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■第65話 2月14日


 

 

放課後。


ふたりはチラっと互いに視線を送り合って、どちらからともなく歩み寄る。

 

 

照れくさそうに、でもどこか当たり前のように、ふたり揃って教室を出る。

そして長い廊下を抜けいつも決まって向かう先は、屋上へと続く誰も近寄

らないひと気のない南棟の階段踊り場だった。

 

 

壁に背を付けて寄り掛かり、並んで床に座る。


ふたりの肩も二の腕もしっかり触れ合い、床に投げ出した互いの足先は

歯がゆくぶつかる。 イツキの左足とミコトの右足の内履きの爪先ゴムが

ゆらゆら左右に揺らす度照れくさそうにコツン コツンとノックし合い、

そのやさしい感触に頬はほんのり色付いて緩んでいった。

 

 

毎日毎日、ふたりはここでなんてことない話をする。

 

 

みるくたっぷりミルクティのラベルがマイナーチェンジした、とか。

クソ英語教師の髪の毛が若干増えた気がしないでもない、とか。

イツキの身長が少し高くなった、とか。

ミコトの前髪がちょっと伸びた、とか。

 

 

そんな他愛のない話をしている間も、イツキの左手とミコトの右手は

常に常にやさしく繋がれていた。 指先から感じる互いの温度を決して

逃さぬよう、ふたりはいつも手を繋いでいた。

 

 

 

 『ねぇ! グリコしようよ、グリコっ!!』

 

 

 

突然勢いよく立ち上がったミコトが、嬉しそうにイツキの手を両手で

掴み強引に引っ張り上げ立たせる。

 

 

 

 『お前じゃんけん弱いから、


  結局、オレがいっつも不利じゃんかぁ~・・・』

 

 

 

しかめ面で言い返しながらも、イツキは相変わらずなミコトに愛しくて

仕方ない視線を向けどうしても笑ってしまう。


『ほら、ココから下りながらグリコすれば丁度いいじゃん?』 片手に

カバンを持つとミコトは空いた他方の手でスカートのお尻をポンポンと

払い埃で汚れたそれを均した。 そしてまだ体勢が整わないイツキなど

お構いなしに握ったグーの手を上下する。

 

 

 『じゃ~ぁん けんっ・・・。』

 

 

 

 

 

やはりミコトはじゃんけんが弱い。

 

 

『ぱ・い・な・つ・ぷ・る。』 イツキが先に6段下がった。


『じゃ~ぁん けんっ・・・。』 再びの掛け声に、『ぽんっ』の合図で

出したのはイツキがグーで、ミコトがチョキ。 『ぐー・りー・こっ』

 

 

そしてイツキは呆れた様に顔をしかめる。

 

 

 

 『やっぱ、お前じゃんけん弱す・・・』

 

 

 

すると、

ミコトがそれを無視して語尾が被る勢いで、 『じゃ~ん けんっ。』

 

 

ミコトはチョキを出し、イツキはパーを出した。

にっこり笑って、跳ねるように階段を降りるミコト。

 

 

 

 『ち・よ・こ・れ・い・とっ、 ・・・と。』

 

 

 

やっと階段を下りて来て近付いたミコトを、イツキが嬉しそうに小さく

微笑んで見つめる。


するとミコトは片手に持ったサブバックに手を突っ込み、なにか掴んで

手を出した。 そして、それを3段下のイツキに差し出す。

 

 

 

 『はい。 ちよこれいと。』

 

 

 

『ぁ。』 それをまじまじと凝視するイツキ。


そうだ、今日は2月14日。 バレンタインデーだった訳で。

負け続けているというのにミコトがやたらと ”チョキ ”ばかり出す事に

内心不思議に思っていたのが、やっと ”この為 ”だったのだと気付く。

 

 

はじめてちゃんと貰うバレンタインのチョコレート。


今までだって、十把一絡げのあからさまな義理チョコや、母親からの肉親

お情けチョコはあったけれど、付き合っている ”カノジョ ”から貰える

それは生まれて初めてで。

 

 

 

 『ぁ・・・ ありが、とう・・・。』

 

 

 

両手で掴んで小さな包みにじっと目を落とす。


小さくて軽いはずが、イツキの小刻みに震える手の平にやけに重みを感じ

させそして中のチョコが溶けてしまうのではないかと思う程になんだか

熱を発するようで。


胸の奥の奥がぎゅぅぅううっと握り潰されるように、痛くて苦しい。

 

 

 

  (やべぇ・・・ こんなに、嬉しいもんなんだな・・・。)

 

 

 

すると感慨深げに潤んだ目で悦に入るイツキなど放置して、ツンと澄まし

顔でミコトは更に淡々とじゃんけんを続ける。 『じゃ~ん けんっ。』


甘い雰囲気も余韻もあったもんじゃないとイツキが呆れて苦笑いすると、

次の一手もミコトが珍しく勝った。

 

 

  

 『ぐぅ りぃ ・・・  こっ。』

 

 

 

なんだか俯いてイツキの方は決して見ずに、ミコトはゆっくり階段を1段

ずつ踏みしめるように静かに下りた。

 

 

気が付くと、ふたりの段差はなくなっていた。

向かい合って立つ、ふたり。

 

 

突然のそのかしこまったような、どこか緊張したような様子に、イツキは

『ん?』と顔を覗き込もうと少し背を屈めた、その瞬間。

 

 

 

ミコトはイツキの肩にそっと手を置き、爪先立ちをして顎を上げた。

 

 


   

     。。。。。

 

 

 

 

 

   『た、誕生日・・・


           ・・・おめで、とう・・・。』

 

 

 

触れ合った唇をあっという間に離して、ミコトが真っ赤になって俯いて

いる。 イツキは今なにが起こったのか頭が整理できず、ただただ浅い

呼吸をして立ち竦む。

 

 

 

 

 

    階段の途中で、ふたり。


    生まれてはじめての、キスをした。

 

 

 

 

 

 『そ、そっか・・・ オレ、誕生日でもあったっけ・・・。』 

 

 

ミコトのぬくもりがダイレクトに伝わった自分の唇をそっと指先で押さ

えてイツキは呆然としていた。

 

 

今にも倒れそうな面持ちで、その潤んだ目はどこを見るでもなく遠くを

見つめる。 片手に握り締めたチョコの包みが、イツキの燃えるような

手の平の熱に少しだけ溶けて形を歪めた気がした。

 

 

 


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