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■第42話 忘れ物


 

 

それからというもの、互いの気持ちは通じ合っているというのにそれに

ひとり気付かないイツキは、なんとももどかしい距離のまま日々を過ごし

ていた。

 

 

授業中も教科書などそっちのけでミコトの華奢な背中を見つめる。


細いセーラーの肩、ノートをとる時に少し傾げた背中のカーブ、顎の長さで

揺れる黒髪の毛先。 

 

 

ずっと見ていたかった。

毎分毎秒、ミコトの全部を目に焼き付けたかった。

 

 

教師からプリントが配られ、最前列の生徒から後方の席へ順々にまわして

ゆく。 それにも気付かずに、イツキはミコトの方を片肘ついてぼんやり

見ていた。 ぽっかりと口は開いたまま、埴輪のような顔を向けて。


すると、前席のクラスメイトから渡されたプリントをミコトが後席へ渡そう

と腰を捻って半身後ろ向きになった瞬間、イツキと目が合った。

 

 

  

  ふたり、一瞬固まる。

 

 

 

慌てて目を逸らすミコトと、咄嗟に俯くイツキ。

 

 

 

  (やべぇ・・・ 見てんのバレたかな・・・。)

 

 

  (こっち、見てた・・・?)

 

 

 

動揺して照れくさそうに眉根をひそめ小さく息をつくと、まるで怖いもの

見たさの様に互い同時にもう一度こっそり相手に目を向けた。

 

 

 

  再び、バッチリ目が合った。

 

 

 

ミコトは瞬時に前を向き教科書で顔を隠し、イツキは90度首を反って天井を

見上げる。 互いの耳が同じ色に染まり、心臓が同じ速さで脈打っていた。

 

 

 

 

その日の放課後、掃除当番だったミコトはモップ掛けをする為に各机を

ダルそうに後方に下げていた。 


当番の生徒の一人が窓を開け放ち、身を乗り出して両手に掴んだ黒板消しを

ボフボフと叩き付け粉を落としている。 女子二人組は仲良くゴミ箱の端を

掴みゴミステーションまで運ぶために教室を出て行った。

 

 

 

  (わざわざ机下げなくても、


   机の間だけチャチャっとモップ掛ければよくなーい・・・?)

 

 

 

心の中で文句タラタラ言いつつ、そっと机端に手を掛け軽く持ち上げ斜めに

なった瞬間ケータイが滑り落ちた。 カチャンと音が鳴り、床面に転がる。


それを屈んで拾い上げ、ミコトはそれがイツキの机だった事に気が付いた。

 

 

今日は新作が机に忍ばされていなかった為、イツキはどこか後ろ髪を引かれ

る様な面持ちで一瞬振り返り、先程教室を出て帰って行ったのを思い出す。


ミコトはケータイを片手に掴むと、机の間をぬう様に教室の窓側へと駆け出

した。 そして窓を開け放ち転落防止柵に上半身をもたれて、少し身を乗り

出し通学路を進む制服の群れにその姿を探す。

 

 

 

  (もう帰っちゃったかな・・・。)

 

 

 

通学路脇に背の高いヒメジョオンの白い花が揺らめく中、友達と帰る姿、

仲良さそうにカップルで歩く姿、自転車で颯爽と進む姿。


その中にひとり気怠く踵を引き摺って歩く、学ランを見つけた。

 

 

 

 『カノーーーーーーーーーオ!!!』

 

 

 

ミコトはケータイを掴む片手を上げて大きく振り、イツキに呼び掛ける。


その顔はやけに嬉しそうに愉しそうに、声色は軽やかに弾んで。

突然大声で名を叫びだしたミコトに、同じ掃除当番の面々が驚いて何事か

と見ている。

 

 

 

 『カーーノォォォオオオオオオオオオオ!!!』

 

 

 

もう一度叫ぶと、通学路で足を止めキョロキョロと辺りを見回し確かに

自分の名が呼ばれたそれに挙動不審にイツキが戸惑う姿が見えた。

ミコトは肩をすくめクスっと小さく微笑んで、もう一度呼び掛ける。

 

 

『カノー!!! こっちこっち!!』 決して聴き間違えるはずのない

ミコトの声に、イツキは2階の自分の教室の窓を遠く見澄ました。

 

そして、それがやはりミコトだと判明すると、驚きつつも嬉しそうに校舎

へと慌てて駆け戻る。

 

 

『なんだよ?』 照れているのがバレないよう出来る限りの飄々とした顔を

作ったつもりだったものの、みんなの前でこんな風に大声で名を呼ばれて、

やはりイツキの頬はどうしてもだらしなく緩む。 2階の窓から身を乗り出

すミコトを、イツキは階下から首を思い切り反って見上げた。 

 

 

すると、ミコトは笑いながら言った。

 

『アンタ、ケータイ忘れてるよ~!』 片手に掴んだケータイを転落防止柵

の間から伸ばして、ゆらゆらと揺らして階下のイツキに見せた。


『ん??』 イツキはカバンの中をざっと確かめて本当にそれが無いことに

気付くと、『まじかー・・・。』 再びミコトを見上げてボソっと呟いた。

 

 

 

 『ダリぃ~・・・。』

 

 

 

もう一度靴箱へ戻り内履きに履き替えて、2階の教室へ向かう覚悟を決めた

ダルそうなイツキへ、ミコトが笑いながら声を掛けた。 

『ほらっ、投げるよ~!!!』

 

 

始球式のアイドルの様に ”女の子投げ ”でぎこちなく大きく振りかぶって

今にもケータイを窓から放り投げるポーズを取るミコト。

 

 

『ばばばばかっ!!! やめろって!!』 もし巧くキャッチ出来なかったり

悪送球の場合、硬いアスファルトに叩き付けられたケータイが壊れるのは火を

見るよりも明らかで。 窓の下で慌てふためくイツキの姿に、振りかぶった

ポーズで一時停止し満足気にミコトはケラケラと笑い声を上げる。

 

 

 

 『なんつって~ぇ・・・!』

 

 

 

クスクスとまだ肩をすくめて笑っている無邪気なミコトを、イツキは一瞬睨む

ように眇め口を尖らせ、そしてその刹那目を奪われた様にまっすぐ見つめた。

思い切り、その眩しい笑顔に見惚れていた。

 

 

すると、更に窓から身を乗り出してミコトがケータイを掴む手をゆらゆら振る。

 

 

 

 『昇降口まで戻って来て。 持ってってあげるから!』

 

 

 

ミコトがやわらかく微笑んだ。

 

 

 


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