■第24話 ソウスケの文字
イツキのそのノートを見てしまって以来、なんとなく胸に痞えるものを
感じていたミコト。
しかし、それでもこの時は ”たまたまだろう ”ぐらいにしか思っていな
かった。 たまたまイツキは ”tree ”を ”three ”と書き間違えただけ
なのだろう。 それでなくても英語が全くダメで教師に叱られてばかりの
イツキの事だ。 そんな間違えなど腐るほどあるはずなのだ。
”three ”というペンネームに、自分自身が過剰反応してしまっている
だけの事なのだと、この時ミコトは納得していた。
そんな小さな ”火 ”など忘れかけていた、とある放課後。
ソウスケが来週末に近付いている試験の勉強を図書室でするというので、
ミコトもそれに加わろうと一緒に図書室に向かっていた。
少しだけ慣れてきたソウスケとの、その距離。
互いに言葉にしなくとも、特別な用事がない限りは自然に一緒に並んで
図書室へと向かっていたし、まるで当たり前かのように隣同士で席に着く。
どこか恥じらう様に、ソウスケの左二の腕とミコトの右二の腕はふたりの
間に微妙な隙間を作りながらも、それは圧倒的な ”ふたり ”の空間と
なっていた。
『あ! この間の歴史の授業・・・
板書消されるの早すぎて、ノート取れなかったトコがあるの・・・。』
ミコトがしかめ面をソウスケに向ける。
小さなぽってりした唇がきゅっと不満気に尖って、こどもっぽさの中に
なんだか色っぽさも見て取れるそれ。 ソウスケは慌てて視線を唇から外す。
『ボク、ノート取ってるから・・・ 貸すよ。』 ミコトからはずした視線
を再び小さく向けて、ソウスケの心を揺さぶるその唇をそっと見つめた。
すると、ミコトは大仰にも見える感じで飛び跳ねて喜んだ。
『ミスギ大先生のノート見せてもらえたら、
アタシの歴史の成績、ぐ~んと上がっちゃうかもねっ!』
愉しそうに上機嫌に、ミコトは口許に両指先を当ててケラケラ笑っている。
そんなミコトを目を細めやさしく見つめるソウスケ。 内気なソウスケの
胸の中にも確実に淡い恋心が芽生えているのを、もう誤魔化すことは出来
そうにないくらい、ミコトへの愛しさが募っていっていた。
いつまでも嬉しそうに微笑んでいるミコトを横目で見つめ、ソウスケは
小さく呟いた。 それはどこか申し訳なさそうな声色のそれで。
『ぁ・・・
でも、ボク。
あんまり・・・ってゆうか、 だいぶ・・・
字が上手じゃないから・・・ 見づらいかもしれないよ?』
『え?? すっごい上手じゃない!?』 ソウスケのひと言に咄嗟にミコト
が反応して返した。 そしてその瞬間、”ヤバい ”という苦い顔をして俯く。
ソウスケが達筆なのは、原稿用紙で見慣れていて知っているミコト。
しかし小説の作者がソウスケだと気付いているという事はひたすら隠さなけ
ればいけないのだ。 うっかり口が滑り、ミコトは眉根をひそめ反省する。
それにしてもあんなに達筆だというのに謙遜にも程があるソウスケのそれに
逆にそれはちょっと嫌味に聞こえるのではないかと少し危惧するほどだった。
すると、ソウスケは不思議そうにミコトが発した ”上手 ”というその一言
に首を傾げた。 まるでよく知っているかの様に感じた、その口振り。
(ボクの字、見たことあったっけ・・・?)
しかし、同じクラスなのだから何かのタイミングで文字ぐらい見たとしても
何も不思議ではない。 もしかしたらたまたまキレイに書けた時があったと
してそれを見たという事なのかもしれない。
ソウスケもこの時は然程気にせずに、その件は適当に流していた。




