■第15話 晴れてダミーとなったソウスケ
翌朝、イツキが登校するとミコトはもう既に自席に着いていた。
待ってましたとばかりにイツキに向け手をひらひら揺らして手招きすると、
ミコトは随分前に登校して自席でひとり静かに文庫本を読んでいる最前列の
ソウスケの背中を顎で指す。
『いっつも来るの早いのよ・・・。』
こそこそとイツキに耳打ちするミコト。
まだ登校して来ていないミコトの前席の空いているイスを引いて、横向きに
腰掛けたイツキに上半身を少し乗り出し、その華奢な手を口許に添えて。
突然のミコトとのわずか数センチの距離に、イツキは途端に息を止める。
まるでそれは自分の息がミコトの顔に掛かって、万が一にでも臭かったらマズい
と過剰に心配している挙動不審顔で。
しかし、几帳面なイツキ。 うがい・手洗いは勿論の事、歯磨きだって念入りに
朝・晩キッチリ行っている。 なんせ虫歯はこどもの頃から殆ど無い、歯医者に
も褒められた経歴もあり大丈夫なはずなのだが、どうしてもリアル女子との初め
ての超近距離に過剰に意識して、鼻穴を広げ鼻呼吸にシフトしていた。
『鼻息荒い・・・ なんなの? キモい。』 ジロリ睨まれて、イツキは途端に
鼻呼吸まで止めた。 暫し無呼吸状態で固まり、さすがに苦しくなって顔を横に
向け唇の隙間から細く長く呼吸をする。 そして、少しミコトから体を離して息
が届かないようにして呟いた。 『あ、荒くねーよ・・・ バカ!』
昨夜ミコトから電話があったあの後、イツキは自室でひとり、今後のことを色々
考えあぐねていた。
あぐらをかいて、いまだ片手に握ったもうミコトと繋がってなどいないケータイ
に目を落とし、薄くてみすぼらしい座布団の上で左右にゆらゆら体を揺らしなが
ら。 薄っぺらい綿がいとも簡単にお尻の座骨に硬い床板を感じさせ、そろそろ
母親にふかふかの座布団でも新調してもらおうと、要らぬ別の事まで考えつつ。
もし万が一、ミコトがソウスケにダイレクトに恋物語の存在を話してしまったら
ソウスケが作者ではない事が呆気なく瞬時にバレてしまう。
おまけになにかのキッカケで自分が作者だとバレた日には、ミコト一人でも相当
気まずいというのに、それがソウスケ分も相まって倍になってしまう可能性が生
まれるではないか。
せっかくダミーが出来て執筆活動しやすいと思った途端のそれは、何をどう考え
てみても勿体無いし、それより何よりリスクが大き過ぎる。
イツキは、ミコトに息が掛からないように口許をさり気なく手の甲で押さえて
言う。
『アイツに直接 ”例の件 ”話すのはやめといた方がよくね?
本人は隠したいからこそ、ペンネームなんだろうしさ・・・。』
するとイツキのそのひと言に、ミコトは少し驚いた顔を向ける。
『アタシもそう思ってた・・・
作者の正体には気付かないフリしてた方がいいかも、って・・・。』
そして、しずしずと続けた。
『アホな割りには、頭はたらくじゃんっ!』
『誰がアホだっ!』 すぐさま突っ込んで、ジロリ横目でミコトを睨んだ。
”洞察力の塊 ”である恋物語の作者様に向かってその言いぐさはなんだと内心
ムっとしつつも、イツキはミコトにグッサリと釘を刺せたことに安心していた。
そして、晴れてダミーとなった、なにも知らないソウスケの生真面目な背中を
こっそり見ては満足気にニヤニヤほくそ笑んでいた。




