■第19話 呼び止めたいという気持ち
その日の帰り。
いつもふたりで放課後の教室で小説を読んだ後の帰りは、徒歩通学のイツキ
と自転車通学のミコトは各々別々に帰っていた。
昇降口の所で互いになんとなく視線だけで軽く挨拶して、イツキはまっすぐ
通学路へと歩みを進め、ミコトは出入口横の駐輪場へ向かい自転車に跨る。
校門を出てすぐ右折するイツキと左折するミコト。
先に歩くイツキが自転車のミコトに追い付かれる前には、互いの自宅へ向け
分岐点を通り過ぎていたのだった。
しかし、その日のイツキはいつものスピード、いつもの歩幅で足を進めて
いなかった。
踵を引き摺るように気怠さを醸し出しながらも、意識は後方へ集中して
自転車のタイヤがアスファルト上を回転する音に耳を澄ます。
何故そうしているのか、そうしてしまうのか、自分でも気付きかけている
けれど目を逸らしたい、明確にはしたくない中途半端な気持ちが、その胸の
中にぐるぐると渦巻く。
どうせもうすぐ校門に辿り着いて、イツキになど目もくれずアッサリ
セーラー服の自転車は自宅へ向けて反対方向に進んでゆくのだ。
(な、なんか・・・ なんか無いか・・・
・・・なんか・・・ いい口実とか、なんか・・・。)
すると後方から自転車のタイヤが軋む音が遠くだんだんと近付いて来る。
振り返って確かめたりはしないけれど、それはミコトのはずで。
(どうしよう・・・ どうしよう・・・ どうしよう・・・。)
ミコトを呼び止めたいという気持ちだけ募り、結局なにもいい案が浮かば
ないイツキ。 タイヤが回転する音はすぐ後方まで近付いて来ていた。
すると、イツキはミコトが横を通り過ぎる直前に、持ち手を握り締める右手
から学校指定カバンを放り出すように離した。
運がいいのか否かカバンが通学路に投げ出された瞬間、アスファルトに打ち
付けられたバックルが硬い音を響かせてはずれ、中に入っていたペンケース
やケータイが勢いよく飛び出し散らばる。
『ちょっ・・・!!』 その瞬間横を通り過ぎようとしたミコトが慌てて
ブレーキを握り締め急停止した。 キキキーという耳障りなブレーキ音が
遠く夕空に響き渡る。 両足で踏ん張り、つんのめった際に顔にかかった
サイドの黒髪を指先で耳にかけ、驚きすぎて暫し出せずにいた声をやっと
張って怒鳴った。
『あ、危ないじゃないっ!! なにやってんのよっ!!』
背中を丸めて、心臓が止まりそうな胸元を苦しそうに押さえイツキを鋭く
睨む。 家路に向け通学路を進む生徒がその声に何事かとふたりに目を
向けているが、まるでその怒号が聴こえていないかの様にその場にしゃがみ
込んで気怠そうに散乱物を回収する、着崩した学ランの背中。
『わりぃ・・・ ちょ、手ぇ滑った・・・。』
ミコトに怒鳴られた事よりも立ち止まらせる事が出来たという結果にイツキ
は満足でしかない。 ほんの少し緩む口許を見られぬように顔を背けて、
大して悪びれることなく首をペコリと前に出して謝る。
そして、すぐさま続けた。
『いやぁ、ほら・・・
”あの話 ”の続きをボ~っと考えてたらさ・・・
今回のラスト、なんか匂わせる感じのアレだったじゃん・・・?』
イツキはチラっと横目でミコトを見つめる。
立ち止まらせる事さえ出来れば、後は ”物語 ”の話題を振ればミコトが
勝手に喰い付くのは分かっていた。
そして、それは想像通りに進む。
『そ・・・そうなんだよねっ!!
今回の最後で、カスミがなんか言いたげにして終わったじゃない?
アレ、なんなの? どうなるんだろうねぇ・・・。』
跨っていた自転車から下りて通学路脇にそれを寄せストッパーを立て停めると
ミコトは目をキラキラさせながらまくし立てる様に話し始めていた。




