【後日談4】足りない一言
すみません、別投稿のやつを間違えて投稿しました。
後日談本日2回目となります。
最後の1話は20~22時の間になるかと思います。
魔王が国を一つ滅ぼしたというのは、有名な話だ。
詳しい話をせがめば、イチのお母さんは魔王との出会いから話してくれた。
イチのお母さんは、一番強い勇者の中の勇者だった。
しかし、魔王に挑み続け二年経ったある日、国から用無しと判断された。
「あいつは何故か、私だけ生かして返すんだ。次は殺してみろと言ってな。だから私は、負けても何度もあいつに挑んでいた。でも、タイムリミットが来てしまったんだ」
二年も魔王を倒せない勇者はいらない。
イチのお母さんは、次の世代の勇者を産むため、母体となることが決まったらしい。
「勇者として戦い続けて、最後は子供をたくさん産まされ、全て取り上げられる。何の為の人生だったか、わからないだろ?」
そうなるよりも、イチのお母さんは戦いの中で死ぬことを望んだ。
最後の戦いの後、とどめを刺してくれるよう、魔王に頼んだらしい。
「魔王は私の首に手をかけた。魔族は特に処女の血を好むからな。血を吸われて廃人にされるのかと思ったんだが、その……あいつの女にされてしまったんだ。好きにしていいと言ったのは私なんだが、そうくるとは思わなかった」
もごもごと後半恥ずかしそうに、イチのお母さんは言う。
男の人にしか見えないなと思っていたけれど、その表情は女の人そのものだった。
「側にいて、いつでも命を狙っていいというから……私はその日から魔王と暮らすことになった」
色々と展開がおかしいけれど、ツッコむのは我慢した。
自分の敵である勇者を、側に置きたがる魔王なんて聞いたことがない。
わたしの隣にいるイチを見れば、渋い顔をしている。
「あいつは魔王なのに、魔族達から虐げられていた。他の魔族とは違いすぎていたんだ。日の光に当たっても死なないし、血も吸わない。おかしいと思って調べたら、あいつは魔族じゃなくて竜だってことがわかった。魔族と見た目も似ていたから、本人も知らなかったみたいだけどな」
イチのお母さんの口調には、魔族に対する怒りがある。
魔王に肩入れしているようにしか、聞こえない。
「私は魔王を、魔族の呪縛から解き放った。そしたらあいつは、魔族を魔法でたやすく消し去ってしまったんだ」
けれど、力を使いすぎた魔王は、深い眠りについてしまった。
その間に、イチのお母さんは人間達にさらわれてしまったらしい。
あれは油断した。
当時を振り返るように、イチのお母さんは溜息を吐く。
「寝ているあいつを、私は人間達から隠した。だが、代わりに私は捕らえられてしまった。魔王の側にいた私は、そのつもりはなくても裏切り者の勇者として有名だったからな。私は処刑されそうになった」
痛めつけられて、気を失って。
次に起きたら、イチのお母さんは竜の姿になった魔王の手のひらにいた。
魔王は空を飛んでいて、眼下には大きくえぐられた地面が見えたのだという。
魔王によって、自分の国が跡形もなく消された。
イチのお母さんは、それを理解するのに、かなりの時間がかかったようだ。
「私が殺されそうになったから、あいつは怒って国ごと消したんだと思う。けど、理由を聞いても、理由なんてないというばかりだ。私の兄弟達を殺さずに逃がしていたことも、教えてはくれなかった」
イチのお母さんは椅子から立ち上がる。
慣れた様子で鎧を身につけ、腰に剣をさす。
「あいつはいつも自分のことばかりだ。言ってくれれば、私も一緒に罪を背負うのに。私がどんな気持ちで、ずっと側にいると思っているんだ。たった一言言ってくれれば、それでいいのに……」
