■第4話 ”サクラ咲く アカル散る ”
ミコトは大切に自宅に持ち帰った大き目の茶封筒から、まるで宝物のように
原稿用紙をそっと丁寧に取り出した。
”サクラ咲く アカル散る ”
そうタイトルが記されたそれは、”three ”というペンネームの人間が
書いた恋愛小説だった。
男子高校生の不器用な想いが溢れるそれは、主人公のミナトがクラスメイトの
カスミに淡い片想いをする恋物語。 そっと見つめることしか出来ずにいた
ミナトはある日カスミの ”秘密 ”を知ってしまい、それを機にふたりの距離
は縮まってゆく。 縮まるそれに反比例するかのようにカスミへの想いは溢れ
募ってゆくのに、近付いた距離が逆に邪魔をして気持ちを言い出せない。
ミコトはもう一度最初からそれを丁寧に丁寧にゆっくりじっくり読み返し、
そして大きく大きく溜息をついた。 その頬は高揚してほんのり赤らみ、
机の上に置いた原稿用紙にそっと手の平を乗せて小さくやさしく撫でる。
『んもぉ~・・・
・・・ステキ過ぎる、ってばぁ~・・・。』
暫しぼんやりと話の余韻に浸り、ウットリ遠い目をしていた。
机に肘をついて両手で頬を包み、主人公ミナトとカスミのもどかしい距離感に
思わずため息を落とす。
『アタシも、こんな恋したいなぁ・・・。』
すると、急に思い出したようにミコトは自室のPCを起動させると文章入力
ソフトを立ち上げ、読んだ感想を綴りはじめた。
(アタシは別に、ただの一般人だし・・・。)
難しい言い回しや文語的表現を用いて感想を記す必要性なんか感じなかった
ミコトは17才のミコトが感じたことをありのまま正直に書いた。
笑った部分、泣けた部分、まるで自分のことの様に胸がきゅっと締め付けられ
た部分をミコトの言葉で懸命にキーボードを打ち付け綴ってゆく。
気付けば夢中になってPCに向かい、書きはじめてからもう2時間近く経って
いて母親が階下から掛ける ”早くお風呂に入りなさい ”の声でやっとそれに
気付いた。
目にじんわり疲労感を感じシバシバと大仰に瞬きをして、大きく背を反らすと
腕をまっすぐ天井へ向けて突き上げ伸びをした。
そして、もう一度PC画面に向き合い最後に一行カタカタと入力した。
”three様 次話もすごくすごく楽しみに待っています! ”
ツールバーの ”印刷 ”アイコンをクリックし、感想文をプリントアウトする。
机の横に置かれたラックの上のプリンターが暫し耳障りな起動音を響かせ、
それはやっとの事で排出口から出て来た。
それをクリアファイルに入れて原稿用紙と一緒に茶封筒に納めると、ミコトは
ぎゅっと胸に抱いて目を閉じた。
物語の中の主人公のように頬がほんのり赤らんでいることに、ミコトはこの時
気付いていなかった。