宣戦布告
「魔王様、昨日エイジャスで魔王が交代したようです」
エイジャスとは4人いる魔王のうちの一つの国であり、この国から見て北に位置するりんこくでもある。
「ふーん、どんなのに変わったの?」
「さあ、伝聞によりますと男性でかなり攻撃的な思想を持っているようです」
「えっ?攻めてくる?」
「さあ?ただそのような事を言っているとは聞いております」
これまで魔王4人はそれぞれ相互不可侵条約を結び、それなりに仲良くやってきたのだ。戦争など不毛であり、大地も兵士も民も全てが疲弊するだけだ。尚且つこの魔王を除く3人には共通の思いがあった、それは「あれを敵に回したくない」これに尽きた。
「伝令でございます」
扉の近くで何やら話していたラースが魔王に告げた。そして何やら紙を受け取り魔王近くまで歩いて来て読み上げた。
「北のエイジャスより当国に向かって新魔王と共に兵が進行中との事」
「え~噂してたら本当にきたわ」
挙兵の知らせに顔を顰める。メイド長、ラースも同じ顔をしていた。
「右将軍はまだ帰って来てないのよね?」
「えぇ、世界の反対側におります」
「左将軍は?」
「大森林奥地に調査に行っております」
「困ったわね」
基本的に平和な国であるため、名目上将軍はいるが戦争も紛争もない為にいつもどこかに調査に出かけている。調査とは名の探検みたいなものでもある。城には時折「こんな新種の魔物見つけました」などと笑顔で魔物を抱える将軍の写真付きの手紙が送られてくるだけであった。城に常駐している兵士達も戦争を経験した者はいない、魔獣の氾濫を抑える為に駆り出されるくらいである。事実、両将軍にも知らせは届いていたが、新種の魔物を草を探すのに夢中で気にもしていなかった。
何よりも誰もが知っているのだ「魔王がいればそれで終わる」事に。
「そういえばなんで代わったの?」
「トーナメントで勝ったらしいですわ」
肝心ななぜ魔王が変わったかを聞いていなかった。
どの魔族の国も基本的に選挙などではなく力の強い者が王となる。その為各国が1年に1度の割合で勝ち抜き戦なりトーナメントなりを行って決めている。因みにこの国でも行っているのだが、告知して参加者を募集しても誰一人応募がなく、魔王の不戦勝がずっと続いていた。アンゴルモアが就任するまでは毎年こぞって応募していたのだが・・・・・・。
「面倒くさいわね~」
好戦的な魔王だが本日はどうも乗り気ではない。何故なら昨夜池を這いずり回ったせいで少し疲れを感じていた。肉体的にというよりも精神的にだが。
「エイジャスの新魔王ですが、なかなかのイケ「行きましょう!」・・・・・・」
メイド長の言葉は途中で魔王の決断により遮られた。早かった、目を輝かせていた。
「兵はどういたしますか?」
「いいわ、1人で・・・・・・メイド長と2人で行くわ」
「「かしこまりました」」
ラースの言葉に兵はいらないと返す魔王。基本的にメイド長は戦場に赴く事などない、城で待つのが通常である、だが魔王の心はお見合い気分であった為連れて行くことにしたのだ。
3時間後、魔王とメイド長は飛竜の上にいた。いつもの通り魔王は仁王立ちであるのだが、その恰好は戦場に行くというよりはデートに行くといった格好だった、着飾っていた。飛ぶ事数十分、前方に土煙を上げながら進行してくる集団が見えた。その数、数十万にもなるようだ。その一番後方に大きな神輿が見える、どうやら目当てはそこにいるのだろう。
「どうされますか?」
「うーん、ここまで本気だとは思わなかったわね」
そう、兵数がここまでいるとは予想していなかったのだ。パッと行ってパッと会える気でいた。
「ちょっと蹴散らしながら、会いに行きましょ」
そう言うや否や、魔王は軽く先頭集団の前へと飛び降りていった。直後地上では人が宙を舞っていた、そして人波がどんどんと割れてゆく。
綺麗だわ~こうやって人はトラウマを抱えるのねなんて事を思いながら、眼下を見つめるメイド長。
割れた切っ先が神輿に届くまでにそれほどの時間はかからなかった。それを見届けてからようやくメイド長も地表へと足を着けた。
「だ、誰だお前は!」
担いでいた男達が脇目も振らず逃げていく中、捨てられた神輿から這い出てきた男が怒鳴り散らしている。
「貴方が新魔王さんでいいのかしら?お名前は?」
「誰なんだお前は!」
「ねえ、名前はなんていうの?」
「・・・・・・誰なんだよ、なんでそんな恰好・・・・・・」
怒鳴っていた男はだんだんと声が小さくなっていた。
「ねえ、名前は?」
「ケイロスだ」
数度繰り返した質問に答えが返って来た事に満足そうに笑みを浮かべる魔王。
「ケイロスさんね」
「そうだが、お前は?」
「わたし?私は貴方が攻めようとしていた国で魔王をしているアンよ」
「隣国の魔王の名はアンゴ「黙って」・・・・・・はい」
ケイロスはすでに怯えていた、話の通じなさに、迫力に。
「で、初めて会った訳だけども私を見てどう?」
「どうとは?」
「何か思う事があるでしょ?」
「・・・・・・もう攻め込みません」
すごい自信である。
だがケイロスは素直だった、自分に。それほどまでに怯えていた。
「それはそうなんだけど、ほら、あるでしょ、素直に言いなさい」
「え・・・・・・?」
「焦らさなくていいわよ、ほら、早く!」
「・・・・・・えっと?」
自信満々に迫る魔王にケイロスは戸惑っていた。何をこれ以上言えというのか?必死にメイド長に目配せをして無言での問いかけを行っていた。
対するメイド長の顔はにやけっぱなしだった。
「女性としてどう思うのか聞いているの」
「・・・・・・え?」
「どうなの?」
「まぁ、とても素敵なんじゃないでしょうか?」
「フフフ、まあいいわ。で?」
「・・・・・・で??」
「まだ続きがあるでしょ?魅力的な女を前にしたらどう思うの?」
「・・・・・・いや・・・・・・」
ケイロスは困っていた。怖かった。
「どうぞ魔王様に本音で本当の事をおっしゃって下さって結構ですよ」
「そうよ」
メイド長が助けるように告げた。
「では・・・・・・私はもう少し若くて可愛い子が好みでして、年齢があああああああああっ」
言葉の途中でケイロスは遥か彼方を宙に舞っていた。
その場には赤い顔の魔王が拳を振りぬいた形で止まっていた。
「最後まで人の話を聞かないからですわ、イケメンだけど幼女好きな変態と言おうとしましたのに」
満面の笑みでメイド長が小声で呟いていた。




