来恋祈願
「昨日別れたわよ・・・・・・最悪の浮気野郎だった」
「マジで?二股されてたの?」
「まだ付き合ってたんだ?」
侍女達が廊下の隅で恋の話をしていた。
その隣の部屋では魔王が壁に耳を張り付けて、会話を必死に聞いていた。
「何をなされているので?」
不思議そうに尋ねるメイド長に対して、人差し指を口の前で当てながら耳を澄ませる魔王。
その眼差しは真剣そのものだった。
「フゥッ・・・・・・いいわね恋バナ」
「はいっ?」
「だから私も恋バナがしたいのよ」
しばらくして壁から離れたと思ったら、徐に言い出した魔王にメイド長は首を傾げた。
「あぁ~そういう事ですか、城前にある噴水池に放ってある鯉ですが子供が出来たようですわ」
「・・・・・・その鯉じゃないわよ」
「わかっております、ですが鯉にも番が出来た事をお知らせしただけでございます」
「・・・・・・」
俯いたと思ったら「鯉も恋」などと寒い事をぼそぼそと呟く魔王だった。
悲しすぎる。
「その池でございますが、現在〝恋を呼ぶパワースポット″として城内では人気が高くなっております」
「そうなの!?」
「えぇ、独身の侍女やメイドはこぞって行っているようですわ」
「行くわよ!」
その夜、魔王とメイド長は噴水池に来ていた。本当はすぐに来たかったのだが、「魔王が来たら他の者達が楽しめない」と説得され、誰も来ない夜となったのだった。
噴水池とは魔王城の前に位置し、半径100m、深さ1m程の巨大な池であり、真ん中には大きく白い噴水、それを台座として頂上に剣を持った少女像がある。水は透き通っており、鯉だけではなく様々な小型水生物が生きている。そこに小銭が散らばっているのがよく見えた。
「で、どうしたらいいの?」
「まずは噴水の先に剣を持った少女像がありますよね?あの細い剣先に銅小銭を当てれるといいそうです」
「剣先ね!」
「ふんわりと当てるといいそうですよ」
。勢いが良すぎると剣先はもちろんの事として、流れ弾に当たった市民に被害が出る恐れがあるのを心配して魔王に忠告したメイド長だった。
魔王は持っていた小銭を必死な形相で投げつける。
10枚・・・20枚・・・30枚・・・50枚を越したところで最後の1枚となった。
「この1枚に掛けるわ!えいっ!・・・・・・当たったわ!これで恋人が降ってくる!!」
そんな訳ないのだが、大喜びである。年甲斐もなく飛び跳ねて喜ぶ魔王。
「よかったですね、ところでこの行為なのですが、侍女やメイド達に因ると剣を持つ少女の美貌を得れると評判らしいです」
「えっ・・・・・・恋人じゃないの?・・・・・・まあいいわ、これ以上美しくなっても困るけど、いいわ」
ガックリと肩を落としながらも、自分の顔を水面に映してにやついていた。
「恋が出来るおまじないはですね、この池の中に金色に輝く鱗が1枚時折浮かんでいるそうです、それを見つけて常時持っていると願いが叶うそうですわ」
話を聞くや否や、池に身を乗り出し目を皿のようにして見つめる魔王。その様子に時折来る城内で働く女性従業員達はドン引きしていた、そして避けるように城に戻って行くのをニヤニヤとメイド長は見守っていた、そっと近くの木の陰に身を置きながら。
「ねえ、見つからないわ!」
「淵からじゃ見つからないのかもですね~」
「そうよねっ!」
池に飛び込んだ魔王、鯉が逃げ惑うのを全く気にする事なく探していた。その身体能力をフルに活かし、底を這うようにして少しづつ調べる。
気が付けば、探し始めてから7時間が経とうとしていた頃だった。
「見つけたわ!」
その言葉と共に全身から水を滴らせながら陸にあがった魔王。その姿のどこにも威厳などない。
だが、顔は赤く上気し目を輝かせて片手を大きく天に向かって掲げていた。
「おめでとうございます」
「頑張った甲斐があったわ、これで恋が・・・・・」
「魔王様、この言い伝えの謂れをお聞きになりますか?」
「そうね、知りたいわ。どこかのお姫様の悲恋が掛かったりしてるんでしょ?」
「悲恋ではないですね・・・・・・」
満面の笑みで鱗を目の前で右に左にと動かし眺めている魔王。
その様子を同じような笑みを浮かべ、見つめるメイド長。
「では・・・・・・まずこの噴水に浮かぶ少女ですが、魔王様です」
「え・・・・・・」
「次に鱗ですが、金色の物は確かに珍しいそうです。その謂れですが、魔王様の髪の色に因んでおります、〝幸運の証″として侍女達が恋も呼ぶと言い出したことが始まりだそうですよ」
「・・・・・・」
「さすが魔王様は皆に慕われておりますね」
「・・・・・・これ私が拾って効果あるの?」
「さあ?珍しい鱗ですので何かあるかもですね?」
「・・・・・・わたしの恋はどこにいるのよおおおおおおおお」
魔王の叫びに池の鯉たちは大きく跳ねていた。




