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■第47話 なにか巧い言い訳を


 

 

イツキはいまだ乱暴にミコトの手首を掴んだまま、公園へ飛び込んだ。

 

 

そしていつものベンチの前までやって来ると、やっと安心したかのように

ミコトの手首から一本ずつ指を剥がし、静かに手を離す。


強く掴まれていたそれがジンジンと熱く脈打って、ミコトはもう一方の手で

やさしくさするとそっと目を落として手首を見つめた。

 

 

『ご、ごめん・・・。』 自分で思うより強く握り締めてしまっていた事に

今になってやっと気付いたイツキ。 掴んで駆けることに無我夢中で力加減

になど全く意識がいってなかった。 曲がりなりにも男子の握力でか弱い女子

の手首をギュウギュウに掴んでしまった事に申し訳なさそうにうな垂れる。

 

 

『ばか力・・・。』 ミコトはクスっと笑って赤い手首を押さえた。


ハッキリ指痕の付いたこの手首に、不器用で表現下手なイツキの気持ちが全て

込められている気がして、手首より何倍も何百倍も胸が痛い。

 

 

 

互い、真っ赤な顔で居場所無げに俯く。


少しずつ陽が沈んでゆく夕刻の公園のブランコが、遊び疲れて帰って行った

こども達にやさしく手を振るように小さく小さく揺れている。

 

 

イツキは必死にソウスケに言い放った ”急用 ”を考えあぐねていた。


なにか納得させられる巧い言い訳を、こんな風に乱暴に手首を掴んだ理由を、

ソウスケの真剣な告白をあからさまに邪魔した訳を。

 

 

焦りばかりが募ってなにも思い浮かばない。


だからと言って本当の気持ちを言える程、イツキのパンクしそうに鼓動を打つ

臆病で意気地のない心臓は強さなど兼ね備えていない。 それはノミの心臓と

言うよりむしろプランクトンクラス。

 

 

すると挙動不審に定まらない視線を泳がせ続けるイツキに、夕陽に反射する

自販機が映った。

 

 

ゴクリと息を呑むと、大慌てで身振り手振り交えて言う。

 

 

 

 『ほら! ぁ、あの・・・


  こないだ・・・ ケータイの、あの・・・ お礼の・・・


  ミルクティ、まだ・・・ ぉ、おごってなかった、からさ・・・。』

 

 

 

いくら名案が浮かばないとはいえ、しょうもない言い訳をしてしまった。


そんな事でこんな大仰に学校中に響き渡る程の大声で名を叫び、乱暴にミコト

を連れ出すなんて、普通に考えて有り得ない。

 

 

ミコトがどんな顔をして痛烈な嫌味を吐くか想像してイツキは身構えた。

無意識にぎゅっと肩に力が入り、身の置き場ない情けない顔で俯く。


しかし、次の瞬間イツキの耳に聴こえたのは想像とは真逆のそれだった。

 

 

 

 『ぅん・・・

 

  ・・・アタシも。 それ、待ってた・・・。』

 

 

 

思わずイツキは顔を上げミコトを見つめる。

ミコトの頬も耳も痛々しいほどに真っ赤に染まっていた。

 

 

ミコトは自分の口から出た ”それ ”がイツキに正しく伝わっているか、

赤く火照る小さな耳を澄まして様子を伺う。

 

 

 

  ”それ ”は、決してミルクティを指すのではないという事を。

 

 

 

しかし、鈍感なイツキにはやはり伝わらなかったようだ。

”連れ出してくれるのを ”待っていたミコトの本音に、イツキは気付かない。

 

 

 

 『ぁ、あの・・・  今、飲む?』

 

 

 

ミコトは俯いたまま呆れたように困った顔で微笑み、コクリと静かに頷くと

髪の毛先がじれったそうに揺れた。

 

 

 

 

ベンチに座り、ふたり黙ってペットボトルに口を付けていた。


ここに来るといつもこのシチュエーションな気がして、ふたり同時にぷっと

吹き出して笑う。

 

 

『ありがと。』 突然ミコトが小さく呟いた。

やさしくそよぐ風に前髪を撫でられ、どこかくすぐったそうに目を細めて。

 

 

『ん??』 ミルクティのお礼ではない気がして、イツキがそっとその横顔

を見つめると、ミコトは少し間を置いて静かに話し出した。

 

 

 

 『今日ね・・・


  ミスギ君に話しがあるって呼び出されて・・・

 

   

  正直、ちょっと困ってたってゆーか・・・


  どうしよう、って・・・


  でも、なんて断っていいかも分かんなくて・・・。』

 

 

 

その素直な言葉に、イツキはミコトが告白を受け入れるつもりが無かった事

を知る。 それだけで充分イツキの胸は凪ぎ、ホっとしすぎてなんだか目頭

がじんわり熱いほどで。

 

 

『お前ってさ、意外とお人よしだよな?』 安心して肩の力が抜けた途端、

イツキの喉からなんだかやけにやさしい声色が出た。


『意外ってナニよ?!』 ミコトからも同じそれが出てふたり微笑み合う。

 

 

 

 『オレには、好き勝手なことポンポン言うくせによぉ~・・・』

 

 

 

背もたれにだらしなく寄り掛かり呆れたように笑うイツキに、ミコトは口を

尖らせて顔を背けた。

 

 

 

  (それは・・・


   アンタには肩に力入れずにナンでも言えるからでしょ・・・。)

 

 

 

鈍いイツキに呆れつつ、ミコトはツンと顎を上げていつもの口調で言う。

 

 

 

 『まぁ、アホのアンタには遠慮なんて要らないしね~。』

 

 

 

『誰がアホだ!!』 剛速球で返して、互い、顔を見合わせて笑った。

こうやって憎まれ口を叩き合っている時間が、愛おしくて堪らなかった。

 

 

 

『ねぇ、次話どうなると思う?』 ミコトが遠くを見つめ、物語の話を

小さく呟いた。 ベンチの縁に手を掛けて、少し身を乗り出しながら、

そのローファーの小さな足はご機嫌にゆらゆらと揺らして。

 

 

 

 『ん~・・・ まだ、くっ付かねえんじゃね?』

 

 

 『カスミからは言わないのかな・・・?』

 

 

 『言えねぇだろ。』

 

 

 『ミナトからは??』

 

 

 『アイツもヘタレだからなぁ~・・・。』

 

 

 

すると、ミコトが囁くように呟いた。

 

 

 

 『・・・誰かさんみたいだよね。』

 

 

 

『んぁ?』 一瞬吹いた風にさらわれ、ミコトのひと言はイツキには

届かなかった。

 

 

 


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