■第27話 聞き間違いではない、発音
『お前さ・・・
・・・ミスギと、 付き合ってんの・・・?』
急に今まで聞いたこともない様な真面目な声色でイツキに問われて、
ミコトは俯いていた顔をガバっと上げて目を見開く。
『な、なによ・・・。』
小さな唇をきゅっとつぐみ、途端に眉根をひそめて口ごもった。
『アイツが・・・ ミスギがほんとに ”three ”なの?
・・・お前、それ確かめたの・・・??』
身を乗り出すように、真剣な、怒っているような表情にもとれるそれで
詰め寄るイツキに、ミコトも負けじと目を眇め強く言い返す。
『正体訊くなって言ったの、アンタじゃんっ!!』
ミコトから正論を返され二の句が継げずにいるイツキ。
しかし、一度切ってしまった口火はもう止まりそうになかった。
『好きなの・・・?
アイツが、ただ作者かもしんねーってだけで、好きなわけ??
・・・それって、なんかチガくね??
小説書ければ好きになるの??
小説さえ書いてれば、それでお前は、誰で・・・』
『てか、アンタに関係なくないっ?!』 ミコトがイツキの言葉を遮り
怒鳴った。 ふたりきりの教室に怒号が一瞬木霊し、その刹那哀しい程の
静寂に包まれる。
ふたり、俯いてジリジリと込み上げる行き場のない想いに黙り込んだ。
隣に腰掛けるイツキが膝の上で強く拳を握りしめているのがミコトの目に
入った。 必死に怒りを抑えているような、哀しくて堪えているような、
小刻みに震えるその大きな拳。
すると、イツキは握り締めていた拳をそっとほどいてミコトの膝の上に
ある原稿用紙の端を掴んだ。 そして、ミコトへ再び押し付ける。
『とにかく・・・ 読めよ。
きっと・・・ 一生懸命書いてくれたんだから・・・。』
その時、そっと顔を上げたミコトの視線は一点に集中していた。
目を見開き、”それ ”を固唾を呑んで見つめている。
するとイツキはそんなミコトの様子に気付かぬまま、腰掛けていた机から
少し乱暴に飛び降り片手にカバンの持ち手を掴むと、何も言わずに教室を
出て行ってしまった。
『ねぇ、読まないの?』 その学ランの背中に声を掛けたけれど、それは
振り返ることなく消え、廊下に踵を引き摺って歩く足音だけ小さく遠く。
ひとり教室に残されたミコトが、先ほど見つめていた ”それ ”を思い返す。
原稿用紙を掴んだイツキの右手中指には、大きな大きなペンダコがあった。
そして、イツキの口から出た作者のペンネーム ”three ”
聞き間違えではない、それ。 イツキは ”スリー ”ではなく ”ツリー ”
と発音したのだ。
( ”tree ”も書けないのかよ、アイツ・・・
これじゃあ、 ”樹 ”じゃなくて ”3 ”だろうが・・・
アイツの名前、”イツキ ”って ”樹 ”って書くくせに・・・。)
先日の英語教師が踏ん反り返って笑いながら言っていたことを思い出す。
『うそでしょ・・・。』 原稿用紙を抱き締めるようにして、泣きそうな
面持ちでミコトは背中を丸めうずくまった。




