■第25話 センス
汚れひとつ傷ひとつ無いソウスケの学校指定カバンから、歴史のノートが
取り出され隣に座るミコトへと渡された。 ノートの表紙には黒マジック
で几帳面に ”歴史 ”とタイトルが表記され、下方には ”2-B 三杉 ”
とある。
ミコトはソウスケから貸してもらったそれが嬉しくて、机に両肘をつき
少し身を乗り出すようにしてノートを開いてペラペラとめくってみた。
(・・・あれ?)
最初の方のページで開いて止まって、そこに書かれている文字を見つめる。
それは、懸命に丁寧に書いてはいるけれど、どうしても上手に書くことが
出来ない典型的なタイプのそれで。
(この日は慌てて書いたのかな・・・。)
ミコトは小刻みに瞬きを繰り返し、次のページをめくってみる。
しかし、次のページもその次もその次も、書かれている文字は懸命で丁寧
ではあるそれだった。
懸命さは伝わる文字。
丁寧さだけが伝わる文字。
あの原稿用紙に記された流れるような達筆には程遠い、その文字。
すると、ソウスケが照れくさそうにぽつり呟く。
『言ったとおりだろ・・・?
雑に書いてる訳ではないんだけど、
きっと ”文字 ”って、センスだと思うんだよね。
ボク、ほんとこどもの頃から字とか絵とか全くダメで、
習字の授業とか大嫌いだったんだよね~・・・
小さい時に習いに行っておけば良かったって、今更後悔・・・。』
そう言って情けなく頬を緩めるソウスケを、ミコトはじっと見つめた。
(・・・あれ・・・?
なんか・・・ なんだろ、この感じ・・・。)
胸の中に生まれた霞のようなモヤモヤしたものが、顔を出す。
うまく言葉に言い表せない、この感じ。
暫し無言でノートの文字を見つめ続け、ミコトは意を決ししずしずと訊いた。
『ミスギ君、読書好きだよね・・・?
・・・じ、自分で・・・ 書いてみたいとは思わないの・・・?』
すると、ソウスケは一瞬キョトンとした顔を向けてケタケタ笑い出した。
静まり返った図書室にその笑い声が高鳴り、慌てて肩をすくめて声のトーンを
落とす。 そして、ソウスケは言った。
『ボク、読むの専門だからね~
”書く ”なんて、とんでもないよっ!
”読む ”のと ”書く ”のは全く別物だし、
やっぱそれも ”センス ”だと思うんだ。
出来上がっているものを ”読み込んで理解するセンス ”はあっても、
きっとボクには ”想像を文字に起こすセンス ”はゼロだよ。
ボク、実は小論文とかあんまり得意じゃないんだ。
そんな ”力 ”があったら、現国の成績はもっといいはずだよ。』
そう言うソウスケの顔は、嘘ひとつ無いまっすぐなものだった。
ミコトの胸の中で消えかけていた ”火 ”が、再び灯り始めていた。




