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■第52話 ホントのことを知る権利


 

 

ミコトはその日の放課後、ソウスケを呼び出していた。

 

 

 

 『サエジマさん的には、


  人があんまりいない所の方がいいよね・・・?』

 

 

 

ソウスケはまるで先日の件など忘れてしまっているかの様に涼しい顔を

向ける。 『ぅ、うん・・・。』 ミコトがバツが悪そうにコクリ頷くと

ソウスケが先に廊下を進み、ひと気がないエリアまで促した。

 

 

静かな廊下の先をまっすぐ見つめ歩きながら、ソウスケが言う。

 

 

 

 『こないだ・・・ カノウに告白でもされたの?』

 

 

 

そのひと言に、ソウスケの数歩後ろを歩いていたミコトの足音が止まる。

あまりのダイレクトなそれに、目を見開き口をつぐんで眉根をひそめた。


途端にひとり分になった廊下に響く内履きの足音は、なんだか上機嫌にも

思える足取りで立ち止まったミコトをその場に残しゆっくり進んでゆく。


ソウスケは振り返りもせず、肩を震わせてクククと愉しそうに笑った。

まるで背中に目が付いていてミコトの一挙手一投足が見えているかのよう。

 

 

そして半身振り返って、ぽつり呟く。 『・・・ぁ、 まだか。』


それは鳥肌が立つほどに悪意ある声色に感じ、ミコトは咄嗟に顔を背ける。

するとソウスケはもう一度クククと肩を震わせて、再び廊下を歩き出した。

 

 

 

先日、ソウスケがイツキを呼び出し話をした調理実習室があるエリアへ来た

ふたり。 ミコトはその廊下の静けさに逆に居心地の悪さを感じ足元に目を

落として、これからなんてソウスケに話を切り出そうか考えあぐねていた。


ソウスケは廊下の壁に軽く背をもたれ、ただ静かにミコトが口を開くのを

待っていた。 少しだけ開いている窓の隙間から、青いにおいの風が通り

ミコトのサラサラの前髪をそっと撫でてゆく。

 

 

 

 『ぁ、あの・・・


  こないだは、ミスギ君の話も聞かずに・・・ ごめんね・・・。』

 

 

 

暫しの息が詰まる様な沈黙の後、やっとの事でミコトが口火を切った。 

『失礼だったよね・・・ ほんと。』

 

 

すると、ソウスケは少し意地悪な口調で言った。

 

 

 

 『ボクは、なんかよく分からないまま


  サエジマさんに振り回された、ってだけだよね・・・?』

 

 

 

反論の余地すらない真っ当な意見に、ミコトは『ごめん。』と小さく呟いた。

ソウスケは一見穏やかにも思える面持ちで、尚も執拗に続ける。

 

 

 

 『やたらと ”本が好きか ”訊かれて、


  そっちから近付いてきて思わせぶりな態度とったかと思ったら


  今度は急に離れていって、カノウと逃げて・・・

 

 

  ・・・ボクには、なにがなんだかいまだにサッパリだよ・・・。』

 

 

 

そして、強い口調で言い捨てた。 『ボクは唯一の被害者だよね。』

 

 

ソウスケは自分の口から出たそれに、自分で驚いたように一瞬全ての動きを

止め再びクククと感情のこもらない乾いた笑い声を上げた。 その目の奥は

全く笑ってなどいない。

 

 

『ほんとに、ごめんなさい・・・。』 ミコトが腰を90度折って深々と頭を

下げ謝った。

 

謝ったまま顔を上げない。 それはソウスケからの了承があるまでは下げ続け

ようとでも思っているように頑なに。 そのツヤツヤの頭頂部の天使の輪が、

なんだか泣いているように潤んで揺れて見えた。

 

 

ソウスケは、それを黙って見ていた。


ミコトの口からどんな言い訳が飛び出すのか待っているのに。

頭を下げてほしいのではなく、何故こんな事になったのか真実を知りたいのに

ミコトはそれを説明する気配もない。

 

 

