■最終話 人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を
放課後の教室に、開け放った窓からやわらかい春の風が通り過ぎる。
3年C組。
進級しイツキとクラスが離れたミコトは、掃除当番に割り当てられた
モップを掃除用具入れの縦長のロッカーに少し乱暴に押し込め、少し
歪んだその扉をバンと手の平で叩くように閉めた。
『ミコト~・・・?
掃除当番終わったんでしょ? まだ帰らないの・・・?』
自席の机にちょこんと腰掛け、なんだかやっとのんびり落ち着ける様な
面持ちのミコトにこれから部活へ向かうクラスメイトが声を掛けた。
『ん~、 ちょっと所用で・・・。』 ミコトがニヤっと口角を上げる。
手を振って教室を出て行ったクラスメイトの背中を見送り、やっと教室に
ひとりになったミコトは机の引出しからそっと ”それ ”を取り出した。
新品になった ”それ ”は、表面に相変わらず流れるような見事な達筆で
一行書いてある。
”感想お願いします ”
しかし、以前のそれよりも堂々として、なんだか自信がみなぎっている
ように見える。 実際に文字サイズは心なしか大きくなっている。
ミコトはその文字を指先でそっと撫でて、目を細め微笑んだ。
そして、ゆっくり茶封筒を開いて中から見慣れた原稿用紙を取り出すと
その表紙を潤んだ目でまっすぐ見つめ、それをセーラー服の胸にぎゅっと
抱き切なげに目を伏せた。
その時。
後方から声がした。
『ミコト~ぉ。 ほら、帰るぞ~ぉ!!』
隣の教室から現れたイツキが、教室後方の戸口の上枠に手を掛け体を傾げ
ながら覗き込む。
そして、ゆっくりと教室内を進むその足音はしっかり踵まで収めた内履き
が立てるパタパタという軽快なそれで、以前の気怠さは微塵もない。
机に腰掛け華奢な背中を丸めているミコトに近付き、背中からひょっこり
顔を出してイツキはミコトが大切そうに胸に抱くそれを覗き込んだ。
『ぇ。 なに? なに読んでんの?』
すると、ミコトは満面の笑みで後ろのイツキへ呟く。
『 ”感想お願いします ”って一言かいた封筒が、
アタシの机の上に置いてあったの・・・
この人・・・ すごいよ・・・
アタシ、最初の1ページですっごい引き込まれた・・・
・・・この人・・・ 天才なんじゃない・・・?』
その言葉に、イツキも零れんばかりの笑みを向ける。
そしてミコトの頭にぽんと大きな手を乗せ、やさしくガシガシと撫でた。
『じゃぁ、ガンバって感想書いてやったらいーんじゃねっ?』
イツキが頭に乗せるそのゴツい手をミコトはそっと掴むと、ぎゅっと握り
返してイタズラっぽく眉を上げ小首を傾げた。
『ねぇ、アンタも一緒に読むぅ??』
すると、イツキが愉しそうに笑ってうんうんと頷いた。
『言っとくけど。
馬鹿にするようなこと言ったりしたら
二っっっ度と見せないから ・・・それだけは覚えといてっ!!』
ツンと顎を上げミコトはジロリと目を眇める。
『分かっとります。』 イツキは背筋を正し仰々しくペコリと会釈した。
そして、ふたりでクスクス笑い合った。
春のやさしい午後の風が、ミコトが大切に掴む原稿をひらりとめくる。
その瞬間、やわらかい8Bのえんぴつでしたためたタイトルが現れた。
”人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を ”
”tree ”
【おわり】
【人知れず、8Bのペン先で綴る君の名を】本編完結です。 稚拙な文章なのに読んでいただき有難うございました。 引き続き【番外編】ご一読いただければ幸いです。




