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■第55話 まるでそれは返事のような


 

 

ふたり、公園のベンチでほんの少し寄り添って原稿に目を落とす。

 

 

照れくさくて恥ずかしくて、ただ吸って吐くだけの呼吸すら戸惑い、

どうやって今まで何も考えずに息をしていたのか、会話していたのか

名を呼び合っていたのか、互いに全く思い出せない。

 

 

正直、原稿になど集中出来ずにいた。


ベンチにやたら浅く座るふたりの間には、飲みかけのペットボトルが2本。

この2本分の間隔だけなにか必死に言い訳をするように空けて、まるで勇気

を出してギリギリまで近付いてみたかの様なそのふたりの距離感。

 

脚を広げて座るイツキの膝は大きく外向きになっている為、照れくさそうな

まるい桜色のミコトの膝頭にもう少しで触れてしまいそうで。

 

 

 

  (触れてみたいな・・・。)

 

 

  (もうちょっとで膝がぶつかっちゃいそう・・・。)

 

 

 

その手も、膝も、視線も、気にしていないフリを装うふたりの間で歯がゆく

留まっていた。

 

 

 

 

相変わらずやわらかくて、あたたかい、イツキの紡ぐ物語。


今までは主人公のミナトとカスミの恋物語としてしか見ていなかったのに、

なぜか今、ミナトはイツキに見え、カスミにはミコトを投影してしまう。


必死に机に向かい8Bのえんぴつを握るイツキは、自分でも気付かぬうちに

少しずつ少しずつカスミにミコトの姿を重ね合わせていた。 控え目の設定

だったカスミが気が付くと元気でどこか勝気なそれになってゆく。 

 

 

 

  ミコトのことばかりを考えて書いていた。 

 

 

 

ミコトが、腹を抱えて大笑いするときの顔。


ミコトが、眉間にシワを寄せて憎まれ口を叩くときの顔。


ミコトが、照れくさそうに目を逸らすときの顔。

 

 

 

  一日24時間、ミコトのことばかりを考えていた。

 

 

 

そして、それはミコトも同じだった。


イツキのマル秘ノートを覗き見てしまってからというもの、過剰にイツキを

意識してしまっていつも通りの何気ない感じになど到底出来なかった。

 

 

 

  (もう・・・ カンベンしてよねぇ・・・。)

 

 

 

ひとり、持ち帰った原稿を自室で読んでいても、それが全て自分への

ラブレターに見えて仕方がない。 自意識過剰過ぎるかもと思いつつも

主人公のミナトがカスミへと向ける視線も言葉も、イツキのそれとなって

ミコトの胸に迫りくる。

 

 

気付くと、ミコトの感想文にも変化が訪れていた。


真剣にパソコンに向き合い指先でカタカタ打ち付けるキーボードの音が

照れくさそうにはにかんで弾む。 ミコトの頬はほんのり染まり、口許は

歯がゆくじれったく噤まれ、その刹那、やさしく緩む。

 

 

印刷のアイコンをクリックし、プリンターから排出されたそれを手に取り

ミコトは読み返してみて、途端に真っ赤になった。

 

 

 

  まるで、それは。 イツキからのラブレターへの返事のような。

 

 

 

『もぉ・・・ ナンなのよ・・・。』 もう誤魔化し切れないイツキへの

溢れる想いが、規定ゴシックの規則正しい文字でそこにあった。

 

 

 


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