■第8話 無意識のうちに姿勢を正して
その日の放課後。
英語教師にこっ酷くネチネチと責められたイツキ。
英語の成績や授業態度だけに留まらず、ここぞとばかりに生活態度にまで話は
広がるだけ広がり、イツキの苛立つ片足は机の下で高速の貧乏揺すりが止まら
なかった。
(早く終わらせろよ! こんのっ、くそハゲっ・・・
オレは忙しいんだっつーの!!
読者の・・・
愛読者からの感想文がオレを待ってんだってばよぉ!!)
長々と拘束され、やっと解放された時にはもう廊下の窓からはオレンジ色の
夕陽が差し込んでいた。
廊下を猛ダッシュして滑って転びそうになりながら、イツキは2-Bの教室に
飛び込んだ。 まるで、あの日のデジャヴの様なその一連の流れ。
しかし、あの日とは違いもう誰もいないその教室。 主が一人もいないそこは
ひっそりと机だけがどこか寂しげにつまらなそうに、きっちり規則的に並んで
いる。
静まり返ったそこに静かにイツキは足を踏み入れ、目指す先へと進む。
そして、ミコトの机の前で立ち止まった。
ひとつ大きく息を吐くと、どこか緊張した強張った肩が小さく上下する。
そっとイスを引き、少し後ろに下げる。 椅子脚のゴムが床に擦れてギギギと
嫌な音が鳴った。 もう一度周りに誰かいやしないか挙動不審に振り返って、
キョロキョロと確かめイツキは机の引出しにゆっくり手を差し入れた。
(あった!!!)
指先に感じた茶封筒の感触。
掴んで引っ張り出すと、その表面に自分の字で ”感想お願いします ”とある。
間違いない、原稿用紙と感想文が入ったそれだ。
その場で勢いよく引っ張り出して今すぐ読みたい衝動にかられ、指先がふるふる
震えるも、なんとかそれをグっと堪えてイツキは慌てて自分の学校カバンに詰め
込んだ。
そして、再び大きな足音を立てダッシュして夕暮れの静まり返った廊下を駆け
出していた。 その顔はイキイキと輝き、燃えるような真っ赤な西日よりも赤く
熱く高揚してゆく頬を鎮められずにいた。
自宅まで息を切らして走って帰ると、靴を放り出すように玄関先で履き捨てる。
投げ出されて左右バラバラに靴が引っくり返った事にもイツキは気付かない。
玄関ドアが乱暴に開閉する大きな音に、驚いたように母親が音がした方向を
覗き込んだ。
いつもは帰宅してすぐ洗面所に行って、うがい・手洗いをする几帳面な息子が
落ち着きなくドタバタと階段を駆け上がってゆく背中を目に、小首を傾げた。
イツキは自室のドアを勢いよく開け、なだれ込むようにベッドに飛び付いた。
小さな折畳みテーブルの角に思い切り脛をぶつけ、『痛って!!!』 顔を
しかめジンジンと痛みを発する脛を抱えつつも、それすら気にせず慌てて
カバンからそれを取り出し、慎重にベロ部分を開いて茶封筒の中を覗く。
そこには見慣れた原稿用紙の他に、見慣れないそれが。
クリアファイルに丁寧に入れられたA4サイズの用紙が一枚見えた。
ゆっくり指先で掴むとひんやりしたプラスチック素材の温度にどうしようもなく
胸が躍る。 ファイルからはずして出すとイツキは無意識のうちに姿勢を正して
ベッドの上に正座した。
そして、ゴクリと息を呑んだ。
ゆっくりゆっくり、そこに書かれた感想を読む。
何度も何度も繰り返し繰り返し読んだ。
ミコトの飾らない素直で純粋な感想と、女子ならではの参考になる的確な意見に
イツキは感動しかなかった。
そこには、物語への愛情が溢れんばかりに綴られている。
そして、最後の一行。
”three様 次話もすごくすごく楽しみに待っています!”
イツキの頬が赤く染まった。
自分でも分かるくらいにそれは火照り、そして心臓がドクンドクンとうるさい
くらいに音を立てていた。