■第6話 聖なる儀式
翌朝、ミコトはなんだかソワソワと落ち着かなくて、いつもより早く家を出て
自転車のペダルを踏み込んでいた。
自転車のカゴにはしっかりと学校指定カバンが収められている。
いつもは弁当箱を入れているサブバックが傾げないよう、それを最優先にする
のに、今朝はすっかり順位が逆転していた。
原稿用紙が入ったカバンが真ん中に威風堂々と鎮座し、サブバックの弁当箱は
完全に横倒しになっていたがそんなの全く気にならないミコト。
(原稿にナンかあったら、大変だ・・・。)
息を弾ませながら嬉々とした表情で立ち漕ぎをし、学校までの通学路を自転車
のタイヤは砂利を弾き飛ばし軽快に高速回転していた。
まだ少し朝早いそこは、遠く運動部の朝練の掛け声やボールが跳ねる音が響く。
まだ止めている自転車もまばらな駐輪場に慌てて滑り込み、2年専用エリアに
駐車すると前カゴから大切そうに茶封筒が収められた学校指定カバンを取出し
胸に抱きせわしなく駆け出した。
慌てて靴箱前で上履きに履き替え、踵が収まりきらないまま爪先をトントンと
打ち付けつつ尚も廊下を走る。 階段をパタパタと一段ずつ小走りで駆け上が
る足音が静かな階段踊り場の壁に、天井に、跳ねて響く。 嬉しそうに頬を
緩ますその顔に、窓から差し込む朝の光がやわらかい。
2-Bの教室のドアを勢いよく開けると、やはりそこには誰の姿も無かった。
『ヤッタ・・・! 一番乗りっ。』
自分の机の中にそれを入れておけばいいだけなのだから他人の目など気にする
必要も無いのだが、ミコトはどうしてもひとりでその ” 聖なる儀式 ” を
行いたかった。 ミコトにとっては、なんだかとても大切な事に思えて。
自席までゆっくり進みカバンから茶封筒を取り出すと、一度胸にぎゅっと抱く。
(ちゃんと、気付いてくれますように・・・。)
そっと目を瞑って願いを込め、丁寧に机の引出しの奥に入れる。
机横のフックにカバンの取っ手を引っ掛け、逆サイドのそれにサブバックを
提げるとイスに腰掛けスっと背筋を伸ばして姿勢を正す。
そして、もう一度引出しに両の手を差し込んでみた。
そっと手の平でその封筒の表面を小さくやさしく撫でた。