その独り言は、わたし達に聞かせるためのものじゃなかった。
強いまなざしは、ここにいないイチのお父さんへ向けられている。
「どこに出かけるんです?」
「ちょっと魔王を倒しに行く。色々聞きたいことがあるからな。フェリちゃんはゆっくりしていってくれ! イチ、ちゃんともてなすんだぞ」
予想通りの返答だった。
しかも、まるで近所に買い物をしにいくかのような、軽い調子だ。
イチもイチで、まるでそれが日常であるかのようにわかったと頷く。
「いつもこんな感じで、喧嘩している」
お母さんが出ていった後、イチがぼそっと呟いた。
「これ喧嘩でも、痴話げんかってやつだと思うよ。どう見ても、イチのお母さんお父さんのこと好きだもの」
「俺も今日……そうかもしれないと思った」
イチは脱力しているみたいだ。
なんだかおかしくなって、二人して顔を見合わせて吹き出してしまった。
◆◇◆
「フェリ、俺は少し眠る。森に近づかなければ、どこへ行っても大丈夫だ」
島に辿り着くまで、イチは竜の姿でずっと空を飛んでいた。
大分疲れているらしい。
イチが寝てしまったので、外に出てみることにする。
海岸の方へ行けば、潮の香りがした。
靴を脱いで白い砂浜を歩く。
水は透き通っていて、冷たい。
色とりどりの小魚が泳いでいて、幻想的だ。
両親と逃げ回っているときに、海を見たことがある。
でも、こんなに綺麗な海じゃなかった。
魚を捕ってみようかな。
スカートをたくし上げ、膝のあたりまでの深さまで水につかる。
「ひゃ!」
尻尾が水に浸かって、思わず声が出る。
人間の感覚でいたから、尻尾のことを忘れていた。
気を取り直して、手を構える。
勇者の末裔だったわたしは、身体能力が高かった。
川で同じことをしては、魚を捕まえていたのだ。
小さな魚ばっかりだなぁ。
もっと大きいのがいい。
あと少し奥に移動しようかな。
「っ、あっ!?」
魚を追って移動すれば、いきなり足下がなくなった。
どうやら急に深くなっていたみたいだ。
「だ、誰か!!」
川はよく入っていたけど、足の着く場所だけだ。
泳げるわけじゃなかったのに、忘れていた。
まずい。
死んじゃうのかな。
そう思ったとき、脇の下から腕が差し込まれて、引き上げられる。
「全く、手間のかかる。翼があるのだから、飛べばいいんだ」
最初イチかと思った。
ありがとうと言おうとして振り返れば、知らない男の人が私を抱えて飛んでいた。
黒い長髪に、黒い服。
真っ黒な翼に尻尾。
歳は二十代前半くらい。
顔立ちは端正で、その赤い瞳がイチによく似ていた。
「魚を追うのはいいが、足下をよく見ろ」
「げほっ、げほっ……ごめんなさい」
呆れたようにいいながら、男の人が砂浜に降ろしてくれる。
妙に服がべたべたとして気持ち悪かった。
「息を少し止めてろ。服を洗ってやる」
男の人が軽く指先を動かす。
水がどこからか出現して、わたしの体を取り巻く。
「髪も洗ってやる。目を閉じろ」
素直に従えば、上から水が降りかかってくる。
べたべたがなくなって、少しさっぱりとした気がした。
「後は布で体でも拭いておけ」
男の人が布を手渡してくる。
体に巻ける大きさの布だ。
さっきまで、絶対にそんなもの持ってなかったのに、どこから出したんだろう。
仕草や言葉は乱暴で、突き放すみたいだけど、とても親切な人のようだ。
「助けてくれてありがとう。あなたは、イチのお兄さんですか?」
「イチから聞いてないのか。まぁ、オレは嫌われてるからな」
男の人は肩をすくめた。
「オレはニコルだ。はじめましてだな、フェリ」
「なんで、わたしの名前を知ってるんですか?」
「島に入ってくるときから見てた。だから今も助けられたんだ。感謝しろ」
お兄さんは、意地悪そうな顔で笑った。