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■第57話 恋の病


 

 

 『どうしたの・・・?』

 

 

ミコトは頬がジリジリと真っ赤に染まってゆくのを感じながら、やさしく

小さくイツキに問い掛ける。


ケータイから着信音が鳴り響いた瞬間、ミコトもまた電話をしようか迷い

小さな両手でしっかりそれを握り締め、潤んだ目で見つめていたのだった。

 

 

イツキからのそれに飛び跳ねるくらい驚き、突然早鐘の様に打ち付けだした

胸の鼓動にシンクロするように指先がふるふると震え、本当はワンコールで

出たい気持ちはあるのに中々そう出来ずに、やっと4回目に出たのだった。

 

 

『ぁ、あのさ・・・。』 最初のひと言を発した途端、二の句を継げずに

口ごもったイツキ。 心臓の爆裂音がケータイに拾われてしまうのでは

ないかと思うほど、喉元で大きく高く鳴り響く。

 

 

『ん・・・。』 ミコトもまた同じ痛みを胸に、電波の向こうのイツキを

急かしたりはせずにいた。 ただ黙って、イツキの息遣いを聴いている。

ふたりの間に言葉には出さずともその空気が、気持ちが、流行り熱のように

じんわり伝わる。

 

 

 

 『ぁ、あの・・・ アレ!


  その。 今回のアレ・・・ 

 

 

  ・・・も、もいっかい読みたいんだけど・・・。』

 

 

 

イツキが言ったアレとは、今回の新作の原稿の事だった。

 

 

本当は ”あいたくて仕方ない ”と言いたい。


あいたくて、あいたくて、あいたくて、どうしようもない。

言えるものなら、すぐさま言いたい。


しかし、臆病すぎるその喉からは原稿にかこつけたその理由をこじつける事が

精一杯だった。

 

 

『ん。 明日、持ってくよ・・・。』 そう返したミコトへ、イツキは語尾

が被る勢いで早口でまくる。

 

 

 

 『いや、あの。 そうじゃなく、て・・・ 

      

           ・・・・・・・・・ぃ、今・・・。』

 

 

 

『今っ?!』 さすがにミコトも驚いて声が裏返る。


思わず自室の壁掛け時計に目を向けると、もう夜の10時を廻っている。

ケータイの向こうからミコトの戸惑いの色がありありと見えたけれど、

ここで怖気づいて引いてはいけないとイツキは自分を奮い立たせる。

 

 

 

 『ぃ、今っ!!!


  あの・・・ もう遅いから、


  ・・・オレ・・・ 近くまで取りに行く、から・・・。』

 

 

 

すると、暫くミコトからの返事はなかった。


イツキはぎゅっと握り締めた手元に不安で仕方ない弱々しい視線を落とす。 

ケータイに強く当てた赤い耳には、ミコトの静かな息遣いだけが流れる。

落ち着きなく爪の先を弾き、やはり迷惑だったのだとうな垂れかけた。

 

 

 

 『・・・じゃあ、公園にしない?』 

 

 

 

ミコトからやっと発せられたそれに、イツキは

”ごめん、やっぱいいや。”と言い掛けた ”ご ”の口を真一文字に閉じた。


『ま、まじで・・・? いいのっ?!』 イツキのその反応に、姿を見ずとも

身を乗り出して目を見張る様子が目に浮かび、ミコトは思わず微笑み頷く。

 

 

 

 『あの・・・ もう暗いし、遅いからさ・・・


  公園の向かいのコンビニに、取り敢えず。来てくんない・・・?』

 

 

 

『ぅん。』 とミコトが照れくさそうに頷く。


『悪りぃな・・・。』 イツキの声色は嬉しさを隠そうともしないそれで。

 

 

 

 

通話が終わったのを表すツーツーという機械音が鳴ってもまだ、ふたり、

ケータイを耳から離せずにいた。 あまりに熱を持った左耳のせいで

本来はひんやり冷たいはずのアルミ合金のケータイまでじんわりと温かい。

 

 

 

  (早く、あいたい・・・。)

 

 

  (急いで行かなきゃ・・・。) 

 

 

 

恋の病は、完全にふたりを捕らえて離さなかった。

 

 

 


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