■第34話 歪な三角形
それからも、ミコトは放課後になるとソウスケに誘われるがまま図書室に
向かっていた。
作者がソウスケではないと気付いた瞬間から、今までと同じ気持ちは抱け
なかったものの別にムキになって誘いを断る理由もなく、ただ流されるま
まにふたり放課後の廊下を静かな図書室へ向けて足を進めた。
ソウスケと教室の戸口を出てゆくミコトの背中を、イツキは睨むように
見つめる。
一瞬その刺さった視線にまるで痛みを感じた様にミコトが小さく振り返り
目が合った。 大慌てで気にしてないフリをして目を逸らしたイツキを、
ミコトはなにか言いたげに切なげに見つめる。
(どうしよう・・・。)
中途半端なソウスケとの関係に、ミコトもどうしたらいいか分からぬまま
どうすることも出来ずに途方に暮れていた。
その日も、図書室のいつもの奥の方の席に並んで座ったふたり。
ソウスケが明らかになにかを言いたそうに、しかし口ごもって中々言葉を
発することが出来ないままチラチラと機会を伺ってミコトに視線を投げる。
『ん? どうかした??』 いい加減その要領を得ない感じに痺れを切ら
したミコトから、ほんの少し苛立ち気味に訊ねる。
すると、ソウスケはビクっと体を跳ね途端に顔を真っ赤に染めて意を決し
たように小さく心許なく呟いた。
『あ、明後日・・・
・・・明後日も・・・ 放課後、図書室に寄れる・・・?』
『明後日??』 突然訊かれたそれに、ミコトは小首を傾げる。
大抵イツキからの新作が届かない日の放課後はソウスケと図書室に来て
いたのだが、事前に一緒に図書室へ行く約束をしたことは今まで一度も
無かったのだ。
『ん・・・ 多分、ダイジョウブだと思・・・』 言い掛けた瞬間、
ミコトはそれに気が付いた。 今日は22日、明後日は・・・
(アタシ・・・ 誕生日だ・・・。)
まだ言い掛けのミコトにソウスケは更に真っ赤に染まった顔で、心から
嬉しそうに微笑む。 机の上で組んだ指先を絡めたり解いたり、ソウスケ
らしからぬその落ち着きのなさ。
『よかった・・・。』 なんだか目まで潤ませ、安心した顔を向けて。
(ぁ・・・
こないだ、英語んときに誕生日言わされたからか・・・。)
先日の英語の授業を思い出しながら、ミコトの頭にはイツキの顔が浮かん
でいた。
(カノウは相変わらず突っ伏して寝てたんだろな・・・
・・・気付いてないか、アタシの誕生日なんか・・・。)
ソウスケの隣にいながら、イツキのことを考えていたミコト。
(ほんっと、寝てばっかなんだから・・・
ってゆーか、
アイツが誕生日を知ってたとしても、別に・・・
・・・別に、アレだけど・・・。)
イツキのことばかり考えていた。
イツキの睨むような視線を思い出していた。
イツキのやわらかい情けない笑顔を思い出していた。
イツキのあたたかい流れるような文字を思い出していた。
その考え耽るような横顔をソウスケは伺うように横目でそっと見つめた。
一見自信なげなその目の奥には、強い意思と実は負けず嫌いな気質があり
ありと浮かび、訳も分からないまま込み上げるモヤモヤしたものに机の上
でやわらかく組んでいた指先をほどき、ぎゅっと拳をつくり握り締めた。
歪な三角形がイツキ、ミコトそしてソウスケの間に形を為しはじめていた。
その時、イツキは駅前の雑貨屋のレジに立っていた。
会計を済まし店員がそれをラッピングする間、ふらふらと店内を歩きなが
ら時間をつぶす。 手持無沙汰に商品を手に取ってみたりするものの早く
包み終わらないかチラチラとプレッシャーをかけるように視線を投げて。
そして、店員からやっと渡されたその可愛らしい包みを満足気に見つめ、
イツキは微笑んだ。
(あとは、24の朝に新作を忍ばせとけば
必然的にアイツは放課後に教室に残ることになるな・・・。)
片手にそれをしっかり掴んだまま、イツキは原稿を仕上げるため猛ダッシュ
で自宅へ帰った。
ミコトへ渡すプレゼントの愛らしい包みが、手の中でやさしく佇んでいた。




