美容教室
「ハイハイ、仕事に戻りなさい」
謁見場にメイド長の手を叩く音が響き、そこに集まっていたメイドと侍女数人は蜘蛛の子を散らすかのようにその場を去って行った。
「たまにはいいのに」
「甘やかしてはダメです」
ご満悦といった表情で魔王が呟いたが、険しい顔のメイド長に一蹴された。
何に顔を綻ばせていたかというと、若いメイドや侍女数人に美容の秘訣を質問された魔王、特に何もしてないと答えたら「信じられない」「羨ましい」など称賛の声があがったからだった。
「先ほどの会話で私も気になったのですが、何もしていないのです?」
「ええ、特には何もしてないわね」
「そう・・・・・・ですか」
先ほどの称賛を思い出したのか、また顔を緩める魔王だったが、メイド長の反応が少々気になった。
「何よ?おかしい?」
「おかしいですね」
「本当に何もしてないわよ?洗顔洗髪は市販の物を使ってるし」
「おかしいのは、何もしていない事です」
「えっ?」
疑われているのかと思い憤慨しつつあった魔王だったのだが、予想外の事を言われたようでポカンと口を開けたままだ。
「いいですか?確かに若い内は特に何もしなくとも、肌は健康な状態を保ち、水を弾きます。ですが年齢を重ねるに連れ、ケアを行わないと大変な事になります」
「た、大変な事って?」
「シミ、たるみ、皺、ほくろの数が多くなったりします」
「えっ?うそっ!」
「嘘は申しません、因みに私もケアしておりますし、先ほどの子達もしておりますよ。いいですか?今は良くても段々と・・・・・・」
魔王の顔は青くなり始めていた。
「男性は意外にも細かいところまで見ております、自分が気付いていないシミの兆候でさえ敏感な者もいるほどです。「あれ?今日は疲れてます?」とかよく言いますが、あれは肌を見て言っていたりします」
「メ、メイド長?なんか怖いわよ?」
メイド長の口調は熱かった、具体的だった。誰かに何か言われた事でもあるのだろうか。
「何がですか?男はデリカシーの無い事を平気で言ってきたりしますからね。皺が一本増えたとか白髪生えてますよとか・・・・・・」
メイド長は止まらない。握り拳を作ってまでの力説である。
魔王は若干怯えていた、その表情に、態度に、言動にと。
そういえば、いつも謁見場にいるはずの執事長やラースがいない。
「・・・・・・ねえ、ラースがいないわね」
「・・・・・・先ほど床を自らの舌で掃除しておりました」
「・・・・・・そう」
原因はやはりラースだった、そしてすでに制裁を受けているようだ。
「話を戻します、ケアは必要だって事です」
「うん、わかったけどどうしたらいいの?」
「そうですね、まずは化粧水、乳液、パックを用意致します」
「3つも?」
「まずは3つのみです。3つを毎日しっかり行う事により老化現象の進行を遅らせるのです」
魔王が使用する物なので、せっかくだから最高級の物をと考え、その日から2人は山野を駆け巡った。
大森林奥深くに自生するヘチマに似た植物から天然の化粧水を採取。
鉱山に潜り鉱石から油を抽出、砂漠に生えるサボテンの水を絞り、海に潜り海藻を採取し混ぜ合わせる事により乳液を作製した。
パックの為に、洞窟奥深く生息するグランドスライムを捕獲した。スライムとは核と呼ばれる石を中心に粘液質の集合体である、ドロッとした質感から人々には嫌われている魔物である。通常は50cm程の体長だが、グランドスライムとは20mを超えるサイズだった。
魔王の部屋に2人は戻って来ていた。
化粧水:樽30 乳液:30樽 パック:50樽
戦利品が積み上げられていた、この為に掛かった時間は約5日だった。
時に魔王の部屋は広い、この上なく広い。城の主であるから大きくないと・・・・・・と言うだけではない。魔王が「いつか結婚して一緒に暮らすなら広い部屋がいい、子供部屋は2つで・・・・・・」などと夢見たからでもある。何故か1部屋がプールだったりもする。
その為現在無駄に部屋が余っていた、それこそ莫大な量のスキンケア用品を貯め込む事が可能な程に。
「では手順を説明します、まず化粧水を顔にしっかりと塗り、次に乳液をです。順番を必ず守って下さい。量としては化粧水2:乳液1です」
「うん」
「その後ですが、スライムを適量手に取り顔にしっかりと貼り付けます。約15分そのままにしてください」
「わかったわ」
「じゃあ、やってみましょう」
メイド長の美容講座は終わり、肌のしっとりさを体感した魔王。
「明日から欠かさないわ、メイド長ありがとう」
数日経った頃には確かに魔王の肌は変わっていた、質感が輝きが違った。
気付くとメイドや侍女達にドヤ顔でスキンケアの大切さを説く魔王がいた、つい先日の自分自身の発言を忘れたかのように。そして称賛を受け、ますますドヤ顔になっていた。
それをつまらなさそうな顔で見つめるメイド長。その様子を見た執事長は何かの前触れを感じ怯えていた。
5日後
その日も魔王はドヤ顔だった、そして何故かメイドと侍女達を全て謁見場に集めた。全員が集合したのを見ると、無言でポーズを取り始めた・・・・・・。誰もがその行為に不思議そうな眼差しを向ける。
いや、1人だけにやけていたメイド長だ。
「効果があるから全身にしてみたんだけどどうかしら?」
魔王の言葉に誰もが困惑した表情を浮かべる。
「魔王様、なんかブヨブヨ・・・・・・ぐはあああああっ」
言ってしまったラースはいつものように沈んだ。
魔王は全身を赤く染め部屋に逃げ、メイド長は笑っていた。




