■第28話 ただひとり
イツキはミコトをひとり教室に残し、まだ夕暮れには少し早い明るい
通学路を歩いていた。
最初イライラした雰囲気だったアスファルトを擦るその足取りは、次第に
小さくしょぼくれてトボトボという効果音が実際に鳴らされている様で。
『なんで読まねぇんだよ、アイツ・・・
アイツが読まねぇなら、もう、書く意味ねぇじゃん・・・。』
まるで迷子のこどもの様にうら寂しい虚ろな表情で、ぽつりひとりごちる。
当初、顔の見えない不特定多数に向けて書いていたはずの恋物語はいつの
間にか ”ただひとり ”に向けて書かれていた。
ただひとりの喜ぶ顔が見たくて、笑う顔が嬉しくて、愉しそうに弾む声が
聴きたくて。 テレビを見る時間も漫画を読む時間もネットをする時間も
他のどんなものを削ったとしても、小説を書いていたかった。
ただ、ミコトを喜ばせたかった・・・
イツキが紡ぐ物語の中の主人公は、遠回りをしながらも互いの気持ちを
確かめ合い少しずつ確実に距離を縮めている。 所詮、自分の指先が紡ぐ
作り物の世界なのだ、なんだかんだありながらも美しくまとまってゆく。
しかし、はじめて恋をしたイツキの現実はそう思い通りにはいかない。
苦しいのと悔しいのと伝わらない歯がゆさの連続で、毎日毎日心臓は
壊れそうに高鳴り痛みを憶えた。
正直ミコトのどこが好きなのか分からなかった。
ムカつくところや嫌なところならすぐにでも言えるのに。
(部分的なものじゃないんだ、きっと・・・。)
ただミコトが横にいると愉しくて、嬉しくて、心が満たされる。
ミコトの憎まれ口も、ジロリ睨む横目も、嫌味たっぷりの皮肉を言う声色も
それら全てがイツキの胸に沁み渡った。 イツキの胸を震わせた。
(ただ・・・ ただ理屈じゃなく、アイツが好きなんだ・・・。)
自分の気持ちが明確になった途端、この先どうしたらいいか全く分からず
途方に暮れるようにイツキは立ち止まった。
少しずつ暮れてきた陽が、うっすらとその弱々しい影をアスファルトに伸ばす。
大きな大きな溜息が静かに漏れていた。 それに連動して肩が沈む。
そっと俯いて目を伏せたその瞬間、左手に掴むカバンの中からケータイの
着信音がくぐもって聴こえた。
(っんだよ・・・。)
面倒くさそうにカバンのバックルをはずして手を突っ込み、けたたましく
鳴り響くそれに目線を向ける。 すると、目を見開いてイツキは固まった。
”着信 サエジマ ”
ゴクリと息を呑む音が、ほんのり色付いていた夕空にしっかり響いていた。




