浮気野郎
「・・・・・・で、今に至る訳で御座います」
謁見場では執事長が妻との馴れ初めを語っていた。魔王が聞きたがった為だが、今回でかれこれ数十回目となる話だ。
「はぁ~素敵ね~ロマンチックじゃない」
「いえ、つまらない話で御座いました」
執事長は若い時冒険者であり世界中を旅していた、途中で大怪我をし治療に寄った村にいた女性に一目惚れし、アタックを重ねようやく付き合えた。怪我が完全に治る頃、一緒に旅に付いてきて欲しいとお願いしたのだが、女性の両親に反対をうけたのだが、納得させる為に課せられた試練を乗り越え、ようやく二人は結ばれたという話だった。
魔王が大好きな内容だった。
「私も冒険に出たいわ・・・・・・そして立ち寄った村で恋に落ちるの」
「魔王様のお仕事はここにありますので冒険者にはなれないかと」
「じゃあ、回復魔法をかけてあげて・・・・・・その時見つめ合う2人・・・・・・」
「現在、各町村には病院が設置され、回復魔法が、薬術が得意な者をしっかりと配置してあります」
「・・・・・・メイド長は夢がないわ」
「真面目なだけで御座います」
「・・・・・・真面目?」
いつもの魔王の夢発言とそれにダメ出しするメイド長の会話を黙って聞いていた執事長だったが、思わずメイド長の言葉に疑問を感じ聞き返してしまった。
メイド長がキッと睨みつけたのだが、残念な事に執事長は気付いていなかった、頭の中はこれまでの発言や行動が思い起こされていた。
「そんな大恋愛をしても男は浮気をしたりするのですよ、ねえ執事長もそう思うでしょ?」
「「えっ」」
その言葉に我に返りメイド長を見ると、この上ない笑顔だった。そして玉座から鋭い視線を感じていた。
「そ、そんな事は御座いません。私は妻一筋数百年で御座います故」
「そうよ、大恋愛だったのよ、試練を乗り越えたんだもの」
「さすが執事長で御座いますわね、その辺の男共とは違うのですね、キャシー」
「ヒッ」
「メイド長、今のキャシーってなーに?」
「あら、私そんな事言いました?ミランダ」
「ヒィッ」
「ミランダ??」
「あら、私とした事が。つい知り合いの浮気を繰り返す男を思い出してしまい、その相手の名前を口走ってしまったようですわ、セイラ」
「ヒィィッ」
「魔王様はそんな男どう思われます?」
「殺したくなるわね~」
執事長の顔は蒼褪め、足は小刻みに震えていた。魔王の陰に隠れるようにしてメイド長に手を合わせて懇願していた。
メイド長の口角は更に釣りあがる。
「魔王様、気を付けないといけません。そういった男は意外と近くに潜んでいるものですよ」
「そうなの?懲らしめてやりたいわね!」
「・・・・・・」
怒りで赤黒く顔を染める魔王、楽しさで上気した顔のメイド長、青を過ぎて黒くなりつつある執事長。
その時、謁見場の脇にある小さな扉が音を立てて開き、ラースがぶつぶつ言いながら入って来た。
「ったく殴らなくてもいいのにな~ちょっとした冗談なのに」
その頬には掌で出来たであろうモミジが浮かび上がっていた。それは侍女に「太った?」とデリカシーのない発言をしてくらったものだった。
「お・ま・え・かー!」
魔王が瞬時に近寄り拳を振りぬいた。
ラースは扉を突き破り、来た道を飛んで戻ってゆく。
ただただ、タイミングが悪かっただけの為に。
その光景を拝むように見ていた執事長と、高笑いをするメイド長だった。
「確かに出会いは待っているだけではありませんね」
玉座に戻った魔王がお茶を飲み落ち着いた所で、メイド長が話し出した。
「そうよね?でもどこに行けばいいのかしら」
「街に新しくカフェがオープンした事はご存知ですか?」
「知らないわ」
「そちらは異世界研究室があちらの世界でヒントを得て、それを伝えた事から出来たそうですよ」
「ふーん・・・・・・でもカフェって女性が多いでしょ?」
「それがですね、店員が全員イケメンだそうです」
「えっ?そうなの?」
「はい、我が国だけではなく世界中のイケメンを集めたそうですわ、人族、魔人族、獣人など種族も様々だそうです」
「へー面白いわね、行ってみましょう」
「はい」
怯えた瞳の執事長は、そっと懐から財布を出してメイド長に渡した。
目の端に光るのは、怯えからなのか悲しさなのか・・・・・・
「本当にカッコイイわね」
「そうですね」
2人は早速カフェに来て、大量のスイーツを食していた。更にメイド長はお持ち帰り用にも注文していた、容赦がない。
「ねえ、君可愛いね~」
「えっ?」
新たなスイーツを持ってきた店員が声を掛けてきた、それに魔王は顔を上気させている。
「本当に可愛いね~友達?」
「えっ?メイ・・・・・・うん、友達」
メイド長と素直に言えば立場がバレる事に気づき、友達と肯定する魔王。
「そうなんだ~お友達の方も可愛いんだけど、君は特別に可愛いね」
誉め言葉に魔王は顔を赤くして身をくねらせる。
メイド長はそれを見ながら黙々とスイーツを口に運んでいた。
「うん、合格。僕のファンにしてあげるよ」
「ん?ファン?」
「えっ?ファン以上を望むの?欲張りだな~」
「えっと・・・・・・」
「付き合ってあげてもいいんだけど、僕を好きな女の子は多いからな~デートは順番になっちゃうけどいいよね?」
「・・・・・・死ね」
あまりにももてはやされて勘違いした男だった。
そしてタイミングが悪かったのもあるだろう。
鉄拳が振りぬかれる直前、メイド長はスイーツのたくさん載ったテーブルをそっと移動させていた。もちろん満面の笑みを浮かべて。




