■第45話 叫ぶ声が
翌朝、イツキが登校し教室に足を踏み入れると真っ先に目に入ったのは
ソウスケがミコトになにか話し掛けている姿だった。
まだホームルームがはじまる前の賑やかな教室。 ミコトとソウスケの事
など誰も気にせず、クラスメイトの面々は昨夜のテレビや話題のニュース
の話で盛り上がっている。
一瞬教室戸口で足が止まり、イツキはふたりから目を逸らして再び進む。
ふたりの横を通り過ぎる瞬間、チラッと一瞬その言葉が聴こえた。
『じゃぁ、放課後に・・・。』
イツキは聴こえてなどいないフリをしたが、どう頑張っても顔は引き攣り
硬い表情になっていた。 ミコトも一番聞かれたくない相手にそれを聞か
れた事にバツが悪そうに目を落とす。
自席に着いたイツキは、不機嫌そうにすぐさま机に突っ伏してミコトとは
反対側に顔を向けた。 奥歯を強く噛み締めるその力に、顎のあたりの頬
が歪む。 ソウスケがいつ実行に移すのか気が気じゃなくて昨夜はあまり
寝られなかったのも相まって、イツキのイライラは最高潮に達していた。
そんなイツキをミコトは泣き出しそうな顔でそっと見つめる。
”今日の放課後、ちょっといい・・・?
話したい事があるんだ・・・。”
先程のソウスケの言葉を思い出していた。
正直言って行きたくない。
どうしたらいいのか分からない。
ソウスケから告げられるであろうそれを聞きたくない。
ミコトは助けを求めるような目を必死にイツキに向けたが、その日一日机に
突っ伏したままの不機嫌そうなその姿は、一度もミコトと目が合うことは
無かった。
ジリジリと近付く放課後の時間。
確実に時計の針は1秒ずつ進み、イツキの心は1秒ずつ焦りが募る。
(アイツ・・・ なんて返事すんだろ・・・
・・・オッケー、すんのかな・・・?)
そればかりが気になって他のことなど何も集中出来ない。
もしかしたら、ミコトはソウスケの告白を受け入れるのかもしれない。
もう一緒に公園に行くこともなくなるかもしれない。
もうあの憎たらしい悪罵を聞けなくなるかもしれない。
もう放課後ふたりで顔を突き合わせて物語を読めなくなるかもしれない。
(ミスギが作者じゃないかもって思ってても、
それでも・・・もしかしたら、アイツ。 付き合うのかも・・・。)
その瞬間、本日の終業を報せるチャイムが教室に廊下に、学校中に響き
渡った。 それは、イツキのタイムリミットを報せるそれでもあり。
(ヤだ・・・。)
イツキは机の上で握り締めた拳をじっと見つめる。
(ぜったい、ヤだ・・・
アイツが他のやつに笑うのなんか、ヤだ・・・。)
すると、ソウスケが静かにミコトに近寄り目線で促し廊下へと誘う。
小さく頷くとまるで諦めたようにそっとイスから立ち上がったミコト。
今日一度もイツキと合わなかった目線に、ミコトはすっかり自信をなく
してしまっていた。 後ろ髪を引かれるようにトボトボとソウスケに続く
セーラー服の背中をイツキは泣きだしそうな顔で見つめる。
(ヤだ ヤだ ヤだ ヤだ ヤだ ヤだ ヤだ ヤだ・・・)
その瞬間、イツキは荒々しく立ちあがり戸口付近で留まっている数人を
乱暴に押し退け掻き分けると、教室を飛び出した。
当に慣れたはずのパカパカの内履きが今日に限ってやけに邪魔をし、
焦る気持ちも相まって全く早く走れない。
(くそっ!!!)
苛立ちを爆発させ舌打ちを打つと、イツキは廊下の真ん中でしゃがみ
込んで指先を差し込み踵を靴にすっぽり押し入れると、猛ダッシュで
駆け出して後を追った。 必死に愛しいミコトを追い掛けた。
(ヤだ・・・
アイツが他の奴に嬉しそうに笑う顔なんか見たくない・・・
オレにじゃなくていいから、
物語にだけでいいから・・・ だから・・・ 頼むから・・・)
『サエジマァァァアアアアアアアアアアア!!!』
イツキの叫ぶ声が、廊下に響き渡った。