『ごめん、ちょっとキツく言い過ぎた・・・。』 ソウスケはぽつり謝ると、

ミコトの肩にそっと指先で触れて、頭を上げるよう促した。


すると、身の置き場なくしずしずと上半身を戻したミコトの目は真っ赤に潤ん

でいた。 その色で本当にミコトが申し訳なく思っている事は伝わる。

 

 

ソウスケが小さく息をついた。


例え自分は被害者だったとしても、怒りに任せて女子に強く当たってしまった

ことに次第に自己嫌悪の念が顔を出す。 いつも元気で明るいミコトをこんな

風に意地悪に追い込むことが出来る自分に心の中で驚いていた。

 

 

そして、静かに続ける。

 

 

 

 『ボク、推理小説が一番好きだって知ってるよね・・・?


  ”謎 ”が謎のままなのが、すごくイヤなんだ・・・

 

 

  このままだとスッキリしない。


  ボクは今回の件のホントのところを知る権利があると思うんだけど。』

 

 

 

すると、ミコトが揺らぐ瞳をまっすぐ向けコクリと小さく頷いた。


肯定の頷きをしたもののやはり戸惑って、次に口を開くまでやや暫く時間が

掛かる。

しかし、ソウスケという人間を信じて静かにゆっくり話し始めたミコト。

 

 

 

 『ぁ、あのね・・・ 

 

 

  ・・・実は、 


  ・・・・・・・・・・・・・・・・。』

 

 

 

あの日。 ミコトが誰もいない教室で茶封筒を見付けたことから始まった

勘違いの物語を、ゆっくりゆっくり話す。 話ながらその顔は愛おしそうに

でもどこか切なそうに。

 

ただひとりの格好悪い情けない姿を想いながら、所々笑みを浮かべて。

 

 

『そうゆう事だったんだ・・・。』 全ての真相を知らされたソウスケは肩を

すくめて呆れたように小さく笑った。

ミコトから当時訊かれた謎の質問の意味や発言の理由が、今になってやっと

しっくり胸に落ちる。

 

 

 

 『知ってると思うけど・・・


  こないだのノートは、カノウのだよ・・・。』

 

 

 

『ぅん。』 いまだミコトが大切に大切に持っているイツキのマル秘ノート。


次回感想文を渡すときに一緒に茶封筒に同封しようと思っていた。 あれから

何度も何度も読み返しては、その度に頬が耳が、胸が熱くなる大切なそれ。

 

 

『あのノートの後半に書い・・・』 言い掛けてソウスケは口を閉じた。

 

 

   

  ”あのノートの後半に書いてたの、ラブレターみたいだったよね ”

 

 

 

そんなのわざわざ言わなくても、当の本人が気付かないはずはない。


ミコトの一番近くにいながら伝えられない溢れんばかりの想いを抱え、

人知れずノートにそれを綴るイツキを想像し、ソウスケは手の甲で口許を

隠すと目を細め笑い声を殺した。

 

 

 

  (すごいパワーだな・・・


   ・・・正直、敵わないな。 ボクには・・・。)

 

 

 

そして、ふと思い出したことを告げる。

 

 

 

 『ボク、そう言えばカノウと小学校一緒だったんだ・・・

 

 

  カノウは、いっつも作文で賞とか取って表彰されてたし


  書道も習っててすごい字が巧かったから、


  よく廊下とかに貼り出されてたよ・・・。』

 

 

 

『そうなんだ・・・。』 小学生の気怠くない小さなイツキを想像し、

ミコトは嬉しそうに肩をすくめ微笑む。 今は無駄に格好つけて気怠さを

装う本当はバカが付くほど生真面目なイツキを。

 

 

 

『・・・カノウのこと、好きでしょ?』 突然ソウスケが試すように訊く。

 

 

 

それに一瞬驚いた目を向け、そして照れくさそうに目を伏せたミコト。

顎の長さで揃えられた黒髪の毛先が、サラリ。小さく流れて戻る。

 

 

 

 

   ミコトが、小さく。 しかし、確かに頷いた。

 

 

 

 

ふと自分の胸元に目をやったミコト。


誕生日にイツキから随分時間が掛かって半ば奪うように強引に貰ったしおりの

四つ葉が、胸ポケットから覗いて揺れた。

 

 

 


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