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■第53話 ふたり歩く通学路


 

 

 『あのさ・・・ 公園いかね?』

 

 

新作がミコトの机に忍ばされていたその日。


机の引出しに手を差し込み感じた ”それ ”の感触に、ミコトは今までにも

増して喜びと、そして溢れそうな照れくささのやり場に困って俯いた。

 

 

今までは放課後の教室でひと気が無くなるのを待って、ふたり顔を突き合わせ

読んでいたのだが、一刻も早くふたりだけの時間を待ち侘びるその顔は中々

閑散としない放課後のそこに、駄々を捏ねるこどもの様なふくれ面を向ける。


すると、痺れを切らしたイツキがいつもの公園で読むことを提案した。

ミコトも跳ねるように大仰に頷き、ふたり、揃って教室を出たのだった。

 

 

 

いつもは昇降口で別々の方向に進む。


イツキは徒歩でまっすぐ校舎脇の通学路を進み、ミコトは駐輪場へと曲がって

自転車に跨る。 しかし今日、はじめてイツキはミコトの後について一緒に

駐輪場へ向かっていた。

 

 

ミコトのローファーとイツキのスニーカーの靴底が、アスファルトを擦って

進む。 小さな歩幅と大きなそれが、どうにも照れくさそうに前後で並んで。

 

 

別にそんなの大した事ではない。


そんなの、互いに分かっている。 照れるに値しないと、必死に心の中で。

 

 

ミコトが自転車の鍵をはずすのを斜め後方からイツキが黙って見ている。

見られていると思うと、ミコトの鍵を掴む細い指先はぎこちなく空回った。

 

 

なんだか赤い耳をして自転車の横にしゃがみ込み、中々開錠出来ないミコトの

小さな背中にイツキが小さく笑った。 『なーにやってんだよ?』


笑われた気配に、ミコトが口を尖らせ眉間にシワを寄せて振り返った。

 

 

 

 『わ、笑ってないで助けなさいよねっ!!』

 

 

 

するとイツキはミコトの隣に膝を折りしゃがみ込み、その細くて白い指から

無言で鍵を奪うと、ゴツい指先でカチャリという音を響かせて呆気なく鍵を

開けた。


『ドリンク1本、な?』 ニヒヒと悪戯っぽく笑うその顔があんまりやさし

くてミコトは瞬きも忘れて真っ直ぐ見つめてしまった。

 

 

 

  (カノウって、こんな顔してたんだっけ・・・。)

 

 

 

笑って糸のように細くなった目、きゅっと引き締まった頬筋。 大きな口は

上機嫌に口角が上がり、それはまるで三日月のようで。

 

 

 

 

   どきん どきん どきん どきん ・・・

 

 

 

 

胸の音が喉元までせり上がってきたように近くに聴こえる。


まじまじと長いまつ毛の潤んだ目で見つめられて、イツキはあからさまに

戸惑った。 いつまで経っても、ミコトとの視線がバッチリ重なったまま

外されない。 パチパチとせわしなく瞬きを繰り返し、モゴモゴと口許を

うごめかせて、慌てて目を逸らす。

 

 

そしてガバっと立ちあがると、赤くなってゆく顔を見られまいとするかの

ようにイツキは背を向け先に歩き出した。 ミコトも慌てて自転車を押して

それに続く。

 

 

気怠そうに踵を擦ってポケットに手を突っ込み猫背で進む学ランの背中。


本当は作文で賞を受賞し、書道は廊下に貼り出され、そして甘酸っぱく

歯がゆい恋物語を人知れずしたためている、その背中。

 

 

不器用で格好悪いその背中を、ミコトは斜め後方からそっと見つめる。


自転車のハンドルを掴みゆっくり押しながら通学路を進むと、タイヤが小粒

の砂利を弾きながら回転する音がイツキの踵を擦る音とシンクロした。

 

 

すると、イツキが突然振り返った。


そして、『ん?』 とポケットから出した手を伸ばす。

その意味が分からず小首を傾げるミコトに、何も言わずにハンドルを掴み

自転車を引き受けるとイツキが押しながら歩き出した。


すぐさまミコトから離れて数歩先を自転車を押して歩く学ランは、さり気

なさを装おうと首を左右に倒してゴキゴキ鳴らし、照れくささを誤魔化そう

と必死なのが手に取るように分かる。

 

 

そっと顔を伏せ目を細めミコトは微笑んだ。


不器用で照れ屋で格好つけたがりの、あたたかいその背中。

”ありがと ”と素直に言いかけ、途端に発した言葉は照れ隠しのそれだった。

 

 

 

 『ミ、ミルクティおごってよねっ!!』

 

 

 

『んぁ?? なんでだよ、逆だろぉ~?』 イツキが呆れた顔でケラケラ笑う。


ふたりの笑い声が、まだ明るい真っ青な空に吸い込まれて響き渡った。

 

 

 


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