■第5話 勲章のようなペンダコ
イツキは自室のベッドに横になり、仰向けになったりうつ伏せになったり、
横向きで胎児ポーズを取ったり、ジタバタと落ち着かない面持ちでいた。
愛読者第一号をゲットした。
それもだいぶ予想とは違う、思いもよらぬ形で。
取り敢えず、ミコトには作者の正体はバレていない。
そして、嬉しい誤算により感想を書くことにやたらノリノリで張り切っている。
おまけに棚ぼた的流れで、イツキ本人もミコトと一緒に恋物語を読む流れに
まで持って行けた。
『コレは・・・
・・・結果オーライとゆって、いーぃんだ、よ・・・な?』
ポツリひとりごちて、頭の後ろで手を組みぼんやりと天井の継ぎ目を見つめる。
仰向けで寝転がった然程長くはない足をバタバタと動かし足掻いてみる。
その頬は嬉しさにみるみるだらしなく緩んでゆき、ミコトからの例のひと言を
思い出して口許が小刻みに震える。
『 ”天才 ”かぁ~・・・
・・・こりゃ、参ったな・・・
天才とか、まじで、そーゆーつもりじゃ全然なかったんだけど・・・
天才かぁ~・・・
天才・・・ 天才・・・
いや、でもアイツがそう言いたいなら、それはしゃーないしな。』
しつこいくらいにそのひと言を延々呟き続け、ニヤニヤと気味悪く微笑むと
枕をぎゅっと羽交い絞めにして、横向きで膝を折り曲げ体を小さく縮めた。
その重力に従い放題の弛んだ口許から、嬉しさのあまり溜息が零れた。
すると、突然イツキはガバっと上半身を起こした。
そして部屋着のヨレヨレのスウェットの袖を腕まくりすると、飛び上がる様に
ベッドから降りて勉強机に向かう。
『読者のために・・・
天才のオレは、書き続けねばなるまいっ!!!』
”ネタ帳 ”ならぬ ”フレーズ帳 ”をパラパラとめくる。
それは、いいフレーズやシチュエーションが浮かんだ時にすぐさまメモ出来る
様に常に常にカバンに忍ばせているイツキのマル秘大学ノートだった。
第1章だけ書いて感想を求めた、恋物語 ”サクラ咲く アカル散る ”
主人公ミナトの切ない片想いを、ただただひたすら丁寧に綴っていた。
次の第2章は、少しずつ少しずつカスミの気持ちが揺れ動く様をやわらかく
文字に起こしてゆくつもりだった。
はじめての恋に戸惑う淡くて小さなくすぶる想いを、8Bのペン先でゆっくり
丁寧に原稿用紙に乗せてゆく。
早くミコトに読んでほしくて、早く感想を聞きたくて、思わず過剰に筆が走る
けれど大切なのはスピードではなく丁寧さ・繊細さだと、短距離走さながら
突っ走りそうになる自分をいなす。
書いては読み直し、書いては読み直して、たった1話分書くだけなのに相当な
時間を要していた。
『取り敢えず・・・
第1章の感想もらってからだな・・・。』
真剣にえんぴつを握り続けたイツキの右手中指には、しっかりとまるで勲章の
ようなペンダコが形を為していた。