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■第16話 はじめて感じるモヤモヤ感


 

そして、その ”儀式 ”はしずしずと秘密裏に行われ続けていた。

 

 

早朝の教室でイツキはミコトの机に新作の原稿用紙をこっそり差し込み、

ミコトはそれを読んだ後、丁寧に丁寧に感想文をしたため机の中に置く。

 

 

誰にも秘密の、作者の存在だけ隠し隠されたふたりだけの大切な儀式だった。

 

 

その一連の過程の中で、気が付けばミコトは作者だと信じて疑わないソウスケの

事がどんどん気になっていった。


新作が机の引出しに届いた朝は、その日一日ソワソワと落ち着かぬまま最前列の

ソウスケの背中をそっと見つめた。 決して体格がいい訳ではない、学ランの

なんだかひ弱にも見えるそれ。 定規で測ったような正しく美しい姿勢で腰掛け

黒板をまっすぐ見つめながら、右手で握るシャープペンシルがひっきりなしに

ノートの上をなぞる。 

 

 

 

  (ミスギ君は、アタシが ”あの件 ”気付いてること、

 

   ぜんっぜん気が付いてないんだろうなぁ~・・・

 

 

   ってゆーか、あんっな繊細な文章書けるなんて・・・


   ・・・スゴ過ぎるよ、ミスギ君・・・。)

 

 

 

ミコトの口からはうっとりと、感嘆の溜息が幾度も幾度もこぼれていた。

 

 

新作が手元に届くと相変わらず顔を突き合わせて、放課後にそれを読み耽って

いたイツキとミコト。

しかし段々その際に ”ミスギ君 ”という固有名詞がやたらとミコトの口から

連発され始めていたことに、イツキは気付かないはずもなかった。

 

 

 

 『ねぇ、どうやってこうゆうシチュエーション思い付くんだろうねぇ~


  やっぱ、すっごいよ!ミスギ君・・・。』

 

 

 『ねぇ・・・ ああ見えて、


  ミスギ君自身、こんな切ない恋、ケイケンしてんのかなぁ~・・・?』

 

 

 『ミスギ君の頭ん中、覗いて見たいと思わな~ぁい・・・?』

 

 

 

最初はダミーが出来て安泰だ!くらいに思っていたのだが、なんだかあまりに

連発されるそれに手柄を横取りされたような気分になり、正直言うと面白くない

というのが最近のイツキの本音だった。

 

 

 

  (ミスギ、ミスギ、ミスギって・・・


           ・・・オレだっつーの、作者は!!!)

 

 

 

言いたいけど決して言う訳にはいかないその真実に、イツキはモヤモヤする

気持ちが膨れ上がってゆく。 文才があるのも、達筆なのも、すべてすべて

自分なのにミコトはイツキの事などゴミ屑でも見るような目でしか見ない。

 

 

 

  (っだよ・・・ ムスカか!お前は・・・  ムッカつく・・・。)

 

 

 

 

そして、ダミーの存在に執筆活動しやすくなったはずのイツキの胸の内には

自分でも気付かぬうちに別の種類の小さな変化が訪れていた。

 

 

それは、とある放課後のこと。


またしても目をつけられている英語教師に放課後呼び出しをくらい、長々と説教

されてイライラを抑え切れずに、仏頂面で靴箱で外履きに履き替えようとした

イツキの目に、それは映った。

 

 

昇降口の段差を下りてすぐの所。 通学路脇には背の高いヒメジョオンが白い花

を咲かせ緩やかな風にその華奢な茎が小さく揺れている。


そこに、自転車を押して歩くセーラー服の背中とその隣の生真面目な学ラン。

なんだかふたり愉しそうにケラケラ笑っている。

まるで白色なはずのヒメジョオンの花びらが色とりどりのそれに変化し、一面の

花畑の中にでもいるかの様な、淡くてやわらかいふたりの空気感。

 

 

 

  (ぁ、あれ・・・


   ・・・サエジマと、ミスギじゃん・・・。)

 

 

 

最近のミコトはやたらとソウスケに話し掛け、以前に比べどんどん距離が縮まっ

ている様に感じていた。 

イツキにとって、そんなのどうでもいい事なはずだった。

 

 

しかし、今。 何故かそのふたりの背中をじっと見ていた。

少し首を傾げ、見ようによってはカップルにも見て取れるそれをじっと。

 

 


  なんだか、喉よりもっと下、肺の下の。


  ・・・ちがう。 肺の奥の、奥が。

 

 

 

モヤモヤというか、息苦しいというか、妙な感覚に陥る。

 

 

 

  (アイツ・・・


   ・・・作者のこと、好きなわけ・・・?)

 

 

 

肩口のセーラーがやさしい風に小さくなびくミコトの背中を見つめたまま、

イツキは微動だにしない。 

学ランと並んで歩き、どんどん遠く小さくなってゆくその姿。

 

 

 

  (作品が好きなんじゃねーの・・・?


   小説が好きだって言ってたくせに・・・

 

 

   ナンなんだよ・・・

  

   

   ・・・それ書いてたら、作者のことまで好きなの・・・?)

 

 

 

そして、どこか苛立つように片手に掴んだ内履きを下足場のスノコに叩き付け

た。 外履きの汚れたスニーカーが大きな音を立てて左右バラバラに引っくり

返る。

 

 

 

  (ミスギが作者な訳じゃねーのに、なにやってんだよアイツ・・・。)

 

 

 

イツキは引っくり返ったスニーカーを揃えようと腰を曲げて手を伸ばし、

そのままその場にしゃがみ込んだ。 そして頭を抱えるように体を縮込める。


はじめて感じるまるでどんより広がった梅雨空のような鬱屈感。 

言葉には言い表せないその感情に戸惑い、どうしていいか分からないままただ

ただイライラだけ募らせる。

 

 

 

 『っだよ・・・ バカじゃねーの・・・?』 

 

 

 

スニーカーを掴む指先が小さく震えていた。

 

 


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