■第64話 告白
≪ずっと、ずっと。好きだったんだ・・・ 俺。
・・・ミコトのことが・・・。≫
(・・・・・・・っっっ!!!!!!!!)
先程のミコトのデジャブさながら、イツキが赤色ペンキでも頭から
被ったかのように真っ赤っ赤になり、原稿で顔を隠す。
『さ、最後の最後に・・・
新しい登場人物が、 出て・・・ きた・・・の・・・??』
赤面するミコトが充血したような涙目で、イツキへと切り出しづらそう
に恥ずかしくて仕方なさそうに、小声でぽつり訊いた。
それは、昨夜。
真剣に最終話をしたためていたイツキは、ミコトに物語を読んでもらう
事になった経緯をひとり静かに思い返し、小さく微笑んだり、胸が切な
くチクっと痛んだり、まるで泣きそうな情けない顔をしたりしながら、
ミコトのことばかり考え物語のラストを書いていた。
ミコトのことを考えて、考えて、考え過ぎて・・・
最後の最後。 主人公ミナトがカスミに想いを打ち明けるシーンで、
うっかりヒロインの名前を ”ミコト ”と間違えてしまったのだった。
地獄とも言える程の、長い沈黙。
ミコトは、イツキがなにか言ってくれるのをひたすら待つも、頭の中が
真っ白どころか純白、ピュアホワイトになり失神しそうなイツキから
聴こえるのはただただ荒く繰り返される呼吸音のみで。
なんて誤魔化そうか考えて考えて考えるも、なにも妙案は浮かばない。
イツキは諦めたように、正直に、蚊の鳴くような声でぽつり呟く。
『ま、間違えた・・・ だけ・・・
ただの・・・ ミス・・・。』
『・・・ミス?』 ミコトは恥ずかしくて仕方ない弱々しい視線を向け。
『ぁ、あの・・・
昨日は、あの・・・ 考え、すぎて・・・
書きながら、考え過ぎて・・・
・・・・・・・・・・・・・・お前、の・・・ こと・・・。』
そう呟くと、イツキは体育座りする立てた自分の膝と膝の間に顔を埋めた。
チラリ覗いた耳の裏側も、首筋も、気の毒なくらいに真っ赤になって。
大きな体が、まるで小学生のそれのように心許なく小さく小さく丸まる。
(死ぬ・・・
恥ずかしすぎて、オレ、きっと、今、この場で、死ぬ・・・
つか、もう・・・ いっそのこと誰か殺してくれ・・・。)
ミコトもまた、こんな形での思っても見なかった告白に心臓は壊れる
寸前だった。
(もぉ なんなのよ・・・ 苦しいってば・・・・。)
その瞬間、恥ずかしすぎて呼吸も出来ないミコトが慌てて立ち上がり
イツキに背を向けた。 あまりに火照る頬を見られまいと、こっそり
手の平をひらひらと揺らしその顔に風を送ろうとしたのだ。
しかしその時イツキは、なぜかミコトが何処かへ行ってしまうのでは
ないかと思ってしまった。
もう二度と手の届かない場所へ行ってしまうのでは、と。
『ャ、ヤダ・・・
・・・ダメだ、行くなよ・・・。』
イツキの切なげな、切れ切れの声が階段踊り場に響く。
『え?』 別に何処にも行くつもりのなかった、ただ恥ずかしくて背を
向けようとしただけのミコトは、必死の形相のイツキに逆に戸惑う。
『な、なによ・・・?』
『行くなよ!
・・・行かないでよ、頼むから・・・
ど、どこにも・・・ 行かないでよ・・・。』
イツキはミコトの手首を乱暴に引き寄せると、バランスを崩したミコトが
イツキの胸になだれ込むようによろけた。
その瞬間、頭で考えるより咄嗟に体が動いたイツキ。
ミコトの首の後ろに手を添え震える胸に引き寄せると、ぎゅっと強く強く
抱きしめた。
『す・・・・・・・・・・・・・・・
好き、なんだ・・・・・・・・ 好きなんだよ・・・・
もう、どうしたらいいか分かんないくらい・・・
なんて言葉にしたらいいか、分かんないくらい・・・。』
イツキの熱い息がミコトの赤い耳を更に熱く赤くさせる。
イツキの硬い胸の感触も、筋肉で引き締まった腕も、目の前にある喉仏も
少し背伸びしたら触れてしまいそうな唇も、なにもかも、ミコトの心臓を
狂ったように高鳴らせるには充分過ぎた。
驚いたミコトの膝から力が抜けた。 腰が抜けた様に床にふたり、ペタン
と座り込む。
イツキに抱きしめられたまま、ミコトは呆然と目を見開いていた。
そして、ゆっくりゆっくり震える手をその不器用であたたかい背中に廻す。
学ランの生地とセーラー服のそれが歯がゆく擦れ合ってかすれる音がする。
ミコトが、イツキの学ランの胸に顔をうずめて、ぎゅっと目を閉じた。
『アタシも・・・
・・・カノウが、・・・ 大好き・・・。』
その瞬間、校舎中に始業のチャイムが鳴り響いたけれど、ふたりは抱き
しめ合い互いの心臓の鼓動をその胸に感じ合ったまま、その場から動こう
とはしなかった。




