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生き残りの少女は、不器用な竜に愛される【後編】

 咳をすれば、キラキラとした宝石の結晶が口から出てくる。

 あれからしばらく経って、咳はどんどん酷くなり、私は寝床から出られない時間が長くなっていた。


 もう、長くないのかもしれないなと思う。

 勇者の末裔は短命だって、わたしは知っていた。

 体の中に力の塊である宝具があるから、それに体が耐えられないのだ。


 村で買ってきた咳止めの薬を飲む。

 この薬は、わたしと同じ勇者の末裔である薬草屋のお兄さんから買ったものだ。


 村や街には、勇者の末裔だということを隠して、うまく生きている人もいる。

 仲間や両親を殺した人間達と暮らすなんて、わたしには耐えられないけれど、人には色んな生き方があった。


 この薬を飲めば、少しだけ咳が治る。

 段々と耐性ができるのか、一回の量は増えて、効かなくなってきた。

 それでも飲まないよりマシだ。


「フェリ、何かしてほしいことはあるか」

 ここのところ、イチはかいがいしい。

 ずっと人型で付き添ってくれている。


 優しくされるのは嬉しくて、幸せだ。

 心配されるのも、心地いい。

 イチがいれば、わたしはそれでいい。


「イチ、ありがとう。わたし、イチに拾われて幸せだった」

「そういうこと、言うな」


 感謝を伝えただけなのに、イチが泣きそうになる。

 それを見れば、死にたくないなと思う。


 母さんも父さんも、わたしの年以上生きていたのに。

 何が違うんだろうなと考えて、思い出す。


 子供を作れば、親の中にある宝具の力が薄れる。

 そう、風の噂に聞いたことがあった。

 

 父さんと母さんには、わたしがいた。

 それに二人とも勇者の末裔だったから、血の濃いわたしは余計に限界が早いのかもしれない。


 子供、イチのなら欲しいな。

 イチの子供なら……きっと可愛い。

 自分が生きるためというより、イチの子供がほしいと思った。


 体も弱っているし、子供なんて産んだら死んじゃうかもしれない。

 けど、どうせ残り少ない命だ。イチと生きた証しが残るなら素敵なことに思えた。


「イチ、わたし欲しいものがある」

「何だ、何でも言え」


「イチの子供がほしい」

「……」


 あっ、イチが固まってしまった。

 やっぱり驚かせてしまったらしい。


「竜と人間じゃ、ムリ?」

「竜は、人間の女を妻に迎える生き物だ。だから……できはする。だが、そういう問題じゃないだろう」


 イチの顔は真っ赤だ。

 まんざらでもないのかなと思うと、ちょっと嬉しくなった。


「あのね、勇者の末裔は子供ができると、宝具の力が弱まるの。そしたらもう少し生きられる気がするんだ」

 本当の理由は言わなかった。

 わたしが死ぬつもりでそんなことを言ったのだと知れば、イチは悲しむから。


「知っていたのか」

「もしかして、イチもこの方法知ってたの?」

 尋ねれば、うなだれた様子でイチは頷く。


「フェリを助けたくて、母さんに聞いた。母さんもフェリと同じだったからな。ただ、具体的な方法は恥ずかしがって教えてくれなかったから、父さんに聞く羽目になったが。もうずっと前から、方法は知ってた」


