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■第39話 制服ズボンのポケット


 

  

程なく公園に現れたミコトの姿に、一瞬嬉しくて堪らない顔を向け慌てて

イツキはポーカーフェイスを装った。


頬筋の上下がめまぐるしくて、それは筋肉痛でも起こしそうに思える程で。

 

 

 

ゆっくりまっすぐイツキに向かってやって来るミコトは、なんだかやけに

やわらかい空気をまとっていて、思わず見惚れてしまう。

歩くリズムに、顎の長さで切り揃えられた黒髪が小さく跳ね揺れる。


そして照れくさそうに、呟いた。 『・・・お待たせ。』

 

 

 

 『いや、 オレも・・・


  お前から電話もらった直前に、


  ・・・ゼンゼン、あの・・・ 来たばっか、だし・・・。』

 

 

 

そう言い訳めいたイツキの足元には、空になったペットボトルが2本あり

その内1本は倒れてベンチの陰に転がっている。


来たばかりにしては随分飲み過ぎのその空いたボトルをこっそり見つめ、

ミコトは胸をきゅっと締め付ける痛みに小さく微笑んだ。

 

 

イツキの隣にそっと腰掛けるミコト。


一旦立ち上がったイツキも、同じように再び座った。

相変わらず微妙に間隔をあけたそのふたりの距離。 互い、まっすぐ目の

前の遊具を見つめたまま、なにか言いたげにしかし何も切り出せずに黙っ

ていた。

 

 

すると、ふとミコトのサブバッグから覗く小奇麗なラッピングの包みに目

を奪われたイツキ。 咄嗟に視線を逸らすも、それが気になって気になっ

て仕方がなくて、その黒目は何往復もチラチラとせわしなく移動する。

 

 

 

 『ミ、ミスギと・・・ また、図書室・・・?』

 

 

 

そんなの気になどしていないテイを最大限装ったつもりだった。


しかし喉の奥から出た声は、自分が思った以上に怯えたように震えて発せ

られイツキは慌てて誤魔化しの咳払いをして、喉の調子が悪いフリをした。

指先で喉仏のあたりを押さえて、小さく小首を傾げて。

 

 

『ん・・・。』 ミコトはあまり話したくないその話題に、一拍遅れて

小さく頷く。 なんだか顔は上げられない、イツキの目を見られない。

 

 

 

 『あー・・・ そういや、お前・・・ 


  あの、こないだの英語で、


  誕生日とかなんとかゆってたもんなぁー・・・。』

 

 

 

言った後に、慌てて続けた。 『ぜんっぜん、忘れてたけどー・・・。』

 

 

イツキが制服ズボンのポケットに突っ込んだままの手が行き場なく彷徨う。


その手に掴んでいるものは、ミコトへ渡すつもりの誕生日プレゼントで。

本が好きなミコトへと、散々悩みまくってやっと買った四つ葉のクローバー

の付いた小さなしおりが女子向けに可愛くラッピングされ、どんどん汗ばん

でゆく手に握られていた。

 

 

 

 『ミスギから・・・ 貰ったの? ナンか・・・。』

 

 

 

聞きたくなんかないのに、どうしても訊いてしまう。

ミスギは何を渡したのか、それをミコトはどんな風に喜んだのか、どんな顔

で微笑んだのか。

 

 

ミコトの返事も待たずに、イツキはひとり勝手に続ける。

 

 

 

 『いや~、マジで・・・ よ、よかったじゃん・・・。』

 

 

 

そして、ポケットから取り出そうとしたそれを再び奥に押し込めて、諦めた

様に手だけ出した。


その様子を横目で見て、ミコトは一気に涙が込み上げた。 慌てて顔を背け

るも胸を締め付ける歯がゆい痛みは喉元までせり上がり息苦しい程で。

 

 

 

  (なによ、バカ・・・


   さっさとくれればいいのに・・・。)

 

 

 

ふたりの間にどうしようもなく居心地の悪い空気が流れる。

ジリジリとまとわりつく得体の知れないものに、互い泣きそうな顔で俯いた。

 

 

すると、イツキが勢いよく立ちあがりズンズンと真っ直ぐ進んで行った。


砂利を蹴り上げるように歩くスニーカーは、その靴裏をベンチにひとり

残したミコトに見せながら、踏み締める音を大きく響かせて。


そして自販機の前に立つと尻ポケットに手を掛けた。 おもむろに財布を

取り出すとチャックを開けて硬貨を掴み、自販機のコイン投入口にそれを

数枚入れる。 親指でそっとそのボタンを押すと、取出口に手を入れペット

ボトルを掴み取り出した。

 

 

踵を返してミコトの方へ戻って来ると、イツキは乱暴にそのボトルを掴んだ

手を差し出した。

 

 

『ん。 誕生日なんだろ・・・?』 そう言って押し付けたそれは、先日

この公園で飲んだ ”みるくたっぷりミルクティ ”だった。

ミコトが ”これ一番すきなの ”と言っていた、それ。

 

 

思わずそれをじっと見つめて、ミコトはぷっと吹き出し笑う。

 

 

 

 『誕生日プレゼントが、これ~・・・?』

 

 

 

可笑しそうに愉しそうに肩をすくめてクスクス笑い続けている。


その笑顔を見つめ、イツキはつられて微笑みそうになりかけて慌てて憎まれ

口を叩き返す。

 

 

『有難く思えよっ!! バーカ。』 言い切って、やはり我慢出来ずに微笑

んだ。 目の前の小憎たらしいセーラー服に愛しくて堪らない視線を向け。

 

 

ミコトは、イツキのプレゼントで膨らんだ制服ズボンのポケットをそっと

盗み見ていた。 照れくさくて勇気がなくて、結局ミコトに渡せそうにない

そのプレゼントの膨らみを。

 

 

 

  (バっカみたい・・・ 


   せっかく準備してくれたっていうのに・・・。)

 

 

 

すると、ミコトがまっすぐイツキを見つめて呟いた。

 

 

 

 『ありがと・・・


  嬉しいよ。 一っ番、嬉しいかも・・・。』

 

 

 

その瞬間、互いに、気持ちが重なったように感じていた。

 

 

 


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