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■第37話 耳に聴こえたその低い声


 

 

ソウスケと校門前で別れると、もうすっかり日は暮れ空にはうっすらと

星が輝きはじめていた。

 

 

さすがにもう帰りたいとも言い出せず、図書室が閉館になるまでふたりで

そこにいた。


正直、なにを話したのかもよく覚えていない。

ソウスケが相変わらず赤い顔をして、息継ぎをするのを忘れてしまって

いるのではないかというくらいに喋り続けていた事だけ、ぼんやりと。


  

 

ただただ、1秒でも早く茶封筒の中身を取り出したかった。


ただただ、1秒でも早くイツキが懸命に書いた新作を読みたかった。

 

 

 

  イツキとふたりで、読みたかった・・・

 

 

 

  (怒ってるかな・・・。)

 

 

 

散々イツキには偉そうにルール云々言っておいて、自分はアッサリと

それを破った事にミコトはしょぼくれて自転車を押しながらトボトボと

歩く。 背中から差し込むまだ弱々しい若い月あかりが小さく心許ない

セーラー服を照らし、目の前に伸びる自分のその寂しげな影に余計不安

を煽られるようで。 


いつもイツキがしているように踵を擦って力無く足先を進めると、アス

ファルトが立てる乾いた音がやけに胸に沁みた。

 

 

 

  (電話・・・ 


   ・・・してみようかな・・・。)

 

 

 

迷子のこどもの様に伏し目がちに歩みを進めていたミコトは、丁度先日

イツキとふたりで来た公園前に差し掛かった辺りで足を止めた。

公園出入口の生垣前に自転車を停める。 

そこには置き忘れられた錆びた自転車が物哀しく一台倒れている。


ミコトはカバンからケータイを取り出してその登録先をじっと見つめた。

 

 

 

  ”カノウ ”

 

 

 

なにも意識しないで掛けられたはずのそのケータイ番号は、何故か今中々

タップ出来ずにミコトの細い指先を宙に浮かせる。

 

 

 

  (やっぱ、怒ってるかもしれないよね・・・。)

 

 

 

ミコトの誕生日に敢えて新作を準備してくれた、その意味合いを考えた。


もしかしたら、ただの自意識過剰な勘違いかもしれない。

ただ、たまたま24日と重なった単なる偶然かもしれない。


でも、あのイツキの怒ったような顔を思い出すとミコトの心が波立った。

あの、泣きそうなのを必死に我慢しているような、イツキの哀しい顔を。

 

 

 

 

ひとつ大きく息をつくと、震える指先で思い切ってそれをタップした。


公園の生垣にそっと寄り掛かって顔を少し上げ、茜色から藍色に変わった

空を見上げる。 不安と憂いが大きな鼓動となって、ミコトの小さな胸を

これでもかというくらい打ち付ける。

 

 

すると、ミコトが耳に当てるケータイのコール音に混ざって、公園内から

ジャストタイミングでケータイの着信音が小さく聴こえた気がした。

しかし然程気にすることもなく、ミコトは電話の向こうの気配を伺う。

 

 

『も、もしもし・・・?』 ミコトの耳に聴こえたその低い声が、まるで

海外との時差のようにケータイの向こうと、公園の中からほんの少し被って

聴こえている。


『あれ・・・? 今、どこ??』 状況が把握できずキョロキョロと辺りを

見回すミコトに、イツキは不貞腐れたように照れ隠しのようにボソっと低く

呟いた。

 

 

 

 『・・・こないだの、 公園・・・。』 

 

 

 


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