■第7話 引出し奥の茶色いそれ
教室内に続々と登校してきたクラスメイトの中に、イツキを見付けたミコト。
相変わらず気怠そうに上履きの踵を擦って背中を丸めている、その学ラン姿。
中途半端に染めた髪の毛は根元部分が伸びて数センチ黒髪が見え、眠そうに
大きな大きなあくびをしている。 後頭部をボリボリ掻いて、むさ苦しい。
ミコトはじーーーーっとその覇気のない顔を見ていた。
机に両肘をつき少し身を乗り出すようにして、じーーーーーーーーーーっと。
すると、ふとミコトに一瞬目線を向けたイツキが、あまりの熱視線に途端に
慌てて取り乱し赤くなった。
(ななななな、何っ??
ななななな、なにそんなに見つめてんだよ・・・。)
明らかに困惑した感じでしかしどんどん照れまくって緩んでいくそのマヌケな
顔にミコトは目を細め、呆れ果ててジロリと睨む。 音は出さないよう軽く
打った舌打ちが口内で小さく響く。
(なに違う意味にとってんのよ、バカじゃないっ??)
すると、スっと席を立ちあがったミコト。
机を手の平でぐっと押して立つと、イスが自動的に後方に下がってギギギと
嫌な音を立てた。 いまだ照れくさそうにだらしなく口許を緩ますイツキの
元へツカツカとまっすぐ進むと、その学ランの二の腕に握り締めた拳で軽く
グーパンチした。
そして、自分の机の方を顎で指し ”それ ”を引出しに入れたことを無言で
示す。
(ああああああ!!! ”そっち ”、か・・・。)
朝イチでまっすぐ熱く見つめられて可笑しな勘違いをしかけたイツキが、
ミコトの感想文の存在にやっとのことで気付く。
気付いた途端に、女子慣れしていない自分の経験値の低さを嫌という程思い
知らされどうやってこの恥ずかしすぎる勘違いを誤魔化そうか脳内フル回転で
言い訳を考えつつも、それでさえマル秘フレーズ帳に ”こんな気持ち ”を
メモっておかねばとかなりの熱心具合。
うんうん。とひとり、自己完結の納得の謎の頷きを2回。
そして、チラリとミコトに目を遣り、”了解 ”の意の瞬きをバッチリ返した。
すると、
『キモっ。』
小さく目で合図したつもりだったそれは意外に大仰だったようで、ミコトは顔を
しかめ、嫌なものでも見てしまったかの様に苦い面持ちですぐさま逸らした。
その日一日、授業なんて上の空だったイツキ。
(早く読みたい 早く読みたい 早く読みたい・・・。)
イツキの席から少し離れて斜め前方にあるミコトの机。
体を傾げクラスメイトの背中の間を掻い潜れば、その引出し奥の茶色いそれが
見えなくもない微妙な位置。
無意識のうちに全ての授業中、倒れるくらいに体を傾げ半ばポカンと口も開けて
イツキはミコトの方を見つめていた。 必死にミコトの机の中身を見ようとして
いた。
バシッ。
頭頂部に鈍い衝撃を感じビクっと体が跳ねあがって、ふと我にかえる。
するとそこには英語教師が片手に教科書を丸めて振り下ろし、片手は腰に当てて
苛ついた面持ちで顎を上げイツキを睨みつけていた。
『随分とまぁ~・・・
堂々とカンニングしてるなぁ~? カノウ・・・。』
その時、英単語の小テスト中だったことに気付く。
元々、英語は最も苦手で大っ嫌いだったイツキ。 それなのに劇的サプライズで
嬉しくもなんともない小テストをお見舞いされて、げんなりするは問題は見紛う
事無く見事に1問も解けないはで、思わずイツキは再び体を倒してミコトの机の
方を凝視していたのだった。
『カ、カンニングじゃねえよ・・・。』 そう蚊の鳴くような声でか細く反撃
すると英語教師は言う。 『じゃぁ、何してたんだよ??』
(サエジマの机の中が気になって、なんて言える訳ねぇ・・・。)
『ス・・・ストレッチ・・・、 脇 腹、の・・・。』
すると、再び バシッ!バシッ!!と今度は2度、頭頂部に衝撃を受けた。
『もっとマトモな言い訳いえんのか、お前は・・・
英語だけじゃなく、国語力もゼロだな、まったく・・・。』
”国語力 ”を否定されて心底納得いかず顔を歪めたイツキに、呆れた口調で
言い捨てた教師は、最後にもうひと言どこか意気揚々と付け加えた。
『放課後、職員室来い。 補習だっ!!』
『ええええええええええええええええええ!!!!』 イツキの心の叫びが
素直過ぎる口から堪え切れずにダイレクトに飛び出し、教室中に響き渡った。
ミコトが呆れ果てて片頬を歪ませ、天を仰ぐように肩をすくめていた。