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■第59話 二通りの想い


 

 

イツキがそっと呟いた。

 

 

 『お前・・・


  ・・・まだ、 いまだに・・・ 作者のこと気になるわけ・・・?』

 

 

 

言ってから、慌ててさり気なさを装おうと原稿のページを無駄にめくってみる。

静まり返った夜の公園に、紙が立てる音だけが連続して小さく響く。


ミコトはイツキが言った ”その意味 ”を、考えていた。

それには二通りの解釈の仕方があった。

 

 

 

  ”作者の正体 ”が気になるのか、


  それとも、”作者のことを意識している ”という意味か。

 

 

 

イツキもそれにふたつの解釈があると分かっていながら、そういう言い方を

した。 訊きたいのは、本当にそのどちら共に対してだったのだから。


ミコトが作者の正体を知ったらどう思うのか、幻滅するのかガッカリするか。

そして、恋物語を生み出す作者自身を今も特別な目で見ているのか、否か。

 

 

ミコトは暫く考え込んで、そしてボソっと呟いた。

 

 

 

 『気になる、って・・・ どうゆう意味で?』

 

 

 

いい加減、本当のことをイツキ本人の口から聞きたいという想いが溢れる。

そしてそれにも、二通りの想いがあった。

 

 

 

  ”本当のこと ”


  それは、”作者本人である ”ことと、”ミコトへの気持ち ”

 

 

 

ふたりの間に、居心地の悪い少しひんやりした風が通り抜ける。


イツキが指先に掴む原稿用紙が、一瞬力を込めた為にクシャっと音を立て、

ミコトが両手に掴んで持つミルクティのペットボトルがペコっと音を出す。

 

 

イツキの胸に、一気に仄暗く渦巻く不安がよぎった。


嫌われたくない、ガッカリさせたくない、嘘を知られなくない。

このままの距離じゃ到底物足りないけれど、リスクを負う覚悟はどうしても

持てなかった。

 

 

 

  同じ心臓の痛みなら、


  嫌われる痛みよりも、手の届かない歯がゆいそれの方が、まだ・・・

 

 

 

すると、俯いていたイツキが途端に話題を変えて話を濁した。

 

 

 

 『ぁ、あの・・・ コレ、


  ・・・次が、最終話なんだな・・・ 終わっちゃうんだな・・・。』

 

 

 

その明らかな話を逸らすための大根芝居っぷりと、煮え切らない及び腰に

ミコトはさすがに苛立って素っ気なくひと言だけ返して、口をつぐむ。

 

『・・・ん。』

 

  

バカで、ヘタレで、度胸もなくて、格好も悪くて、ダサいTシャツを着た

イツキを横目で睨むと、いつもの悪罵がその口を突いて出そうになった。


痛烈なひと言でも浴びせてやろうかとミコトが口を開きかけた、その瞬間。

 

 

 

 『サ、サエジマと 一緒に・・・


  ・・・もう、コレ読めなくなるの・・・

 

 

  なんか、 なんつうか・・・

 

 

  ・・・・・・・・・・・・・・さ、寂しいな・・・。』

 

 

 

イツキの声は震えていた。

ハッキリ分かるくらいに、それは痛々しい程に。

 

 

ただ ”寂しい ”というたったひと言を言うのに、どれだけ今勇気を出した

のだろう。 イツキは膝の上で拳を作り、片足は落ち着きなく貧乏揺すりを

して足元の砂利が耳障りな音を響かせている。


しかし、それすら耳に入らない程、イツキの臆病な胸の内を想ってミコトの

胸はぎゅっと締め付けられて息苦しくなった。

 

 

 

 『お前と・・・ コレ、読めて・・・


  ほんと、まじで・・・ 


  あの、まじで・・・ オレ、 愉しかった・・・

 

 

  ・・・ぁ、ありがとう・・・。』

 

 

 

最後にもう一度だけ、イツキは囁くように呟いた。

それは、まるで泣いているみたいに震えて切なく夜の公園にこぼれた。

 

 

 

 『一緒に、読んでくれて・・・  ありがとな・・・。』

 

 

 

 

そして、最後の原稿をミコトに渡す日がやって来た。

 

 

 


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