 父親に助けを求めなくちゃいけないのが嫌だったのか、イチの顔は渋い。

 それでも、わたしのためにと行動してくれていたようだった。


「ならどうして、もっと早く言ってくれなかったの?」

 その方法にわたしが早く気づけていれば、もう少しイチと一緒に生きられたかもしれない。

 そんな気持ちが出て、つい咎めるような口調になってしまう。


「そしたら、お前が……俺の元からいなくなると思った」

「なんで?」


 イチの言っていることがわからない。

 それを聞いて、どうしてわたしがイチの元から離れるというんだろう。


「子を作るには、人里に降りていく必要があるだろう。フェリが生きる為とはいえ、他の男に……渡したくなかった」

 すまないと、イチは謝ってくる。

 まるで悪いことをしたというような顔をしていた。


「わたし、イチの子供以外ほしくないよ?」

「……っ!」


 手を握って見つめれば、イチの表情がわかりやすく焦る。

 普段無表情だから、物凄く貴重だった。


「お前、子供の作り方を知ってて言ってるのか?」

「愛し合う男女が一緒に眠れば、いつの間にかできるって思ってたけど。それだったら、もうとっくにいてくれてもいいよね」


 ベッドから起き上がれば、咳が出る。

 その背中を、イチが支えてくれた。

 自分のお腹をさすってみるけれど、そこに赤ちゃんがいる気はしない。


「わたしはイチのこと大好きだし、もう赤ちゃんできてたりしないかな?」

「それはない」


 きっぱりと否定されて、悲しくなる。

 そこは嘘でもいるかもしれないとか、言って欲しかった。

 まぁ、イチは嘘をつけないし、そうとこも大好きなんだけど。


「そうだよね。いつも一緒に眠ってても、イチがそういう意味で思ってくれなきゃ、ムリ……だもんね」


 イチはわたしを大切に思ってくれている。

 でも、わたしと同じ「好き」じゃないのかもしれない。

 いつも子供扱いしか、してはくれないから。


「違う。思いだけで子供ができるなら、もうできてるはすだ。そうじゃなくて、だな……」

 イチの顔は真っ赤だ。

 言葉を探しているようだった。

 イチもわたしと同じ気持ちなんだと思えば、それだけで温かい気持ちになる。


「何か作る手順があるんだね。どうやったら、子供ができるの?」

「あ……それは……」

 

 イチは困った顔になった。

 あーとか、うーとか言って、視線をさまよわせる。


 わたしは、あまり人と関わってこなかったから、そのあたりのことをあまり知らない。

 もしかしたら、イチも同じように知らないのだろうか。


「作り方、村に降りて聞いてきた方がいいかな? 薬草屋のお兄さんは勇者の末裔の血が流れてるから、わたしに親切だし」

「絶対にやめろ」

 思い立ったら行動せずにはいられなくて、立ち上がろうとすれば、強く肩を掴まれて阻止される。


「それはちゃんと、俺が……教える」

「なんで顔真っ赤なの?」

 最後のほうは消え入るようにイチが言う。

 なんだろう、この反応はよくわからない。


「わかった。それで、どうやって子供って作るの? やってみようよ!」

 やる気満々で聞く体制を作れば、余計にイチは狼狽えた。


「フェリ、俺の子を産むということは、竜の花嫁になるということだ。フェリは人間ではなく、竜になる。それでもいいのか?」

 長い沈黙の後、イチはそう尋ねてきた。

 少し話を変えられたような気もしたけれど、頷く。


「うん。イチと一緒なら嬉しい」

「竜だぞ? 物凄く悪い奴だ」

「それ、イチが思ってるだけだよね? わたしにとって、竜はよい生き物だよ」


 だって、イチはわたしを助けてくれた。

 怖くて寂しい夜も、ずっと側にいてくれた。

 イチは竜の自分が嫌いなようだけど、わたしは大好きだ。


「空を飛べる大きな翼も、ちょっぴり冷たい鱗も。枕になる尻尾も、乗り心地のいい背中も全部大好き!」

「そうか」


 あっ、今イチが笑った。

 ほんの一瞬だったけど、そういう顔をもっとしてればいいのにと思う。


「竜になると人間より丈夫になる。宝具のチカラにも耐えられる体になるんだ。だから、子ができなくても、竜になればフェリは生きられる」

「えっ、そうなの!? ごほっ、ごほっ!!」


 驚きの告白に、思わずむせる。

 イチが心配そうな顔をしたけど、これはイチが悪いと思う。


「どうしてそれを最初に言ってくれなかったの」

「俺は竜が嫌いだ。フェリを竜にすれば、父さんと同じになる気がして嫌だった。絶対、俺はフェリを手放せなくなる」


 イチの手がわたしの頭を撫でる。その手が、頬に流れていく。

 優しくてくすぐったいのに、それだけじゃない何かが、わたしをゾクゾクとさせた。


「俺から逃がさないといけない。そう、ずっと思いながらすごしていた。けど、結局できなかった」

「わたし、ずっとイチと一緒がいい。好きでここにいるんだよ」


 頬に添えられたイチの手に、自分のものを重ねる。

 見つめ合っていると、イチが好きだなという気持ちが溢れてくる。

 イチの唇が、わたしの唇に触れた。


「えっ!? あ、イチ……?」

「嫌か」


 驚いたけど、嫌じゃなかった。

 首を勢いよく、横に振る。


「タイムリミットがきたら、フェリの意志も関係なく竜にするつもりでいた。手離さなきゃけないと思いながら、逃す気がなかった。最低だ」


 手離すなんて言わないでほしい。

 逃げる気なんて、最初からなかったのだから。


「イチは、最低じゃないよ。それ、わたしのことが好きで好きで、仕方なかったってことでしょ?」


 自意識過剰なセリフ。

 でも、これがわたしの思いこみじゃないって、証明してほしかった。


「違うの?」

「……違わない。俺は、フェリが好きだ。誰にも渡したくないし、死なせたくもない」


 はっきりと、イチが言ってくれた。

 それだけで、涙が溢れてくる。

 いつもわたしばっかりが、好きな気がしていたから、言葉が返ってくるのが嬉しい。


「俺の……花嫁になってほしい」

「うん! 大好きだよ、イチ!」


 抱きつけば、イチが優しく抱きしめ返してくれる。

 わたしは、とっても幸せだった。

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