■第20話 気付かぬうちに綻んで
ゆっくりゆっくり陽は沈んでゆく。
ミコトの自転車はグラウンドと通学路を分かつ緑色フェンスのすぐ横に
立て掛けられ、背の高いヒメジョオンの白い花が雑草に紛れながらもその
存在感を示している。
イツキとミコトはフェンスに背を寄り掛けて並んで立っていた。
ミコトの手には原稿が掴まれ、その細い指先でページをめくる。
つい先程まで誰もいない教室でふたりで読み耽っていたというのに、
ミコトのその顔はまるではじめて目を落とすような、キラキラしたそれで。
『ねぇ! このシーンなんだけど・・・。』 細い人差し指がさす原稿用紙
の文字。 夢中になって ”このシーンが云々 ”、 ”あのシーンが云々 ”
まるでひとり言の様に話すミコト。
原稿がイツキに見え易いように少し体を傾け、寄り添った瞬間にミコトの
ショートボブの黒髪が揺れて垂れた。
ミコトの隣に立ち示される箇所を読んでいるフリをしながらも、イツキは
こっそりミコトの顔を見つめていた。 夕陽に照らされて眩しそうに目を
細めて、嬉しそうに愉しそうにそのぽってりした小さな唇は、引っ切り無し
に落ち着きなく動いている。
(おもしれえヤツ・・・。)
自分でも気付かぬうちに自然に顔が綻んでいた。
そっと口許を緩め、フェンスに寄り掛かる背中を小さく丸めポケットに手を
突っ込んでイツキは小さく笑った。
(なんで、コイツ・・・
・・・この話する時だけ、こんなに・・・。)
すると、
『なに、ニヤニヤしてんのよ。 気持ち悪い・・・。』
散々話に夢中になりミコトはふと我に返って隣に目を遣ると、イツキは緩み
まくった頬を向けてなにやらミコトを見つめている。
ミコトは思い切りギョっとして、目を細め眇めていた。
『しししししてねーよ、ニヤニヤなんか・・・。』
慌てて緩んでいた頬を戻し、不満気に唇を尖らせたイツキ。
突然当の本人にズバリ指摘されて、恥ずかしくて思わずどもりまくる。
『してたじゃんっ!』 ミコトは顔を歪め、気味悪そうに少しイツキから
距離を取る。
『してねえっつってんだろっ!!
つか、お前も物語のカスミぐらい素直で可愛きゃなぁ~・・・』
先程までの乙女のような微笑みから一転、憎まれ口しか叩かないミコトに
イツキは思わず言い返す。
『うるっさい!!
アンタだってミナトぐらい繊細で紳士だったらねぇ~え?』
嫌味100%のその言葉に、互いいつもの悪罵の掛け合いがはじまる。
顎をツンと上げて目を眇め、イツキに向け遠慮の欠片も無く矢継ぎ早に
浴びせるその言葉。
イツキも負けじと応戦しながらも、内心は笑いを堪えるのに大変だった。
(ほんっと、口数へらねえ奴だな・・・。)
ミコトのいまだ止まらない悪罵を聞き流しながら、こっそり盗み見ていた。
大きくてクリクリの瞳、瞬きする度に揺れる長いまつ毛、あまり高くはない
小さな鼻、ぽってりと厚みのあるやわらかそうな唇、ツヤツヤの滑らかな
白い頬、そしてイツキに向けて悪態付く時に必ずできる眉間のシワ。
(・・・なんか・・・
・・・可愛いな・・・。)
心臓が、くすぐられる様な、痛がゆい様な、妙な感覚を憶えていた。




