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■第58話 あいたいとき


 

 

公園の向かいにあるコンビニに先に着いたのはイツキだった。

 

 

もう夜の10時半はとうに廻っている。 こんな時間にミコトをひとりで待た

せる訳にはいかない。 それは例えどんなに明るいコンビニ店内であっても

心配で仕方がないのは同じだった。

 

 

慌てて息せき切って走ったために、せっかく整えたスーパーマッドタイプの

ワックスが裏目に出て、向かい風を浴びまくった前髪があらぬ方向に飛んで

しまっている事に、イツキはコンビニのガラス窓に映る自分を見て初めて気

が付いた。


おまけに部屋着のTシャツで飛び出して来てしまった。 母親が何処かに旅行

に行った際に土産で買ってきたしょうもないご当地Tシャツを、よりによって

今日このタイミングで着ていた自分を穴でも掘って埋めたい。 お気に入りの

黒のアバクロTシャツは洗濯したばかりでまだ洗面所に干されていたっけ。

 

 

すると、遠く暗がりの中からこちらに向かって自転車のサークルライトが右に

左にゆらゆら揺れながら現れるのが見えた。 ロールアップしたデニムに、

羽織ったドルマンドレープのカットソーが小柄なミコトを更に華奢に見せる。


慌ててイツキの目の前に滑り込み急ブレーキをかけたミコトもまた、前髪が

飛んでおでこが全開になっていた。 ハァハァと肩で息をしながら照れくさ

そうに中々整わない呼吸を必死に鎮めようと、背中を丸め胸に手を当てる。


そして、そっと視線が絡み合うとふたりは照れくさそうに頬を緩めた。

 

 

 

夜の公園にやって来た。


いつものベンチにちょこんと腰掛けるミコトの元へ、自販機でミルクティを

2本買ったイツキが駆け足でどこか慌てて戻る。 無言で差し出されたそれに

ミコトが可笑しそうに肩をすくめて笑う。


『アタシを太らせたいわけぇ~?』 ツンと澄まし顎を上げて目を細めるも、

その頬は嬉しそうにやわらかく緩んでゆく。


ミコトの笑顔を目に照れくさそうにペットボトルのキャップを少し乱暴に開け

喉が渇いて仕方なかったかの様にグビグビ甘ったるいそれを勢いよく飲んで

いる隣のイツキを横目で見て、『ほんっとに好きなんだね。』 吹き出して

笑った。

 

 

ほの暗い公園にぽつんと心許なく立っている街灯の明かりが、黙って並んで

座っているふたりの背中をぼんやり照らす。


小粒の砂利はふたりのその距離を表すように、シャリシャリとすぐ間近で音

を立てる。 イツキの爪先が汚れた大きなスニーカーと、ミコトのごろんと

丸いサボサンダルの靴裏が、照れ隠しの様に少し足先を動かす度に歯がゆく

じれったくシャリシャリ鳴った。

 

 

ミコトがカバンから原稿を取り出し、イツキへと渡す。 『はい、これ。』


すると、イツキはただあいたいが為の口実だったそれに、一瞬なんのことか

と首を傾げ一拍遅れて即座に手を出す。

『あぁ、そうそう! よ、読みたかったんだった・・・。』 と誤魔化した。

 

 

イツキは渡された原稿用紙に目を落とすも、一切内容など読んではいなかっ

た。 用紙の端を指先でつまむだけで、中々そのページは進まない。

 

 

ミコトはただイツキの隣に座り、やわらかく穏やかなその時間に身を任せて

いた。 ベンチの座面フチに手を掛け、少し前のめりになってぶらぶらと足

を揺らす。 再び砂利が立てたシャリシャリという音が、公園の草むらから

流れる夏の虫の音と相まってやさしいBGMのようにそよいだ。


イツキが新作を読みたいなんていうのが本音ではない事ぐらい、気付かない

はずはない。 何故ならミコトは作者が誰か知っていたし、一番内容を熟知

しているその本人がわざわざそれを急いで読まなければならない理由など無

いのだから。

 

 

そっとイツキの横顔を盗み見る。


ひたすら原稿を読むフリをしているその目は、かすかに潤んで、そしてどこか

落ち着きなく彷徨って。

 

 

ミコトは覗き見てしまったイツキの ”マル秘ノート ”の一行を、そっと思い

出していた。

 

 

 

      ”あいたいときは、なんて言ったらいいんだろ。”

 

 

 


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