【後日談2】裏側にあるもの
今日は天気がよかったので、二人でリリックの実を食べに行くことにした。
人型のイチと手を繋いで、羽を広げて飛ぶ。
まだ飛ぶという感覚は慣れなくて、イチと手を繋いでどうにかといったところだった。
リリックの木に辿り着く直前、イチがわたしの体をお姫様抱っこする。
それからゆっくりと地面に降り立った。
着地する瞬間が一番危険だとイチはいうけれど、少し過保護な気もする。
でも、守られているのは悪くない気分だ。
いつものように木によじ登って、リリックの実を取る。
それから二人で木の幹に背をあずけ、実を割って食べることにした。
竜姿のときのイチは、実をかみ砕いて殻だけは吐きだしていた。
中身を取り出して食べたほうが遙かに楽なのになと思っていたけれど、どうやら人姿のイチはあまり器用じゃなかったらしい。
殻をむくのに悪戦苦闘したあげく、力を入れすぎてリリックの実をつぶしてしまっていた。
「……べたべたする」
リリックの実の中身は、透明ががかった桃色でぷりぷりとしている。
薄皮を破って溢れ出した汁。
イチは指先についたその汁を、面白くなさそうに舐めていた。
なんだか可愛い。
イチのお嫁さんになってから、こういう知らない一面も見えてきた。
カッコイイだけじゃなくて、わたしのイチはとてもかわいい。
「はい、イチあげる」
殻をむいたリリックの果実を、イチに差し出す。
「ん」
イチが頷く。
その唇がリリックの果実だけでなく、わたしの指まで少し食んで……離れていく。
どうしてだろう。
イチが私の手から、食べ物を食べる。
それだけなのに、とても満たされる。
昔こうやってリリックの実を取っては、父さんが食べさせてくれた。
母さんはそれを笑って見ていたっけ。
「ねぇ、イチ。竜ってどんな種族なの?」
前から聞きたかったことを尋ねてみる。
わたしが知ってるのは、竜が強くて恐れられる種族だということくらいだ。
「正確に言うと、竜じゃなくて竜族だ。竜と人間の女から生まれた種族だが、俺もあまり竜族について詳しくない」
話を聞けば、イチの父親である魔王は、幼いときに魔族にさらわれて、自分が竜だと知らずに育ったらしい。
魔族は人の生き血を吸って生きる種族だった。
血を吸われた人間は、生きる屍になり魔族の手下となってしまう。
親しい人間を盾にされ、魔族に襲われ続けた人間は数を減らしていった。
ただし魔族には致命的な弱点があった。
昼の間は活動ができず、日の光と光属性の魔法に弱かった。
そのため魔族は昼の間の守りとして、竜であるイチの父親を魔王として据えていたらしい。
「俺達家族は、他の竜族と離れて暮らしている。だから余計に知らない。フェリを助ける方法を父さんに尋ねたとき、初めて竜族が花嫁を迎える方法を知った」
横に置いてあった殻付きのリリックの実を、イチが渡してきた。
どうやらもっと剥いてほしいようだ。
「竜族は男しか生まれないらしい。しかも、喉元の逆鱗が反応する番しか、竜の花嫁にすることはできないと聞いた。相手への愛情がないと、喉元の逆鱗は水色から桃色にならないし、逆鱗は一生で一人にしか与えられない」
他は空間を越える能力があるくらいだなと、イチは教えてくれた。
竜族については、まだまだ知らないことがいっぱいありそうだなと思う。
「イチの逆鱗って、結構前から桃色だったよね。そのときには、わたしのこと好きだったんだ?」
「……あのときは、俺も逆鱗の色の意味なんて知らなかった。逆鱗は子供の竜にあるものだとだけ、父さんからは聞かされていたんだ」
イチが困ったような顔をしている。
照れてるんだなって思うと、頬が緩んでしまう。
ご褒美のように、殻を向いたリリックの果実をイチの口へと運ぶ。
「イチのお父さんも、ちゃんとお母さんのことが好きで竜にしたんだね」
父親の話題を出すと、イチがわかりやすく嫌そうな顔をする。
「竜の逆鱗って、愛する人にしか反応しないんでしょ?」
イチは自分の両親を、愛がない関係のようにいう。
でも、逆鱗の性質を考えれば、イチの父さんがイチのお母さんを好きなのは動かしようのない事実だった。
「……一方的な愛情は、相手を不幸にするだけだ。母さんは父さんのことを恨んでいて、いつも剣で斬りかかっている。父さんはそれを容赦なく、楽しそうに叩きのめすんだ」
嫌悪感たっぷりにイチはいう。
そういう場面を何度も見てきたのだろう。
「でもイチのお父さん、私の助け方教えてくれたんだよね。完全に悪い人ってわけじゃないと思うけどな」
「なぜそんなに庇う。魔王で国を一つ滅ぼした、悪い竜だぞ」
問いかけられて、どうしてだろうと自分でも不思議に思う。
「イチがわたしに優しいから、かなぁ?」
イチは愛情深くて、不器用だけど優しい。
もしかしたら、お父さんも同じなんじゃないかと思う。
根拠のない勘のようなものだった。
「お父さんは、イチに対しても酷い人だったの?」
「空が飛べるようになるまで、何度も高い場所から突き落とされた。魔物との戦い方を覚えろと危険な森に置き去りにされた回数も、多すぎて数えられない」
思い出すだけで怒りがこみ上げてきたらしい。
イチは怖い顔をしていた。
「それ、イチのためだったんじゃないかな?」
「俺のため? 何を言っている?」
理解できないと、イチが睨んでくる。
「わたしのお父さんもね、わたしに同じようなことしてたんだ。宝具の力を引き出して、悪い人間達から逃げられるように、特訓だっていってね。いつも優しいお父さんだったけど、そのときだけは泣いても許してくれなかった。わたしに生きていてほしいから」
「……」
イチは目を見開いて黙り込んでしまう。
そんなふうに考えたことはなかったんだろう。
「魔王だったら、余計にじゃないかな。色んな人間に命を狙われて生きてきたんでしょ? イチが誰かに殺されない為だったのかもしれないよ?」
「父さんが……そんなに俺のことを考えているわけがない。母さんを繋ぎ止める、鎖くらいにしか思ってないんだ」
イチは唇をかみしめて、拳を握りしめている。
わたしが思う以上に、親子の溝は深いみたいだ。
ちゃんと想われているのに気づけないのは悲しいし、親から愛されてないと思うのは苦しい。
これがお互いの誤解なら、解いてあげたいなと思う。
イチが竜である自分を好きになれない原因も、そこにある気がした。