■第13話 作者の正体
ソウスケと別れた後、ミコトは大慌てで自転車のペダルを踏み込んでいた。
制服のスカートを翻しながら立ち漕ぎをすると、高速で回転するタイヤは
軋む音を轟かせながらアスファルトを滑るように進んでゆく。
砂煙を立てながらミコトの自転車は自宅前に突っ込み、少し前のめりになって
急停止した。 急いで自転車から下りると、自宅裏手にある自転車置き場に
放り出すように止め、ループ式の鍵を掛けるのもそこそこに玄関に飛び込む。
『ただいまぁぁあああ!!!』
玄関先で大きな音を立ててドタバタと慌ただしく階段を駆け上がってゆく姿に
弟がリビングから顔を出し、しかめ面をして呟いた。
『なんだよ、うっせーなぁ・・・。』
ミコトは自室のドアを乱暴に開け突進すると、そのまま机にカバンを置いて
バックルをはずす。 焦る気持ちに空回りする指先がいつもならすぐはずせる
はずのそれを阻みイチイチ苛立ちを誘う。
そして、カバンの中から茶封筒を取り出すと表面にあるその文字を見つめた。
”感想お願いします ”
たった一行の、それ。
しかし、考えれば考える程それがソウスケの文字のような気がしてならない。
正直ソウスケがどんな字を書くのか、達筆なのか否か実際なにも知らなかった
のだけれどあのソウスケなら汚字なはずはない。 丁寧で美しい字を書くに
決まっている。
そして第2話が綴られた原稿用紙を、再び丁寧に丁寧にゆっくりめくった。
主人公ミナトの繊細な心情、カスミの淡い気持ち。 ふたりを取り囲む風景や
温度がまるで絵に描いたように、手に取るように思い浮かぶ、その文章力。
『ゼッタイゼッタイ、ミスギ君だ・・・
ってゆーか、ミスギ君以外いないでしょ・・・。』
そう確信するミコトが原稿用紙を掴む指先は、興奮と感動でふるふる震える。
それを誰かに伝えたくて、共有したくて、ミコトは慌ててサブバックに入れて
あるケータイを取り出した。
指先でスライドして電話帳の中のお目当てのその名前を見付けタップする。
登録してからはじめてケータイ画面を指先で小さくノックされたその名前は
なんだか照れているかの様に ”ダイヤル中 ”という表示に切り替わった。
耳に当てるとコール音が暫し流れ続け、興奮して高鳴る鼓動も相まってやけに
ミコトの耳奥にせわしない。
そして、それは相手へと繋がった。
『ぇ、な・・・ あ? え・・・??
・・・・・・・・・・・・・・・サ、サエジマ・・・??』
イツキが突然掛かって来たミコトからの着信に、電話向こうで明らかに戸惑い
言葉に詰まっている。
以前クラスメイト数人で連絡先を教え合ったことがあったのだが、だからと
いって電話をし合う用事など何も無く、未だかつてミコトから電話をかけた
事もイツキからかけた事も無かったのだ。
『な、なに? どした? なんかあった・・・??』 はじめて女子からの
コールを受けたイツキのケータイは、テンパり過ぎて手汗が噴き出す手の中で
どこか他人事の様にひんやり佇む。
女子経験値が激しく低いイツキの急激に赤らむ耳には、ミコトの小さな呼吸
だけ響いて、実際に耳元で吐息が掛かっている訳でもないのになんだかくす
ぐったい。 しかし待てど暮らせど、中々用件を切り出さずにいるミコト。
『おい、サエジマ・・・?』 再度呼び掛けたイツキに、ミコトは震える声で
呟いた。
『作者が、誰か・・・ 分かっちゃった・・・。』
耳に聴こえたその予想だにしないひと言に、イツキは目を見張って硬直した。
稲妻に打たれた様にイツキの頭の先から爪先まで突き抜け、その衝撃は駆け
巡る。
(ババババレたのか・・・? オレだってバレたのか・・・?
ななななんで??
いつ、なんで、どうやってバレた・・・??
今日の放課後に、第2話読んだばっかなのに・・・
・・・てか、オレ・・・ 死 亡 確 定・・・。)
ケータイを掴んだまま呆然自失状態でただのひと言も発せなくなったイツキに
ミコトは静かに続ける。
『ミスギ君だと、思うの・・・。』
その静穏たる声色とは裏腹にどこか自信満々に聴こえたそれに、イツキは先程
とは異種の衝撃に呆然としポカンと口を開けて、更に固まった。
(・・・・・・・・・・・・・はっ??
・・・・・・・・・・・・・・・・ミ、ミスギ・・・???)




