新狩場①
「ここに来たのっていつだっけ?」
魔王とメイド長、執事長、ラースは現在城地下にある研究室に向かっていた。
螺旋状に続く階段を延々と降りていた。
「確か魔王様就任時かと」
「そうだっけ?」
まだまだ続く階段。エレベーターやエスカレーター設置案も出ていたのだが、研究者達の「趣に欠ける」という謎の反対意見に押されて未だに階段のままである。
基本的に利用するのは研究者のみなので、他の人間にはどうでもいいのもあった。
「魔王様は全部屋で何をしているかご存じなんですか?」
「知らない、報告書がたまに上がってくるけどよくわからないし」
研究とはいっても様々である。古代文字、航空術、歴史、魔獣、魔法などなど。数えきれないほどの研究者が部屋を持っていた。国として研究費を出しているのであるが、その成果は怪しいところであった。
「着きましたね」
そこには大きく『異世界研究所』と書かれていた。
異世界研究とは、遥か昔よりこの世界に迷い込む人々や召喚で来る者がいる事から異世界がある事は周知の確定事項なのだが、そこにどのような世界があり、どのような条件で行き来出来るのか?を研究し続けている。
「よくいらっしゃいました、魔王様」
白衣を着て丸眼鏡を掛けたいかにも学者風の女性が恭しく頭を下げており、その後ろでは男性数名が白衣を着て跪いている。
ただその横には見かけない服を着た男が1人不思議そうな顔をして椅子に座っていた。
「彼は?」
「その事を含め研究成果を発表させて頂きたく、恐れながらお呼びさせて頂いた次第で御座います」
メイド長の問いに丁寧に答える所長。
そして4人は周りの男性研究者に勧められるがままに椅子に座った。
「では僭越ながらお話させて頂きます」
「そういう言い方面倒くさいから、もっと気楽に話していいわよ」
「ありがとうございます、では・・・・・・まず私達は異世界研究を長年しておりましたのはご存知かと思います、過去には色々な世界と繋がっておりましたが、近年は特に〝地球″という世界が多い事がわかりました。原因は未だ不明な部分も多いのですが、〝地球″では私達のような世界を夢見る者が多く、意識の集合が接続し易くしているのであろうと考えております」
「私達の世界を夢見る?」
「ええ、書物や〝あにめ″なる物でこの世界のような物を描いているそうです」
「空想で?」
「ええ、ただこちらから〝地球″に偶然迷い込んだ者の言葉が拡がったのが原因かとも思われます」
「迷い込んだ?」
「ええ、こちらに来るだけではなく、こちらからあちらにもって事ですね。これはこちらに迷い込んだ異世界人・・・・・・地球人から聞き出した事を元にしておりますが、ドラゴンやクラーケン、水竜などの大型生物が過去に迷い込み伝承となっていたりするようです。現在も神隠しなどと言われている中には地球に行ってしまった者もいるかと思われます」
ここまで話したところで所長は一息吐きながら4人の顔を見渡した。
「えっ?これで終わり?」
「いえいえ、ここからが本題で御座います」
ただの前置きだったようだ。それに4人はほっと息を吐く。わざわざこんな地下まで来てそれだけではやり切れない。報告書で済む話である。
「で、です。こちらからも自由に地球に行けないかと思案しておりました。そしてなんと!自由に往来する事が可能とわかりました」
「「「「えっ?」」」」
「この80年はその実験の為に費やしてきたのです」
「「「「ど、どうやって?」」」」
4人の息が揃った質問だった。
全ての国が未だ成しえていない研究だった。特に領土的野望を多く持つ人族の国は必死に研究していた、魔族も興味本位で研究していた。
召喚できるのだから送還も簡単に出来そうであるのだが、出来なかった。いや、正確には送還した物や者が本当に辿り着いているのか確かめようがなかったのだ。送還術を行った際、物や者は確かに消えたのだが、届いたと知らせがあるわけでもなし、者が戻ってきて成功を告げる事もないのだ。
「大きな要因は魔素となります、ヒントは迷い人達の出現ポイントでした、全て魔素溜まりといった濃い場所だったのです」
魔素とは空気中に存在する粒子である。魔法を行使するには体内に存在する魔力なる物を放出し、魔素とぶつける事に因ってイメージを具現化する事である。また魔素と魔力はほぼ同じである、ほぼというのは魔力を外にただ放出すると次第に魔素に変化する事からだ。
「でですね、80年の間に往復できたのは4回です。その理由と致しまして、まずこちらで魔力を陣に放出して貯める事に10年、あちらから戻るのに同じく10年と往復で20年で御座います」
「えっと、一度行って帰ってくるだけで20年もかかるの?じゃあ気軽には行けないわね」
「ええ、普通では」
「普通では?」
「はい、時に他の研究結果を見させて頂いたところ、魔王様は通常の成人魔族の10000倍の魔力をお持ちとか・・・・・・それでしたらすぐに貯まりますかと」
そう、桁外れの戦闘力を持つ魔王も研究対象だった。そしてその結果は恐るべきものだったのだ。
ただ本人の「か弱い乙女イメージが崩れるから嫌」という自覚症状のない発言によって発表はされていなかった。その研究を行った者も「発表してもしなくてもみんな知ってる」との思いで問題は起きていなかった。
「という事は行けるの?」
「はい」
「あれ?で、その男性は誰なの?」
「あっ・・・・・・行く際にですね、研究の為に飛竜や魔獣を連れて行ったのですが、少々あちらの世界で騒ぎになりまして、撮影の為に来た者でございます。ちょうど戻って来る際に陣に近寄って参りまして・・・・・・一緒にこちらに来てしまった訳でございます」
見慣れない服装の男をゆっくりと観察してみると、彫りが深い顔立ちで目鼻立ちはしっかりとしている、細くまっすぐと伸びる眉は意志の強さと知的さを感じさせている。
要するにいい男だった。
「行きましょう、すぐに、さあ今すぐ陣を用意して!」
舐めるように男を観察した魔王は立ち上がり、所長に迫った。まるで新たな狩場を見つけた猟師のようである。
「いえ、地球を楽しむ為にもあちらの言語を習得せねばなりません。ですのでテキストを用意しておりますので、覚えたらという事でいかがでしょうか?」
「・・・・・・そう?」
「話せた方が何かと便利で御座いますね、無用なトラブルも防げますし」
という事で、魔王様の異世界ハントは1か月後となった。
本来は半年以上先だったのだが、魔王の勢いに負けた形であった。その迫力には所長も研究員も、異世界のカメラマンも引いていたのはいうまでもない。




