■第21話 放課後いっしょにいる理由
そんなイツキの淡くくすぶる想いになど全く気付かないミコトは、
どんどんソウスケとの距離を縮めてゆく。
『ねぇ、ミスギ君!
今日もこの後、図書室行くの・・・?』
ミコトがソウスケを呼び掛ける明るく弾むような声が聴こえ、後方席から
目線だけ小さく流してイツキはそれを盗み見る。
気怠そうにイスに浅く腰掛け、そろそろ下校しようとカバンの持ち手に
掛けかけた指がその声色に思わず動きを止める。
放課後の教室。
掃除当番が開け放した窓からは心地良い午後の風が通り、ソウスケの元へ
パタパタと小さく足音を立て、まるで幼いこどもがスキップするかの様に
駆け寄るミコトのほんのり赤らむ頬をやさしく撫でてゆく。
『ぁ、うん。 行くけど・・・ サエジマさんも行くの?』
話し掛けられて照れくさそうにソウスケは人差し指を曲げて、第二関節で
メガネのブリッジをそっと上に上げた。
『返す本があるから・・・。』 そう言って、ミコトはサブバックから
ハードカバーを取り出すと、その背に貼られた学校所有物の証であるシール
が見えた。 その動作はなんだか必死に図書館に行く理由を言い訳している
ように見えなくもない。
照れくさそうに慌てて目を逸らすミコトと、そんなミコトと向き合って更に
恥ずかしそうに指先でメガネのブリッジを上げるソウスケ。
そんなふたりは目線だけで言葉を交わすように頷き、小さく微笑み合って
揃って教室を出て行った。
それを、イツキは不機嫌そうにじっと見つめていた。
右足が自分でも気付かぬうちにハイスピードの貧乏揺すりをしている。
カタカタカタカタ カタカタカタカタ・・・
背を丸めて俯いたイツキ。
机の木目調スクエア天板をただただ見ていた。
(なんなんだよ・・・ イミわかんねぇ・・・。)
カタカタカタカタ カタカタカタカタ カタカタカタカタ・・・
まだ教室に残っていたクラスメイトが思い切り怪訝な顔を向け、耳障りな
貧乏揺すりをするイツキを睨んでいる。 しかしそれを指摘出来そうにない
程のイツキの機嫌悪そうなその表情に、諦めたようにかぶりを振った。
やや暫く不満が募りまくったカタカタという音が鳴り響いていた中、
なにか思い付いた様に突然ガバっと立ちあがったイツキ。
あまりの勢いにイスは後方へ豪快に倒れ、教室内に大きな音を響かせる。
すると机横のフックからカバンを掴むと、慌てて教室を飛び出したイツキ。
その足は靴箱へ向けて、制服のズボンの股部分の縫い目が軋むほど大股で
駆けてゆく。 相変わらず内履きの踵がパカパカするが、そんなのもう
慣れたもんだと巧い加減で足先に力を入れながら、猛ダッシュした。
外履きに履き替え、昇降口の段差を駆け下り、下校する生徒がのんびり進む
通学路をイツキは大きく腕を振って全速力で自宅へ向け走っていた。
そして、息を切らせながら自宅玄関に飛び込み、慌てて2階の自室へ向け
階段を駆け上がる。
最近息子の、謎の慌てふためくせわしない騒音をよく耳にする気がして、
母親はリビングのソファーに座りゆったりお茶を飲みながら小首を傾げ
呆れて小さく笑った。
自室のドアを大きく開け放つと、まっすぐ机へ向かいイスに掛けた。
飛び付く様なあまりの勢いにキャスター付きのイスが、半回転する。
すると、机の引出しから原稿用紙とお気に入りの8Bのえんぴつを少し乱暴に
取り出して、机の上に広げる。
そして、ニヤリと口角を上げた。
『オレが早く書きさえすれば・・・
・・・放課後は、アイツと一緒だって事だよな・・・。』
指先でえんぴつを掴む。 人差し指を離し中指でえんぴつを押し出すように
して弾くと親指の周りをくるり一回転して、キレイにキャッチした。
放課後一緒にいる為の名案が思い浮かび満足気なイツキは、夕飯も後回しに
するほど必死に恋物語を綴っていた。




