やあ、今日も会えて嬉しいよ、仕事大丈夫かい?」
「問題ないから気にしないで」
そこから数時間、昨日と同じように続く若き日の想い出。
一段落ついた頃だった、男性が何かを決意した目で話し出した。
「アンは最近の村の話など聞いてないみたいだね」
「そうね、両親は数十年旅に出てるしね」
「そうか、実は今村では空前のブームが来ているんだ」
「ブーム?」
「そう、ブームだ」
突然の内容に付いて行けない魔王は首を傾げる。
「結婚ブームだよ、アンが平和な国を作ってくれてるからか婚約が続出している状態さ」
「そうなのね!」
「ああ、それでね・・・・・・んっと恥ずかしいな」
「言ってちょうだい、さあ!」
明らかに期待した目で男性を見つめる魔王。何の為なのか、手まで広げている。
「僕を含めて再来月に5組が合同結婚式を行うんだ。全員アンと共に遊んだ10人だよ。それでそこに出席・・・・・・ムリだったら祝電でもくれたらって思って、そのお願いに来たんだ」
「僕・・・・・・5・・・・・・・10・・・・・・しゅしゅしゅしゅしゅ・・・・・・」
「どうしたんだい、アン?」
「おめでとうございます、出席に関しては今すぐ返答は出来かねますが、祝電に関しては行うように伝えておきましょう」
「しゅしゅしゅしゅしゅしゅ・・・・・・」
「ありがとうございます、メイド長さん」
「じゃあ、街で待っている婚約者にも伝えないとだから、僕はそろそろ帰るよ。会えて嬉しかったよアン」
晴れやかな笑顔でその場を後にする男性。
椅子に座ったまま固まっている魔王。口から小さく「しゅしゅしゅ」と漏れている。
「おめでたい話で御座いますわね」
「話が違う・・・・・・」
「11人で遊んでいて10人結婚とは素晴らしい、確かに魔王様は女神かもしれませんわね」
「・・・・・・」
「そういえば、フラグって何ですか?」
「・・・・・・」
すでに知っていた。
昨日の定例会議中に調べさせていたのだ、目的を。
メイド長に浮かぶのは満面の笑みだった。




