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■第48話 揶揄で溢れる黒板前の人だかり

 

 

翌朝。 ミコトが教室に足を踏み入れると、黒板前でなにやら人だかりが出来

ていた。

 

 

チラリ横目で見つつ自席へ向かおうとしたミコトの耳に、冷やかしの様な嘲笑

うような耳障りでしかない嫌な声色が聴こえ、よく分からないままうんざりと

顔をしかめる。

 

 

 

  (朝っぱらからナンなのよ・・・。)

 

 

 

すると、次の瞬間耳に入ったその固有名詞に、ミコトの足は固まった。

 

 

 

 『なにこれ~?


  ミサキ? カスミィ~? 相関図まで書いてあるけどぉ~。』

 

 

 

ミコトの頬が引き攣り、そして急激に心臓の鼓動が高鳴る。

 

 

 

  (ぇ・・・? 原稿・・・??)

 

 

 

もしかして、新作原稿がいつもの机引き出しではなく別の場所に置かれていて

それを誰かが見付けたという事か。 それとも机の中から茶封筒が落ちてしま

い目に付いて中身を開けられたのか。

 

 

慌てて揶揄で溢れる黒板前の人だかりへと駆け寄り、人波を掻き分け進むと

そこには1冊のノートがあった。

 

 

 

   ”マル秘 ”

 

 

 

そう書かれたそれは、間違いなく流暢な達筆のそれで。

見紛う事無くイツキが書く美しいそれで。

 

 

 


  (原稿・・・じゃ、 ない・・・?)

 

 

 

ミコトも初めて目にするそれに、身を乗り出してその中身に目を向ける。


そこには ”サクラ咲く アカル散る ”の概要や、人間相関図。 ミコトが

確かに読んだ覚えのある話のシチュエーションや登場人物のセリフなど、

事細かに記されていた。

 

 

 

  (これって・・・。)

 

 

 

知らぬ間に息を止めまじまじとそれに見入っていたその時、登校してきた

イツキが教室戸口に姿を現した。

 

 

人だかりへ向けチラっと目線だけ投げて自席へ向かおうとして、クラスメ

イトの間から一瞬見えたその見覚えある大学ノートに目を見開いて固まる。


まるで目玉が零れ落ちそうになり、一気に赤いペンキでも被ったかのように

顔も耳も首も、皮膚という皮膚が真っ赤に染まった。 そして一時停止ボタン

を押したかのようにその場で微動だにしなくなった制服ズボンの脚が、次の

瞬間ガクガクと小刻みに震えだしたのが見えた。

 

 

ミコトはなんだか泣き出しそうにその姿を見つめる。 


イツキがなんの言い訳も用意せぬまま輪の中に飛び込もうと、前のめりに

なって震える片足を蹴り上げようとしたその一拍手前で、ミコトが大声で

叫んでそれを遮った。

 

 

 

 『それ、アタシのっ!!!』

 

 

 

ザワザワとざわめいていた観衆が一瞬の無になり、一斉にミコトに視線を注ぐ。


ミコトは真っ赤な潤んだ目で、大袈裟に身振り手振りを付けるとまくし立てる

様に言った。

 

 

 

 『アタシ・・・


  趣味で、ちょっと恋愛小説書いてて・・・

 

 

  ・・・これ、アタシのノートだから・・・

 

 

  もう、恥ずかしいなぁ・・・ やめてよねぇ~・・・。』

 

 

 

そう言うと、マル秘ノートを乱暴に引っ掴み、ぎゅっと強く胸に抱くと引き

攣った頬で照れ笑いを浮かべる。 


『はい、みんな! 散って、散って!!』 いつものミコトらしい言動で

その場を治め、屈託のない明るい空気を無理やりにも思えるほど大仰に振り

まいて。

 

 

イツキは、泣き出しそうな不安げな顔でミコトを見ていた。

 

 

  (サエジマ・・・。)

 

 

 

 

 

事の首謀者であるソウスケは最前列の席でひとり、まるでそんなくだらない

事になど興味が無いという顔をして文庫本に目を落とすフリをしながら、

イツキのノートを慌ててミコトが自分のだと言い張った理由が分からず、

不機嫌そうに頬を強張らせていた。

 

 

自席に着いたイツキは耳を真っ赤にして机に突っ伏し、その日一日顔を上げる

ことは無かった。

 

 

 


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