■第54話 みるくたっぷりミルクティ
ふたり。 いつもの公園の、いつものベンチ。
またしても奢らされたミルクティのペットボトルをまずミコトに差し出すと、
いつもと同じように、イツキは親指の先でブラックコーヒーの赤く点灯する
ボタンを1度押した。 ガコンと音を立てて、それは取出口に現れる。
『ねぇ、いっつもブラックだね・・・?
・・・ほんとに甘いもの嫌いなの・・・?』
ミコトは体を左右にゆらゆら揺らしながら、少し屈んでブラックコーヒーを
取り出している学ランの背中に呼び掛けた。
突然投げかけられた問いに、イツキは慌てて 『ぁ、あぁ。ん・・・。』と
なんだか歯切れ悪く返す。 本当はミコトと同じみるくたっぷりミルクティ
が大好物で毎日家で飲んでいるなんて格好悪くて言えない、言いたくない。
そのどこか不自然な様子に、ミコトはイツキの目の前にまわると目を眇め
顔を覗き込むようにしてその真意をはかろうとする。
『ねぇ~・・・ ほんとに、ほんとなのっ??』
無駄に格好付けたがりのイツキの事だ、ブラックコーヒーは ”ポーズ ”
なのではないかと最近疑いはじめていたのだった。
ほんとは微糖あたりが好みなのではないのかと。
『ほんとは甘~ぁいの好きなのに、
カッコつけてるだけなんじゃないのぉ~・・・?』
執拗に責められて、イツキは絶句した。
なにか言葉を発したら逆に言葉尻を捕らえられて、ボロが出そうで口を
閉じる。 それでなくとも口が達者なミコトに応戦したところでいつも
決まってタジタジ、連戦連敗なのだから。
しかし、それがかえってイツキからの答えになってしまった。
必死に白を切っているがどうしても苦い顔が覗き見えるイツキを、ミコトは
可笑しそうにケタケタ笑う。 なんだか眩しそうに愉しそうに、しかしその
笑い声はイツキをバカにするそれではなくて。
まるでシャボン玉にはしゃぐこどもの様な、ミコトの耳にやさしい声色に
うっかりイツキも頬が緩んだ。
『ねぇ・・・
・・・ほんとは、なにが好きなの・・・?』
イツキが好きなものを知りたい。 ミコトはただ、純粋にそう思っていた。
もっと、イツキの事を。 些細なことでも、少しでも。
すると、暫く口ごもっていたイツキが観念して口を開く。
その手に掴んだままのブラックコーヒーの ”無糖 ”とあるラベルをじっと
見つめたまま、バツが悪そうにボソっと呟いた。
『ミ、 ミル・・・ク、ティ・・・。』
『えっ?!』 想像していたよりもはるかに甘ったるいその固有名詞に、
ミコトは一瞬固まってそして大笑いした。 体を折り曲げて腹を抱え笑い
転げている。 ”ギブアップ ”とばかり手の平でイツキを制し、細い指先で
目尻に溢れる涙を押さえてそれでもまだ苦しそうに、愉しそうに。
その笑い顔は、なんだか嬉しくて堪らなそうなそれに見えた。
笑われ過ぎて照れくさそうに、イツキが横目でジロリ睨み口を尖らせ、
ミコトの頭をポンとはたいた。
『笑い過ぎだっ!!』 そう言いつつも、このやわらかい時間が愛おしく
てどうしようもない。
すると、ミコトがそっとそれを掴んだ手を差し出した。
『・・・ほら、飲む? ひとくち。』
鼻の前に突き出されたペットボトルのラベルを、イツキは寄り目になり
つつ見つめる。
それは、既にミコトがキャップをひねり開け、ぷっくりと赤い小さな唇を
押し付け、甘い甘いミルクティを喉に流し込み済な訳で。
それをイツキがひとくち貰うというのは、まさしく、あの、夢にも見た、
例のアノ、リア充しか体験したことがないであろう ”アレ ”になる訳で。
土偶のように固まって埴輪顔をしているイツキを横目でチラリ眇め、ミコト
は手を伸ばしてイツキの後頭部をパコリと叩いた。
せっかくミコトが最大限さり気なさを演出してあげたというのに、目の前の
この非モテ馬鹿はあからさまに照れまくっているのが、ミコトにまで伝染
してきて迷惑この上ない。
『つ、つまんない事かんがえてんじゃないわよっ!!』
『べべべべつに・・・ ぜんっっっぜん、考えてねーぇしっ!!』
ゴクリ。 まだミルクティを飲む前から息を呑む音がハッキリ響く。
そして、イツキがペットボトルの飲み口にしずしずと唇を付けた。
ミコトが付けているリップクリームの甘い香りがほのかに霞めた気がして
眩暈がしそうだ。
なんだかうっすら涙目で遠くを見つめペットボトルに口を付けるイツキと
それを隣で、モジモジしながらチラチラ横目で見ているミコト。
なんだかやけに今夕の風は生ぬるく、しっとりと纏わりつく。
今日のみるくたっぷりミルクティは、いつもに比べてとろける程に甘かった。




